「土方さん、居るの~?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、紛れもなく種田兄妹の母・裕子のものであった。
(うわ、来た!)
薫と美輝子は互いに顔を見合わせると、居留守を使った。
「ねぇ土方さん、居るのぉ~!」
物音ひとつ立てずに二人がじっとしていると、裕子はますますドアを激しく叩いた。
「うるさいわねぇ、一体何の騒ぎよぉ?」
隣の部屋のドアが開き、何かと自分達によくしてくれているタナカさんが裕子に話しかけた。
「あらあ、すいません、土方さんは?」
「土方さんは今日は夜勤よ。こんな夜遅くにいつまでも騒がないでよ、迷惑だわ!」
タナカさんはピシャリと裕子にそう言って乱暴にドアを閉める音が聞こえた。
「もう、また来ますからねぇ!」
ドアの向こうで猫なで声が聞こえたかと思うと、裕子がミュールの音を響かせながら廊下から立ち去る音が聞こえた。
「はぁ、助かった。」
「だね。タナカさんが居なかったら、今頃どうなってたか・・」
薫はキッチンの小窓を少し開けて完全に裕子が立ち去ったのかを確かめると、リビングに戻った。
「じゃぁあたし、先にシャワー浴びてるね。」
「どうぞお先に。あたしは読書感想文書くからさ。」
「そう。」
妹がシャワーを浴びに浴室へと消えた後、美輝子はノートパソコンを立ち上げた。
「ただいま。」
「お帰りなさい、パパ。遅かったわね。」
「ああ。今夜はいろいろとあってな。」
「ふぅん、そう。そういや、種田さんまた家の前に来て騒いでたよ。」
「そうか・・あの人には一度はバシッと言ってやろうかと思ってたんだよ。」
「じゃぁさっさとそうしてよ、パパ!あたし達あの人に生活を引っ掻き回されたら堪らないのよ!受験だって大会だって控えているし・・」
「わかっているよ、明日保護者会で種田さんに言ってみるよ。」
長女にそう言った歳三は、翌日の保護者会で裕子に会った。
「土方さん、今度ご飯を作りに行きましょうか?」
「いえ、結構です。種田さん、前々からお伝えしたいことがあるんですが、あなたとは結婚する気はありません。」
「そんな・・」
「では、失礼します。」
もうこれ以上裕子と一緒に居たくないので、そそくさと歳三は彼女に背を向けて駐車場へと向かった。
「お帰り、パパ。どうだった?」
「ちゃんと言って来た。もうしつこく付きまとわれることはないだろうよ。」
「そう、よかった。」
「これで部活に専念できるわね。」
「部活もいいけど、受験勉強はどうなってるのよ?あんたまた塾のテストで赤点取ったって聞いたわよ!」
「もう、お姉ちゃんはうるさいなぁ。」
薫はブスっとした顔をすると、自分が食べ終わった食器を流しへと持っていった。
「夏休みでも忙しいなんて、嫌だわ。まぁ、退屈じゃないからいいけどさ。」
「そういや、お前高校はどうするんだ?」
「後で話すわ。」
「ああ、わかった・・」
歳三はこのとき、長女の言葉が妙にひっかかった。
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