淑子と激しい口論をしてから、和美はもう二度と実家には戻らないと決めていた。
「なぁ、あんな風にお母さんが怒るのも無理ないよ。けど、いつまでも意地を張ったって仕方がないだろう?」
「何言ってんのよ、武!あの人は、あんたのことを散々こき下ろしたでしょう!」
和美はそう言うと、恋人を睨んだ。
「あなたのお母さんとは大違いなのよ、あの人は!あの人にとって大切なものは、家だけよ!」
「和美、そんなこと言わずにさぁ、もう一度ちゃんとお母さんと話をした方が・・」
「わたしがもうしたくないって言ってんのよ!」
和美は頑なに実家へと戻り、淑子と結婚について話す事を拒否し、部屋に引き籠ってしまった。
「ねぇ、和美ちゃんは?」
「あいつなら部屋に引き籠ってる。何だかこのまま結婚すると、嫌な気分になるなぁ。」
「よそ様の家の問題に、首を突っ込むのは止しなさいよ、武。あんた、お人よし過ぎるわよ。」
武の母・美知恵はそう言うと、呆れた顔で息子を見た。
「けどさぁ、結婚式に新婦側の友人や親戚だけが来ていないっていうのはおかしくないか?」
「いいんじゃないの、それはそれで。それよりもあんた、和美ちゃんの事大切にしてやんなさいよ。」
「わかってるって・・」
「まぁ、あんたが和美ちゃんを妊娠させて、結婚したいと言った時はびっくりしたけどね。でもあの子良く気が付くし、家事を手伝ってくれるから助かるわ。嫁じゃなくて、もう一人娘が増えたみたい。」
「母さんはそう言うけどさ、姉ちゃんはどう思ってんのかな、俺の結婚?」
武には、2歳上の姉・雪が居る。
最近仕事が楽しくて仕方がないと言っていた姉は、交際している相手すら居なかった。
「あの子はまだ独身でいたいって思っているんじゃないの?弟に先を越されたなんて思ってないわよ。」
「そうかなぁ・・」
「あんたは考え過ぎなのよ。結婚式の準備は進んでるの?」
「うん・・式場はもう予約したし、招待状も出来た。」
「あんまり和美ちゃんに無理をさせないようにね。大事な身体なんだから。」
「わかってるよ。」
夕食の時間となり、和美は空腹を覚えて部屋から出てリビングへと向かった。
「あら、和ちゃん。」
「こんばんは・・」
武の姉・雪とリビングで会い、和美は慌てて彼女に頭を下げて挨拶した。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。和美ちゃん、弟から聞いたんだけど、実家にはもう戻らないって?」
「ええ。あんな人にはもう二度と会いたくはありません!」
「でもあなたのお母さん、女手ひとつであなたを育ててこられたんでしょう?きっと初孫の顔を見たいんだと思うわよ?」
「あの人は、家の事ばかり考えているんです!それにわたし、あの人から一度も愛されたことがありません!」
「それって、どういう意味なの?」
「わたしは、母から愛された記憶がないんです。あの人は、いつも優秀な従兄とわたしを比べて、“お前は基本がなってない”とか、“もっと華凛ちゃんを見習え”とか、そんな事ばかり言われてきました。」
和美は雪に対して、淑子に対する鬱憤を吐きだした。
「そう・・辛かったでしょうね。」
「もうわたし、篠華という名を捨てて、こちらの姓を名乗ります。」
「お母さん達にはその事をあたしが伝えておくから、心配しないで。和美ちゃん、ご飯食べる?悪阻は?」
「大丈夫です。」
雪に優しくされ、和美はこんな姉が欲しかったなと思いながら、ダイニングテーブルへと向かった。
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Last updated
Sep 10, 2013 07:11:28 AM
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