第2部
7年後―2018年、京都。
父・脩平が亡くなり、正英流が断絶してから、華凛は京都に住む母方の伯母・篠華淑子の元へ身を寄せていた。
「真那美ちゃん、早う起きよし。学校に遅れるえ。」
「わかった・・」
「最近寝坊するなぁ、真那美ちゃん。昨日は夜遅くまで何してたん?」
箸を握りながらも、まだ舟を漕いでいる真那美は、淑子の問いには答えなかった。
「真那美、伯母さんが聞いているんだから、ちゃんと答えなさい。」
「宿題をしてました・・」
「夜遅うまで宿題せんでも、学校から帰って来てから夜寝るまで、充分時間はあったはずや。」
「だってぇ・・」
「真那美ちゃん、世の中にはなぁ、優先順位っていうもんがあるんえ。真那美ちゃんが学校から帰ってすぐにすることは、宿題する事や。勉強をなまけたらあかんえ。」
「わかりました。」
「わかればええわ。さ、朝ごはんちゃんと食べて元気出しよし。華凛ちゃんも。」
「伯母さん、申し訳ありません。真那美が・・」
「いいんよ。」
「真那美、グズグズしてると置いていくよ!」
「わかったよ~」
玄関先でまだ眠そうな顔をしている真那美に、華凛はそう言って一足先に玄関から外へと出た。
「おじちゃん、待ってえ~」
「真那美、ランドセルは?」
「玄関先に置いたままだった。」
「全く、真那美は何処か抜けているんだから・・」
華凛はそうブツブツと言いながら、真那美にランドセルを背負わせた。
「先生、おはようございます。」
「おはよう。」
京都市内にある私立、聖愛学園の正門前では、理事長・西田渉と教師達が、生徒達一人一人に挨拶をしていた。
そこへ、慌てた様子で走ってくる華凛と真那美の姿を見た渉は、彼らの方へと駆け寄った。
「先生、遅れてしまって申し訳ありません。真那美、先生にご挨拶は?」
「理事長先生、おはようございます。」
真那美がそう言って渉に頭を下げると、彼はニッコリと彼女に微笑んで彼女の頭を撫でた。
「先生、どうか真那美の事を宜しくお願い致します。」
「正英さん、いつもご苦労さまです。」
「いいえ・・それでは、わたしはこれで。」
華凛は渉に一礼すると、背を向けて元来た道へと戻っていった。
「若いのに、しっかりしてますねぇ、真那美ちゃんのパパ。」
「正英さんは真那美ちゃんの叔父さんだよ。」
「え・・」
「真那美ちゃんの両親は、彼女が赤ん坊の時に交通事故で亡くなって、高校生だった正英さんが姪っ子の父親代わりになったんだよ。」
「そうだったんですか・・わたし、知らなくて・・」
「彼がしっかりしているのは、そうせざるおえない事情があったからだろうね・・」
華凛が一時間目の講義が始まる前に教室に入ると、そこには文学部の安達久雄が斜め前の席に座っていた。
安達と華凛は学科が違うが、同じ学年なので受ける科目が被ることが多い。
どうか彼が自分に気づきませんように―華凛がそう思いながらノートを鞄から取り出すと、安達が不意に華凛の方へと振り向いた。
「なぁ、ノート貸して?」
「ノートくらい自分でとれ。他人をあてにするな。」
「ちぇ、何だよケチ!」
安達は舌打ちすると、ホワイトボードの方へと向き直った。