「全く、あのミズキとかいう女、腹が立つったら!平民の娘の癖に宮廷内で威張り散らして!」
ゾフィーは部屋に入るなり、そう言ってブラシを化粧台に叩きつけた。
「ゾフィー様、お気をお鎮めなさいませ。腹を立てると、赤ちゃんに悪いですわ。」
「そんな事、解っているわよ! でもあの女の態度に我慢できないの!」
「ゾフィー様・・」
侍女は溜息を吐きながら、ゾフィーの寝室から出て行った。
(どうしたらあの女を痛い目に遭わせられるのかしら? ああ、あの女の顔を思い出すだけでも腹が立つ!)
ゾフィーは瑞姫に対する激しい怒りの所為で、一晩中眠れなかった。
「皇太子妃様、おはようございます。」
「おはようございます、皆さん。」
翌朝瑞姫が王宮の廊下を歩いていると、女官達が恭しく彼女に挨拶した。
「皇太子妃様、今週ブルク劇場でカブキが上演されるそうですわ。」
「まぁ、歌舞伎ですって? 面白そうだこと。」
瑞姫は興奮した口調でそう言うと、女官達を見た。
「では皆さんのご都合がよろしかったら、一緒にカブキを観に行きましょう。」
「まぁ、嬉しい事。」
「是非観に行きましょう。」
瑞姫を囲んで笑いさざめく女官達を、ゾフィーは少し離れたところで睨みつけていた。
(見てなさい、東洋の小娘! 身の程というものを教えてやるわ!)
「カブキを?」
「ええ。申し訳ないのだけれど、アンジェリカを見て下さらないこと?」
瑞姫はそう言ってルドルフを見ると、彼は溜息を吐いた。
「解った。学業や公務、育児との両立で忙しくて息抜きもできなかっただろうから、たまには観劇でもするといい。」
「ありがとう、あなた。」
瑞姫はルドルフに抱きつくと、自室に戻り身支度を始めた。
「皇太子妃様、そろそろお時間ですよ。」
「ええ、解っているわ。」
瑞姫は等身大の鏡の前で自分の姿を見ると、自室から出て行った。
「皆さん、お待たせいたしましたわ。さぁ、参りましょう。」
「ええ。」
「楽しみだわ。」
女官達とともに瑞姫が王宮から出て行くのを見送ったゾフィーは、急ぎ足で瑞姫の部屋へと入っていった。
彼女は自分の真珠の首飾りを、瑞姫の宝石箱に紛れこませると、部屋から出て周囲を見渡した後、自室へと戻って行った。
「きゃぁぁ~!」
瑞姫が女官達と観劇を終えて王宮に戻ると、ゾフィーの悲鳴が王宮中に響き渡った。
「どうしたんだ、ゾフィー!」
「あなた、お祖母様から頂いた大事な真珠の首飾りを失くしてしまいましたの!」
ゾフィーは嘘泣きをしながら、フランツ=フェルディナンドの胸に顔を埋めた。
「ちゃんと部屋の中を探したのかい、ゾフィー?」
「ええ。あなた、わたくし見てしまいましたの、あの方が・・わたくしの首飾りを、盗んだのを!」
ゾフィーはそう言うと、瑞姫を指した。
「まぁ、そのようなことを皇太子妃様がなさる筈がありませんわ!」
「濡れ衣ですわ!」
「皆さん、落ち着いてくださいな。今すぐわたしの部屋にホーエンベルク公爵夫人の首飾りがあるかどうか、確かめてみましょう。」
瑞姫は落ち着いた口調でそう言うと、ゾフィー達とともに部屋へと向かった。
化粧台の引き出しから宝石箱を取り出し、その中身を確かめ始めた。
「まぁ、わたくしの首飾りだわ!」
ゾフィーが金切り声を上げながら、瑞姫の手から真珠の首飾りを奪い取った。
「何て娘なの、わたくしの首飾りを盗むだなんて!手癖の悪い平民の娘!」
怒り狂ったゾフィーは、手に持っていた扇子で瑞姫を打ち据えた。
「何をしている!」
「皇太子様、ゾフィー様が皇太子妃様に盗みの濡れ衣を着せようとなさっていますわ!」
瑞姫付の女官がそう言ってゾフィーを指した。
「それは本当ですか、ホーエンベルク公爵夫人?」
ルドルフはゾフィーを氷のような冷たい瞳で睨みつけた。
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Last updated
May 8, 2016 09:08:30 PM
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