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カテゴリ:韓国旅行(09~)
5日目 1月6日(火)
朝、テレビでキム・ギドクの「弓」をしていた。昨日見た「露花店」にしても王と護衛騎士長は、文武両道に秀で武術、絵、音楽共に一流であることが強調されていた。この「弓」でも老人は人を射る弓(縦の動き)と弦を引く弓(横の動き)をひとつの弓の中に体現していた。自分は世捨て人ではあるが精神は高貴なのだということの主張でもあるし、その表現なのだろう。そして縦と横が渾然一体となったあとに女の子は眠り、老人は海に沈む、と同時に主人公の女の子を女にする。まるで神話の世界である。思うにキム・ギドクの中でもベスト3にはいる傑作だろう。 チャガルチ市場の横の乾物市場は開発が遅れたために日本家屋が残っていると「地球の歩き方」に書いてあった。行ってみる。わずかに残っている屋根瓦はすべてビニールに覆われていた。当然半世紀以上も日本の屋根かわらが台風の直撃に合うこの地方で残っているはずもないのである。 朝食は近くの店でヤジンタン(羊脂湯)を食べる。羊の肉の味はソルロンタンと同じ。 そのあと、前回は月曜日のため休館日で見ることができなかった釜山近代歴史博物館に行く。資料展示によると、1876年開港以来、「日本政府は朝鮮侵略の橋頭堡として(釜山に)基盤施設を備えた近代都市を築いてきた」と書いていた。この歴史館の前身東洋拓殖株式会社は「日帝が朝鮮経済を支配する目的に1908年設立した国策会社である」とのこと。 写真は「釜山日本人村と韓国人居住地」この二つは明確に分かれていた。 港の見取り図(明治14年製作)を見ると、釜山タワーの周りは日本人の苗字だらけである。私の泊まったアロマホテルのところには小林さんが住んでいたらしい。 写真は「満州国と朝鮮と台湾が一枚の地図に入っている」ので紹介。この三国は当時の日本人の頭の中では、既に自国(植民地)なのである。 一方びっくりしたのは、アメリカのことをしっかり「同盟関係」と位置づけ、「1980年以後、韓米関係を再定義しようと求める声が各層から続いておきている」と書かれていることである。日本を「日帝」と書いているのとは大違いいである。キムさんやH氏が、アメリカべったりのイ・ミョンバクを嫌っているが分かるような気がする。 今日はお土産デーだ。(自分で勝手に決めた)結局25万Wを使った。特にDVDを10タイトル以上買う。日本の基準に合わないのが多かったので「ブラザーフッド」やら「パイラン」などは買えなかったが、「韓国博物館全集」を買った。 昼食はいつもの蜆定食の隣の路地を少し上がったところ、「朱家」の鮮魚定食を食べる。でもあじは蜆定食のほうがおいしかった。 ビートルの波は1M。快適だった。当たり外れのあるビートル。次はどうすべきか。 日本に帰って先ず食べたのは、やはり日本の博多ラーメン。 今回の旅、行きの換金率は10万円→140万W、帰りは130万w→10万円だった。日本での交通費は約4.5万円、韓国内ではいろいろと買い物をして86万W(約6万円くらい)使ったと思う。そのうち純粋旅行費用は40万Wくらい。今まで最高に安い韓国旅行だった。ちょっとした移動はすべてタクシーを使ったのも特徴である。 架け橋で出会ったH氏は「大統領はわざとウオン安を演出しています。韓国の輸出関連企業を守るためです。」と言っていた。可能性はあるだろう。韓国経済の持ち直しが日本よりも早くささやかれている。結局犠牲になるのはその下で働かされている労働者なのであった。 今回の旅は初めて韓国の人と突っ込んだ話ができた。これは私の会話能力が高くなったせいではない。ずうずうしくなること、それを体現したからである。 7,500(朝食ヤジンタン)25,000(お土産カバン)65,000(お土産ベルト三本)97,000(お土産DVD)35,000(コンビニでお土産を買う)15,000(お土産帽子)5,000(昼食)2,200(タクシー)1,820(港使用料、燃油サーチャージ)40,000(港でお土産)220円(博多のバス代)880円(夕食博多ラーメン)12000円(新幹線代)340円(バス代) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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