「遅いわねぇ、お父様。今日もお仕事かしら?」
「そうね。」
ファウジア邸では、ビトールの帰りを待ちながらリリスとクリスティーネが食後の紅茶を飲んでいた。
「奥様、大変です、旦那様が・・」
「アウグスト、あの人に何かあったの?」
「実は・・先程旦那様が、下町の淫売宿でお亡くなりになられました・・」
執事長・アウグストの言葉を聞いたリリスはショックの余り、その場で気を失ってしまった。
「お母様、しっかりなさって!誰か、お母様をお部屋に運んで頂戴!」
二人の背後に控えていた数人のメイド達が慌ててリリスの身体を支えながらダイニングから出て行った。
「アウグスト、お父様がお亡くなりになったというのは本当なの?」
「はい、お嬢様。旦那様は何者かによってナイフで腹を刺されて・・」
「何てこと・・」
「これから、旦那様の遺体を引き取りに行って参ります。」
「アウグスト、わたしも行くわ。」
「お嬢様・・」
「お父様の死を、受け入れたいの。お願いアウグスト、わたしも連れていって。」
「・・わかりました。」
数分後、アウグストとともにクリスティーネはビトールの遺体が安置されている警察署へと向かった。
「お父様で、間違いありませんか?」
「はい、間違いありません・・父です。」
ベッドに寝かせられたビトールの遺体を警察官に見せられたクリスティーネは、そう言うと嗚咽を漏らさぬようにハンカチで口元を覆った。
「父を殺した犯人は、捕まったのですか?」
「それが・・場所が場所ですから、目撃証言がなくて・・捜査は難航しております。」
「そんな・・」
「お父様の無念は必ず我々が晴らしてみせます。」
「お願い致します、早く父を殺した犯人を捕まえてくださいませ。」
警察署でビトールの遺体を引き取ったアウグストとクリスティーネは、木製の粗末な棺に入れられた彼の遺体を葬儀用の馬車の中へと運んだ。
土砂降りの雨に降られ、クリスティーネは全身ずぶ濡れになりながらも、何とか父の棺を馬車の中に納める事が出来た。
「アウグスト、葬儀の準備はわたしがします。」
「いいえ、お嬢様、それはわたくしがいたします。」
ビトール=ファウジアが下町の淫売宿で何者かに刺殺されたというニュースは、瞬く間に宮廷中に広がった。
「クリスティーネ様、余り気を落とさないでくださいませ。」
「今は辛いだろうけれど・・頑張って。」
「ありがとう、皆さん。」
葬儀の後、クリスティーネは弔問客達に対して気丈に振る舞った。
「お母様、起きていらっしゃいますか?」
「ええ・・」
弔問客達が帰った後、クリスティーネがリリスの寝室を訪れると、彼女はそう言ってベッドからゆっくりと起き上がった。
「クリスティーネ、あなたが明日からファウジア家の家長となるのですよ。」
「わかりました、お母様。お父様の遺志を継いで、わたしがこのファウジア家を守っていきます。」
「頼みましたよ、クリスティーネ。」
こうしてクリスティーネは、僅か15歳にして家督を継ぐ事になった。
家督を継いだ彼女の最初の仕事は、宮廷に上がり、国王にファウジア家当主として挨拶をすることだった。
「お初にお目にかかります、国王陛下。」
「堅苦しい挨拶はよい。クリスティーネよ、後で余の部屋に来るがよい。」
「はい・・」
国王・フェリペとの謁見を済ませたクリスティーネは、王の小姓・アンリに連れられてフェリペの私室へと向かった。
「失礼致します、陛下。」
「入るがよい。」
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