「すぐに夕飯を作りますね。」
「いいや、その必要はないよ。僕が作ったからね。」
「槇さんが?」
「まぁ、女将さんの了解を得たうえでだけどね。さぁどうぞ、召し上がれ。」
「いただきます。」
食卓の上に並べられた里芋の煮物に秋刀魚の塩焼き、炊き込みご飯を見た後華凛は両手を合わせてそう言うと、箸を手に取り、秋刀魚の身を少し解してそれを口に運んだ。
「美味しいです。」
「良かった。味付けはいつも薄めにしているんですが、華凛さんは関東の方だから・・」
「いえ、薄味も好きですよ。余り濃い味付けだと、食べている気がしません。」
「そう、安心したよ。それよりも今日は帰りが遅かったね?和美ちゃんと話はしたの?」
「ええ。和美ちゃんは実家と絶縁する気持ちは変わらないとわたしに言いました。もうこれ以上、わたしが口出しすることはないと思っています。」
「まぁ、女将さんも和美ちゃんのことを最初から居ないように振る舞っているし、もうどうしようもないんじゃないかな?部外者の僕は、こうして食事を作ったり、華凛さんの話を聞いてやることしかできない。」
「何をおっしゃいますか、槇さん。槇さんのお蔭で、助かっています。」
「そう。華凛さん、卒論はもう終わったのかい?」
「ええ。もう提出しました。あとは、卒業まで講義に顔を出すだけです。」
「君は大変優秀な学生だね。甥っ子とは大違いだ。バイトは続けているの?」
「今のところは。就職先が内定しても、いつどうなるのかはわかりませんからね。無職のままでは少し格好悪いですから。」
「まぁ、余り無理しない方が良い。」
「肝に銘じます。お皿、洗ってきますね。」
流しで汚れた食器を洗いながら、華凛は溜息を吐いた。
和美はもう、この家から完全に離れ、西口家の一員になろうとしている。
そんな彼女の気持ちを尊重し、華凛はもうこれ以上何も言うまいと決めていた。
「華凛ちゃん、ただいま。」
「お帰りなさい、伯母さん。」
「あんた、和美と会うたんやてな?あの子、元気やったか?」
「ええ。あちらのご家族の方に、大変良くしていただいているようです。」
「そうか。まぁうちは死ぬまであの子に会えへんけど、それはそれでいいわ。うちの方が先に絶縁するて言うたさかいなぁ・・」
「伯母さん・・」
華凛が淑子の顔を覗きこむように見ると、彼女の顔には光るものがあった。
「何や、歳とったら涙脆くなるなぁ。華凛ちゃん、うちもう休むわ。」
「お休みなさい。」
「お休み。」
それが、淑子と華凛が交わした最後の会話となった。
翌朝、華凛はいつまで経っても淑子が起きて来ない事を不審に思い、彼女の部屋へと向かった。
「伯母さん、朝ですよ。起きて下さい。」
そう言って淑子の身体を揺さ振った華凛だったが、彼女は動かない。
変だと思った華凛が淑子の手首を掴んで脈を取ると、そこは氷のように冷たかった。
「槇さん、大変です!伯母さんが・・」
「落ち着いて、華凛さん!」
すぐさま淑子は病院に運ばれたが、もう既に彼女は息を引き取っていた。
急性心不全だった。
慌ただしく葬儀の準備に追われながら、華凛は伯母の訃報を和美に伝えた。
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Last updated
2013年09月11日 07時44分59秒
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