イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
怜子が義理の娘・千尋を長崎の芸者置屋に売り飛ばし、それが歳三に露見して彼から絶縁されたことは、瞬く間に社交界中に広がった。
「あの土方の奥様が、あんな事をするなんてねぇ・・」
「ええ、本当に。いくら気に入らないからって、義理の娘を女衒に売り飛ばすなんて・・」
「恐ろしい方だったのね、怜子さんって。」
歳三と紗江子がある華族の園遊会に出席していると、怜子の事を風の噂で聞いた洋装姿の華族の婦人達が、二人の方を見ながら何やらヒソヒソと話をしていた。
「行こう。」
「ええ・・」
紗江子は歳三とともに婦人達の前を通り過ぎると、そのまま帰宅した。
「あなた、お義母様とはこれからどうなさるおつもりですの?」
「母さんとは親子の縁を切る。」
「そうですか・・千尋さんのことは、どうなさるおつもりですの?」
「出来ればこっちに千尋を呼び寄せて、一緒に暮らしてぇところなんだが・・色々と問題があって、それは出来なくなった。」
「そうですか。では千尋さんは長崎で出産する事になるのですね?」
「まぁ、そうなるな。俺が天草の病院に居る間、あいつの力になってやろうと思うんだが・・」
「天草へは、いつ発たれるのですか?」
「8月だ。」
「そうですか。余り無理なさらないでくださいね。」
「ああ、わかったよ。」
8月、歳三は横浜港で紗江子と娘達に見送られながら、天草行きの船に乗った。
「土方様、こちらへどうぞ。」
船員に案内され、歳三は一等船室にある貴賓室に入った。
そこは船の中とは思えないような、豪華な調度品や家具に囲まれた美しい部屋だった。
旅行鞄をベッドの上に置いた歳三は、シャツが皺にならないようにそれをハンガーにかけてクローゼットにしまった。
その時、誰かがドアをノックした。
「土方様、失礼致します。」
「どうした?」
「土方様宛のお手紙を預かっております。」
「ありがとう。」
船員から手紙を受け取った歳三は、ペーパーナイフで封筒の封を切った。
手紙は、千尋からのものだった。
『義兄様、天草に行かれるそうですね。向こうで熱中症にならないようにしてくださいね。もし時間があれば、長崎に寄ってくださいませ。 千尋』
歳三は何度も千尋の手紙を読み返しながら、手紙を封筒の中にしまい、その封筒をスーツの内ポケットに入れた。
「土方様、ダイニングへお越しくださいませ。」
「わかった。」
夕食の時間となり、タキシード姿の歳三がダイニングに現れると、華族の令嬢達が黄色い悲鳴を上げながら彼の方を見た。
「土方様だわ!」
「どうしてこの船にお乗りになっていらっしゃるのかしら?」
「どうしよう、さっきわたくしの方を見たわ!」
耳障りな彼女達の声を聞きながら、歳三は一人で夕食を楽しんだ。
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