「黒執事」の二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
「ミカエリス先生、どうして・・」
“あぁ、その様子だと、あなたは全てを思い出してはいらっしゃらないようですね。”
そう言ったセバスチャンは、寂しそうな笑みを浮かべた。
“いつかきっと、あなたはわたしの事を思い出して下さると、信じています。”
「待ってくれ・・待って!」
夢から覚めた時、シエルは何故か涙を流していた。
(何で、涙なんか・・)
「シエル、おはよう。」
「おはよう、兄さん。」
「どうしたの、目が真っ赤だよ?」
「うん、ちょっとね・」
「もしかして、誰かにいじめられたの?」
「ううん・・そんなんじゃ・・」
「そう。でも、もし誰かにいじめられたら、僕に相談してね。」
「わかった・・」
双子の兄は、物心ついた頃からシエルに対して過保護だった。
『シエルの兄貴って、いつもああなの?双子だからって、監視厳し過ぎじゃない?』
ある日、大会前の強化合宿に参加できない理由をアロイスに話したら、彼からそう言われた事をシエルは思い出した。
(兄さんが僕に対して過保護なのは、“昔から”だもの。)
“昔から”?
今、自分は一体何を思い出そうとしていた?
一体、何を・・
「・・エル、シエル!」
アロイスに名を呼ばれ、シエルが我に返った時、彼は突然崩れて来た本棚が自分の前に迫って来ている事に気づいた。
「坊ちゃん、危ない!」
大きな声がシエルの頭上で聞こえたかと思うと、誰かが自分の上に覆い被さった。
「誰か、救急車!」
「シエル、大丈夫!?」
「うん・・ねぇ、一体何が・・」
シエルがそう言って周囲を見渡すと、自分の前に頭から血を流しているセバスチャンの姿があった。
「嫌だ、先生!」
「シエル、落ち着いて!」
急に息苦しくなり、シエルは気を失った。
「シエル、シエルは大丈夫なの!?」
シエルが喘息の発作を起こして病院に運ばれた事を知った彼の双子の兄・ジェイドは、そう叫びながら彼の病室へと入ると、そこには両親とアロイス、そして婚約者のエリザベスの姿があった。
「ジェイド、シエルなら大丈夫よ。少しパニック発作を起こしただけ。」
「どうして、そんな・・」
「実は・・」
アロイスからシエルが病院に運ばれるまでの経緯を聞いたジェイドの端整な美しい顔は、たちまち怒りに歪んだ。
「あいつは今何処に?」
「ミカエリス先生は、集中治療室に居るわ。本棚が倒れた時、先生がシエルの盾になってくれて、その時頭を強く打って・・」
「そう。」
エリザベスの話を聞いたジェイドは、外の風に当たりに、病院の屋上へと向かった。
「おや、誰かと思ったらあなたでしたか、ジェイド=ファントムハイヴ。」
「死神が医者だなんて呆れるね。もしかして、医師の方が魂の回収がしやすいから?」
「あの害獣と一緒にしないで頂きたい。それに今のわたしは、唯の人間ですよ。」
そう言った元死神・ウィルことウィリアム=T=スピアーズは、メガネのテンプルを軽く指先で弄った。
「その害獣も、今は唯の人間だけれど、僕にとって・・いいや、“僕達”にとってあいつは“悪魔”だ。」
「あなたは、死しても尚その魂は弟君と共にあった。そしてその想いは、今世でも繋がっている。」
「当然だろ、シエルは僕の大切な弟なんだから。僕は、“今度こそ”弟を一人にさせたくないんだ。」
そう言ったジェイドの蒼い瞳は、少し憂いを帯びていた。
「もし、弟君が全ての記憶を思い出したらどうなさいますか?」
「・・その時は、弟をあいつから引き離す。絶対に、あの二人を幸せにはさせない。」
(やれやれ、前世でも結ばれなかった分、今世では幸せになって欲しいと願っているのに・・とんだ強敵が現れましたね。)
ウィルは屋上から去ってゆく双子の片割れの背中を見送りながら、溜息を吐いた後一階の売店で買ったサンドイッチを一口食べた。
一方、都内某所にあるブティックでは、一人のデザイナーがデザイン画を描いては丸めていた。
「あぁもう、インスピレーションが湧かないわぁ。どっかにいいイケメン、居ないかしら?」
「先輩~、失礼しま~す!」
「イケメンかと思ったら、あんたか。」
そう言ったデザイナー、グレル=サトクリフは、死んだ魚のような目をしながら後輩デザイナーを見た。
「あんたはあたしより調子良さそうね。」
「先輩、もうすぐファッションショーだっていうのに、デザイン画描いていないんですか!?」
「仕方ないでしょ、インスピレーションが湧かないのよ!あ~あ、何処かに目の覚めるようなイケメンが近くを通らないかしら・・」
グレルがそう言いながら通りを窓越しに見ていると、そこへ丁度白銀の髪をなびかせながら有名コーヒーチェーン店のタンブラーを持ったいかにも外回り中の営業マン(イケメン)が通りかかった。
「あ~、いいわ!あたしが求めていた理想の男が遂にキターッ!」
グレルはそう叫ぶと、次々とデザイン画を仕上げていった。
「ホント、イケメンパワーマジパネェ。」
「ロナルド、突っ立ってないであんたも手伝いなさいよ!」
「は~い。」
「あぁ、もっとイケメンが通らないかしら~!」
グレルはそう叫びながら、ミシンで次々とステージ用の衣装を仕上げていった。
「おや、さっき視線が・・」
「もう、遅れますよ!」
「はいはい、わかったよ。」
グレルにインスピレーションを湧かせた件のイケメンは、颯爽と横断歩道を渡っていった。
―坊ちゃん。
まただ、またあの夢だ。
―坊ちゃん、何処にいらっしゃるのですか?
暗く、光すら届かない森の中で、わたしは“あの方”を探している。
泣き声は聞こえているのに、“あなた”の姿は見えなくて。
森の奥に行けば行く程、“あなた”とわたしを遮る霧が徐々に深くなって―もう、何も見えなくなった森の真ん中でわたしは一人、呆然と立ち尽くすのです。
―早く、探さなければ・・
“あなた”は、今何処にいらっしゃるのです?
まだ、あの霧の深い森の奥で泣いているのですか?
大丈夫です、必ず“わたし”が“あなた”を見つけ出しますから、だからもう、独りで泣かないで。
わたしの―愛しいシエル。
わたしの―世界で一番の宝物。
「先生、患者さんの意識が戻りました!」
「わかりますか?ここは病院ですよ。」
「坊ちゃんは・・シエルは無事なんですか!?」
「あなたが助けた子は無事ですよ。」
「あぁ、良かった・・」
セバスチャンはそう言うと、ゆっくりと瞳を閉じた。
瞼の裏に、一瞬愛しい人の面影が映った。
―坊ちゃん。
シエルが目を開けると、そこにはあの燕尾服姿のセバスチャンの姿があった。
―さぁ坊ちゃん、今日は忙しいのですから、早く支度致しませんと。
“あぁ、わかっている。”
シエルはそう言うと、白手袋に包まれたセバスチャンの手を取った。
そこで、夢から覚めた。
「シエル、目が覚めたのね!」
「良かった!」
「お父様、お母様、心配かけてしまってごめんなさい。」
「いいのよ。ミカエリス先生も意識を取り戻したんだから、良かったわ。」
「それは本当なの、お父様?」
「あぁ。彼は今朝早く、集中治療室から一般病棟へと移ったよ。」
「良かった・・」
「今はまだ会うのは無理だけれど、暫くしたら会えると思うよ。だからシエル、今はゆっくり休みなさい。」
「そうよ。余り無理しちゃ駄目。」
「わかりました。」
シエルが入院して数日経った頃、彼は漸くセバスチャンの見舞いに行く事が出来た。
「ミカエリス先生・・」
「ファントムハイヴ君、まさか君と同じ病院に運ばれるなんて、思ってもみませんでした。」
「僕もです。」
そう言ったシエルは、セバスチャンと抱き合った。
「あ、すいません・・嬉しくて・・つい・・」
「ふふ、わたしもです。」
(ミカエリス先生の笑顔、初めて見たな・・)
「どうしました?」
「・・いいえ、何でもないです。」
脳裏に、“誰か”の笑顔が浮かんだ。
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