消毒薬の匂いが、ツンと歳三の鼻を突き、彼は思わず顔を顰めた。
「こちらです。」
「歳三、来てくれたのか。」
「親父・・調子はどうだ?」
5年振りに会った正嗣は、病の所為か少し痩せていた。
「なぁ親父、学校運営を俺に手伝って欲しいって言ってたよな?」
「ああ。それよりも歳三、長旅で疲れていると思うが、今夜わたしの代理としてパーティーに出席して欲しい。」
正嗣はそう言うと苦しそうにベッドから起き上がり、一通の招待状を歳三に手渡した。
「わかった。親父、余り無理するなよ。」
「ああ、わかったよ・・」
正嗣は歳三に微笑むと、やがて寝息を立て始めた。
「少し痩せてたな。」
病室から出た歳三がそう言ってフィリップの方を向くと、彼の背後から一人の女性がやって来るのが見えた。
「あらフィリップさん、義父の見舞いにいらしたの?」
「ええ。恵さん、こちらは・・」
「あなたが、歳三さんね?初めまして、嘉久の妻の、恵です。」
「どうも・・」
突然嫂(あによめ)からそう挨拶され、歳三は慌てて彼女に頭を下げた。
「もうお帰りになられるの?」
「はい。ヨシヒサ様はどちらに?」
「あの方なら、家で仕事をしているわ。歳三さん、これから宜しくお願い致しますね。」
「いいえ、こちらこそ。」
「では、また後で。」
恵はにっこりと歳三に微笑むと、正嗣の病室へと入っていった。
「あの人が、腹違いの兄貴の嫁さんか・・気立てが良さそうだな。」
「歳三様、パーティーの時間まではまだありますので、一旦ご自宅へと向かいますが、宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないぜ。」
二人を乗せたリムジンはやがて高級住宅街へと入ってゆき、広大な英国式庭園がある邸宅の正面玄関前で停まった。
「ここが、親父の家か?」
「ええ。フカエ家は代々由緒ある華族のお家柄だそうです。」
「へぇ・・」
ウィーンのパティーヌ家の邸宅も見事なものであったが、こちらの邸宅も負けてはいなかった。
「フィリップ様、お帰りなさいませ。」
「お帰りなさいませ。」
正面玄関に20名ほどの使用人がフィリップと歳三を出迎えた。
「皆さん、こちらはトシゾウ=ゲオルグ=フランソワ=フォン=パティーヌ様でいらっしゃいます。トシゾウ様は訳あって母方の姓を名乗っておりますが、こちらの旦那様のご子息です。くれぐれも失礼のないように!」
「はい、かしこまりました。トシゾウ様、荷物をお持ちいたします。」
使用人の中から一人の青年が出て来て、そう言って歳三のスーツケースを持った。
「ありがとう・・」
「トシゾウ様、昼食のご用意ができておりますので、ダイニングまでご案内いたします。」
「わかった・・」
フィリップに案内されてダイニングへと入った歳三は、そこで初めて異母兄・嘉久と対面した。
にほんブログ村