「まだ例のもんは見つからへんのか!」
大阪市北区にある高級マンションの一室で、ゴルフクラブを振り回しながら一人の男が例の女に向かって怒鳴っていた。
「すいません、まだ・・」
「全く、お前に任せた俺があほやったわ!」
男は女の言葉を聞くなり舌打ちし、彼女の頬を平手で張った。
「お願いです、許して下さい!」
「じゃかあしい、お前みたいな年増婆を今まで食わせてやったんは、利用価値があったからや!もうお前は用済みじゃ、さっさとここから出ていけ!」
「そんな・・」
女は縋るような目で男を見たが、彼は自分の腰にしがみつく女を鬱陶しげに蹴った。
「聞こえへんかったんか、婆!」
女は一瞬屈辱に顔を歪ませたが、何も言わずに部屋から出て行った。
「あんた、さっきのは酷いんやない?」
奥の方で彼らの会話を聞いていた和服姿の女がそう言って男にしなだれかかると、彼は彼女に笑みを浮かべた。
「あんな女、拾ったんが間違いやったわ。銀座のホステスやと聞いてたから少しは使い物になるかと思うたけど、東京の女はプライドが高いだけで使い物にならんわ。」
「酷い事言うんやなぁ、あんたの為にこのマンション買うたんは、彼女やないの。」
和服姿の女はそっと男に己の腕を回すと、彼の頬にキスをした。
その時、月光が女の顔を照らした。
「毬千代、お前の助けが必要や。俺の頼み、聞いてくれるか?」
「何を言うてんの。あんたとうちの仲やないの。」
和服姿の女―毬千代は、そう言うと極龍会幹部・楡崎修に再び微笑んだ。
「姉さん、大変どす!」
「どないしたん、陽菜ちゃん?そないな大声出して?」
「さっき菊屋の毬菊ちゃんから聞いたんどすけど・・毬千代はん、帰ってきはったんどす。」
「毬千代はんが?」
「へぇ・・何や、姉さんに会いたいと言うて、おかあさんと部屋で待ってます。」
「そうか。」
行方知れずだった毬千代が突然祇園町に帰ってきたことに不審を抱きつつも、陽千代は彼女に会う事にした。
「いやぁ、久しぶりやねぇ、陽千代はん。」
「毬千代はん、一体今まで何処へ行かはったんどすか?うちら、心配で堪りませんでしたえ?」
「心配させて堪忍え、陽千代はん。少し実家でトラブルがあってなぁ、無事に解決したから帰ってきたんや。」
そう言った毬千代はニコニコと笑った。
「そうどすか。」
「ほな、うちは組合長さんに会うて来るさかい。」
菊江はさっと座布団から立ち上がると、部屋から出て行った。
「毬千代はん、姿を消していた本当の理由、うちに教えてくれまへんか?」
「・・鋭いなぁ、陽千代はんは。うちが嘘吐いてんの、いつからわかってたん?」
「部屋に入った時からどす。いつもは身だしなみをきっちりと整えてはるのに、何や今日の毬千代はんは随分ラフな格好やさかい、おかしいなと思うてたんどす。」
「お世話になっている置屋さんにご挨拶するのに、ジーンズはなかったなぁ。うちとしたことが、うっかり気ぃ抜いてしもうたわ。」
毬千代はそう言うと大声で笑った。
そして彼女は、陽千代を睨みつけたかと思うと、陽千代の手を掴んだ。
「あんた、例のモノ持ってるんやろ?」
「例のモノって、田辺はんのメモリースティックのことどすか?あれなら、ここにはありまへんけど?」
「うちはなぁ、それを渡さんと命が危ないんや。同期の誼で、あれをうちに譲ってくれへん?」
「そないなこと、出来しまへん。あれは田辺はんから託された、大事な物やさかい。」
陽千代はそう言うと、毬千代を睨みつけた。
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