「誰かと思ったら、小菊(こぎく)じゃねぇか。」
男はそう言うと、陰間に向かって下卑た笑みを浮かべた。
「主様は、どなた様でありんすか?」
「とぼけるな!お前ぇが牡丹殺したんだろ!?」
男は陰間にそう怒鳴った後、彼の華奢な手を掴んで彼を人気のない場所へと連れて行こうとしていた。
「おい、何してんだ!」
歳三が二人の間に割って入ると、男はじろりと彼を睨んだ。
「なんだ、てめぇは?」
「俺は小菊の知り合いだ。こいつに何かしやがったら、警察呼ぶからな!」
「くそ、覚えていやがれ!」
男は舌打ちすると、乱暴に陰間を突き飛ばした。
「ありがとうござんした・・助かりんした。」
「お前ぇ、黄尖閣に居たよな?どうしてここに居るんだ?」
「黄尖閣が休業して、わっちらは料亭や廓で芸を披露して銭を稼いでいるんでありんす。歳三様は何故ここに?」
「俺も、黄尖閣が営業を再開するまで、この料亭で働こうと思ってな。まだ営業が再開するのには、時間がかかりそうだし・・」
「そうでありんすなぁ。歳三様、少し変わったことはありんせんか?」
「何でそんな事を聞くんだ?」
「実は七日前・・牡丹太夫が殺される前に、黄尖閣の前でわっちは一人の男に声を掛けられんした。背が高くて、外套を着た粋な男でありんした。」
「その男は、この前うちに押し入った奴かもしれねぇな・・」
歳三は小菊の言葉を聞いてそう言うと、低く唸った。
「歳三様、その男とはお知り合いで?」
「いいや。小菊の方こそ、その男を知っているのか?」
「いいえ。ただその男は、牡丹太夫と歳三様の事を聞いておりんした。」
「そうか・・」
家に押し入った男が、牡丹太夫を殺したのではないか―歳三がそんな事を思っていると、小菊がそっと歳三の袖をひいて人気のない場所へと彼を連れ出した。
「どうした?」
「あの人でありんす、わっちに話しかけてきたのは。」
そう言って小菊は震える指で中庭を隔てた座敷の中で談笑している男を指した。
(あいつ・・)
その男は、長身で彫りの深い顔立ちをしていた。
「おい、あんた!」
「何だい君、勝手に入ってくるなんて真島(まじま)先生に失礼だろう!」
歳三が彫りの深い顔をした男の座敷に入ると、彼の隣に座っていた眼鏡を掛けた男がそう言って歳三を睨んだ。
「鈴木君、下がりなさい。」
「ですが先生・・」
「わたしは大丈夫だから。」
「では、失礼致します。」
眼鏡を掛けた男―鈴木は、歳三を睨み付けるとそのまま座敷から出て行った。
「そこへ掛けたまえ。君はわたしに聞きたい事があってここに来たんだろう、内藤君?」
「あんた、この前うちを外から覗いていただろう?」
「そんな事はしていない。」
「とぼけるんじゃねぇ、千尋がお前ぇのことを見ていたんだ!それに数日前、家に押し入ったのもあんただろう!」
「落ち着きたまえ内藤君、わたしは神に誓ってそんな事はしていない。」
「じゃぁ一体誰が・・」
「君の家に押し入ったりしたのは、狩野の手の者だ。」
「お前ぇ、狩野のことを知っているのか?」
「まぁね。内藤君、この際だし、互いに腹を割って話し合おうじゃないか・・これから先の将来の事について。」
彫りの深い顔をした男―衆議院議員・真島誠司はそう言うと、猪口の淵に残っていた酒を美味そうに舐めた。
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