伊豆を出て、家族と縁を切った歳三は、大阪で働き始めた。
もう過去のことを忘れ、一人だけで暮らすことを決意した歳三は、がむしゃらに働き、職場と自宅の往復する日々を送っていた。
だが時折仕事をしながらも、香帆のことが気になって仕方がなかった。
あれから、香帆は元気にしているのだろうか?
夫と子ども達と、再会しているのだろうか?
「おい、危ないやろ!」
歳三が我に返ると、彼はあやうく食器を床に落とすところだった。
「ぼけっとしとらんと、働け!」
「すいません・・」
食器を洗いながら、歳三は騒がしい厨房と店内を歩き回った。
居酒屋のバイトは、時給が高かったが、明け方まで残業することが多く、昼のバイトをひとつかけ持ちするだけで精一杯だった。
学生時代飲食店でバイトをした経験があった歳三だったが、夜の居酒屋はいろんな客が来た。
大学生のグループが一番多く、色々と理不尽なクレームを言われたりした。
だが生活の為と思い、歳三は黙って耐えてきた。
コンビニ弁当を手にアパートのドアを開けて部屋の中に入ると、歳三は溜息を吐いて部屋の電気をつけた。
一人で食べる食事は、さびしかった。
(どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ・・)
歳三は溜息を吐き、弁当を食べた。
一方、東京へと戻った香帆は、病院で意識を取り戻した。
「ねぇ、歳兄ちゃんは?」
「あの人のことは忘れなさい!」
「でも・・」
「いいわね!」
両親の言葉に納得できない香帆は、歳三の実家へと向かったが、門前払いされた。
「お願いだから、二度とここには来ないで。」
「そんな・・」
伊豆で飛び降り自殺に失敗し、東京に戻った香帆は、歳三の消息を探したが、彼の行方はわからなかった。
香帆は生活する為仕事を探そうとしたが、年齢制限があり何処も雇ってくれなかった。
学生時代に取った資格は全く役に立たなかった。
(どうすればいいの、どうすれば・・)
八方塞りの中、香帆は街中を歩きながらお茶でもして帰ろうとした。
その時、一軒のスナックに求人広告が貼られてあった。
“18~36歳まで。良く働いてくれる方募集!”
広告の下に、電話番号が書かれていたので、香帆は慌てて手帳にその番号をメモした。
「ただいま・・」
「お帰り、どうだった?」
「駄目だったわ。」
帰宅した香帆は、部屋に入って先ほどメモした番号に電話を掛けた。
『もしもし、クラブ・エリです。』
「もしもし、求人広告を見つけてそちらで働こうと思うんですけれども・・」
『じゃぁ、明日の朝9時に面接するから、来てちょうだい。』
「わかりました、宜しくお願いします。」
香帆はそう言うと、携帯を閉じた。
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