その日の夜、宮中では信子主催の管弦の宴が華々しく開かれ、光明の妃となるのには相応しい家柄と美貌を兼ね備えた姫君達が集まった。
「光明、この中からそなたが妃にと思った姫君を選ぶのですよ。」
「皇太后さま、わたくしはまだ結婚は・・」
「何を言うのです、あなたはもうじき東宮となられる身。妃を選ばなければ外聞が悪いでしょう?」
信子がそう言って光明を睨んだ時、不意に池に浮かべている船から箏の音が聞こえた。
「あら、何かしら?」
「とてもお美しい方ね・・」
月明かりに照らされ、船の中で箏を弾く美鈴は、深緑の唐衣を纏っていた。
突然現れた謎の姫君に周囲の者達は呆気にとられたが、次第に美鈴の演奏に恍惚とした表情を浮かべながら聞き惚れる者が出来た。
「美鈴、見事な演奏であったぞ。」
「有難きお言葉を頂戴し、嬉しゅうございます。」
美鈴はそう言うと、信子と光明の前で頭を垂れた。
「美鈴、その唐衣はそなたの黒髪に映えて似合うておるぞ。」
信子は美鈴に向かって微笑んだ。
「皆の者、先ほど見事な箏の腕前を披露してくれたのは、光明の妃となる立花家の姫、美鈴じゃ。」
―何ですって・・
―あれが、東宮妃様ですって?
周囲が美鈴を指しながらざわめき始めたのを見た信子は、美鈴を見た。
「皇太后さま、これは一体どういうことなのですか?」
「光明、詳しいことは後で説明する。」
宴が終わり、信子の部屋に呼ばれた光明と美鈴は、彼女の口からある“作戦”を明かされた。
「実は、美鈴をそなたの妃に選ぶことは、はじめから決めておった。」
「そんな・・美鈴様は姫の恰好をしておりますが、れっきとした男子ですよ?男を東宮妃にするなど、前代未聞です!」
「だが美鈴姫が男子であると知っているのはそなたと妾、そして側仕えの者だけじゃ。それゆえ、美鈴姫を東宮妃として迎えても、宮中の者達は暫く何も言わぬだろうよ。」
「つまり、皇太后さまはわたくし達に世間の目を欺き、東宮とその妃を演じろとおっしゃるのですか?」
「そうじゃ。光明、これからは妃である美鈴を守ってやれ。」
「は、はい・・」
「美鈴よ、そなたは兄である夫の光明を生涯支えるのじゃぞ。」
「わかりました、皇太后さま。」
こうして、晴れて光明は東宮の座に就き、美鈴は東宮妃として光明を支えることになった。
男同士で、同じ血を分けた兄弟が夫婦になるなど、宮中にとっては前代未聞の話ではあったが、二人が亡くなるまでその秘密は守られた。
「まったく、皇太后さまはお人が悪いお方だった。」
二人が亡くなってから何年が経った後、すっかり年老いてしまった 光利は当時の事を思い出しながら、光明と美鈴の養子で、実の息子である幸秀(ゆきひで)に今は亡き信子への恨み言をつい吐いてしまった。
「ですがお二人はお亡くなりになられるまで仲睦まじかったと聞いておりますよ?」
「まぁ、同じ血を分けた者同士、何処か気が合うところがあったのであろうな。」
空に浮かぶ赤い月を眺めながら、光利は盃に入った酒を一気に飲み干した。
―完―
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