華凛が居るお座敷を後にした真那美は、姉芸妓・梅千代に連れられて次のお座敷へと向かう為、巽橋の近くを通りかかった。
(そういえば、鈴久様とお会いしたんは、ここやったなぁ・・)
まだ店出しする前、真那美は橋の上で転びそうになったところを鈴久高史に助けられ、彼に一目ぼれしてしまったのだった。
今、彼が何処で何をしているのかと想うと、自然と真那美の顔が赤くなった。
「どないしたん、真那美ちゃん?」
「何でもありまへん、おねえさん。」
「次のお座敷は、鈴久先生のお座敷や。失礼のないようにな。」
「へぇ・・」
数分後、姉芸妓と鈴久高生議員が待つ料亭のお座敷へと真那美が向かうと、そこには高史の姿があった。
「今日店出しした真那美どす。どうぞ宜しゅうお頼申しますぅ。」
「真那美ちゃん、随分と大きくなったねぇ。」
高史は正装姿の真那美を見て目を細めながらそう言うと、ビールを一口飲んだ。
「高史様は、真那美ちゃんのこと知ってはるんどすか?」
「ああ。彼女の叔父さんと僕は長年懇意にしていてね。真那美ちゃんとは、その時に知り合ったんだ。彼女はまだその頃は、赤ん坊だったけどね。」
「へぇ、そないなご縁があったんどすか。」
姉芸妓はそう言って真那美を見て笑うと、彼女の手をそっと引いて屏風の前に立った。
「あの、姉さん・・」
「高史様の為に、舞いよし。」
「へぇ・・」
真那美は緊張した面持ちで扇子を握り締めると、三味線の名手である姉芸妓の伴奏で「祇園小唄」を舞った。
「何や、緊張してしもうて余り良く舞えまへんでした。」
「いやぁ、艶やかな舞だったよ、真那美ちゃん。」
高史はそう言って真那美に微笑むと、彼女に労いの拍手を送った。
「おおきに。鈴久様にそうおっしゃっていただけると、嬉しおす。」
「良かったなぁ真那美ちゃん。鈴久様、うちの可愛い妹分の真那美を、これから可愛がっておくれやす。」
「わかったよ。」
「高史、お前はさっきから頬が弛(ゆる)みっぱなしだぞ?この子に惚れたのか?」
「お父さん、よしてくださいよ、こんな席で。」
「まぁ、結子さんにはこの事は内緒にしておこう。今夜は男同士でここへ飲みに来たんだからな。」
「ありがとうございます。」
「高史様、ご結婚してはるんどすか?」
「ああ。恥ずかしいことに、結婚前に子どもをこさえてな。まぁ男としてちゃんと責任を取ったからいいが。」
「お父さん・・」
「どないなお人なんやろうなぁ、高史様の奥様て。さぞやお綺麗なお方なんやろうか。なぁ、真那美ちゃん?」
「そうどすなぁ・・」
高史が再婚したと知り、真那美の胸が少しズキンと痛んだ。
(高史様は優しいし、ええ男やさかい、世の女性が放っておかへんのは当然や・・)
そう頭では簡単に割り切ろうとしても、高史と彼の妻との関係が上手くいっていませんようにと、他人の不幸を願ってしまう自分の姿に真那美は嫌悪感を抱いてしまった。
「ほな、うちらはこれで。」
「梅千代、まだいいだろう?高史、真那美さんを置屋まで送っていきなさい。」
「お父さん・・」
「わたしに遠慮などせず、早く行け。」
酒に酔った高生は上機嫌な様子でそう言うと、息子の背中を押した。
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Last updated
Sep 25, 2013 01:46:21 PM
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