姪・麗空(れあ)が緊急入院したことにより、千尋は彼女の看病で当分仕事を休まなければならなくなったので、職場に連絡した。
『そう。早く姪っ子さん、よくなるといいわね。』
「すいません・・」
『こっちは心配しないでね。』
「それでは、失礼致します。」
病院の廊下に置いてある公衆電話の受話器を置くと、千尋は兄夫婦と亮子の両親が集まっている多目的室へと入った。
「千尋ちゃん、話って何ね?」
千尋が部屋に入ると、泣き腫らした目で自分を睨む亮子の背中を擦りながら、美津子はそう言って彼を見た。
「麗空ちゃんの容態ですが、余り思わしくないようです。腎機能が低下して、最悪の場合人工透析になるかもしれないと・・」
「なんね、麗空をあんなふうにしたのはうちらが悪いと言いたいんね!?」
「お義母さん、お義姉さん、落ち着いて聞いて下さい。麗空ちゃんは2歳児の標準体重よりも遥かに上回っている体重でしたし、コレステロール値も成人並みの高さです。このままだと、彼女は死ぬかもしれません。」
千尋の言葉を聞いた美津子と亮子が息を呑み、驚愕の表情を浮かべた。
「暫く麗空ちゃんをわたしに預からせていただけないでしょうか?食生活の改善をしなければ彼女の命はありません。」
「あんた、もっともらしいこと言うようやけど、うちかられあを取り上げるつもりやろ?」
亮子はそう言うと、持っていたペットボトルを千尋に投げつけた。
「やっぱりあんたは信用できん!れあはうちが育てる!」
「落ち着けよ、亮子!千尋は・・」
「あんた、どっちの味方なん?うちと弟と、どっちが大事なんよ!」
「今そういう話をすべきじゃないだろう!俺達の娘の事を話してるんだ!」
興奮した聡史はそう言うと椅子から立ち上がった。
「お前達親子を見ていると、どうして麗空が病気になったのかがわかるよ!いつも出前やファストフードの料理ばかり食べて、コンビニやスーパーで山ほど菓子を買って来ては間食して・・それで健康を損なわない方が異常だよ!」
「聡史さん、うちの方針に口を出さんで!あんたは太ってる方が幸せやと言うのがわからんの?」
「お義母さん、それは間違った考えです!その考えで麗空が将来結婚して子供を産んだらどうなります?間違った考えを正さないと!」
「うちの何が間違っとると!?」
「そうよ、あんたはうちらのやり方を否定すると?」
すっかり興奮状態にある亮子はそう叫ぶと、聡史の頬を平手で打った。
打たれた勢いで、彼の身体は壁際まで吹っ飛んだ。
「もう離婚よ、あんたとは!れあは絶対に渡さんからね!」
「亮子、この人らの言う事聞いたらいかん!」
「待って下さい、二人とも!」
ちゃんと美津子達と話をしたかったのだが、話をするどころか彼女達は聞く耳を持たずに部屋から出て行ってしまった。
「千尋、どうすればいいんだ?もうあの人達は手に負えないよ・・」
「仕方ないですね。こうなったら強硬手段を取るしかありません。」
千尋は話し合いが決裂した時に考えていた計画を聡史に話した。
「それでは、お願い致します。」
「わかりました。」
麗空の転院手続きを済ませると、病院を出た千尋はその足で亮子の実家へと向かった。
「あんた、今更何の用ね?」
「荷物を取りに来ただけですから、お気づかなく。」
千尋は自分に食ってかかろうとする亮子を無視して、麗空の部屋へと向かった。
スーツケースに彼女のお気に入りの絵本やおもちゃ、着替えなどを詰め込み終えた彼は、家の前に待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
「熊本駅まで。」
タクシーが発車しようとした時、亮子が鬼のような形相を浮かべて窓を叩いてきた。
「あんた、麗空を何処へやったと!?」
「麗空ちゃんなら、東京の病院に転院させました。」
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