(クソ、何で俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだ!)
蔵に再び閉じ込められた少年―栗田は、苛立ち紛れに蔵の扉を蹴った。
外からは何の音もしない。
恐らく、自分を閉じ込めた男は屯所の方へ戻っていってしまったのだろう。
ほんの数日前までは、友人達と京都市内を観光していたというのに、自分だけが何故こんな目に遭うのだろうか。
(あいつら、無事かなぁ・・)
栗田はふと、一緒に居た友人達に想いを馳せた。
彼らも、自分のようにこんな所に閉じ込められてはいないだろうか。
(それにしても、荻野の奴、冷てぇよな・・俺の事を覚えてもいねぇなんて・・)
副長室で自分と対峙していた同級生は、自分の事を知らないとあの怖い男に言い張った。
名前すら知らなくても、彼とはこの半年間同じクラスで学んだ仲間だというのに、冷たいではないか。
(まぁ、あいつに自分の事を知っているかって聞かれたとき、何も答えられなかったもんな・・)
思い起こせば、栗田は余り千の事を知らなかった。
いや、知ろうとしなかったのだ。
彼は余り自分達のような派手なグループと関わろうとはしなかった。
自分達を含んだ、クラスメイトと千はいつも距離を置きたがっていた。
はじめは彼の事をよく気に掛けて、栗田は彼に色々と話しかけていたが、彼は余り栗田の話に乗ってこなかった。
次第に彼は自分達のような人間と付き合いたくないのだろうと気付き、一学期の終わりごろには彼に余り話しかけなくなっていた。
(荻野の奴、何を考えているのかわからねぇからなぁ・・)
何故彼は―千は、自分達を避けようとしていたのだろうか。
(嫌われているのかなぁ、俺・・)
栗田がそんな事を思いながら膝を抱えて座っていると、蔵の扉が開いた。
「食事です。」
「荻野、俺お前に何か嫌われるような事をしたか?」
「一体何の話ですか?」
そう言って栗田を冷たく睨む少年は、千と瓜二つの顔をしてはいるが、彼と違うのは、背中までの長さがある髪を一括りにしている事と、凛とした雰囲気を漂わせている事だ。
「わたくしはあなたの事なぞ存じません。」
「俺はいつになったらここから出られるんだ?」
「それは、わたくしが決めることではありません。」
千と同じ顔をしている少年は、そう言うと栗田の前に夕餉を置き、再び蔵の扉を閉めた。
「荻野、奴の様子はどうだ?」
「変わりありません。それよりも副長、わたくしにお話ししたいこととは何でしょうか?」
「実は、ここ最近島原や祇園に長州の浪士どもが夜な夜な会合を開いていると、監察方から報告を受けた。そこで、お前が島原へ潜入して奴らの動きを見張って欲しいと思っているんだが・・」
「何故、わたくしが?女装するのならば、沖田先生や斎藤先生が適任の筈ではありませんか?」
「二人とも忙しいし、敵の方に顔を知られている。それに、お前は島原に潜入しても、奴らに正体を見破られるような事はしないだろう?」
「ええ。」
「荻野、俺の期待に応えてくれるか?」
「わかりました。」
そう言って歳三を見つめる千尋の瞳は、恋する乙女のそれに似ていた。
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