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2010/07/29
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カテゴリ:ワインスタンド
変わりやすい天気の一日だった。
雨が降ったり止んだりで、肌を焼くように照り付けていた太陽がアルプスのような積乱雲の影にかくれて薄暗くなると、雷鳴とともに大粒の雨がしばらく降っては、再び太陽が顔を出すといった按配。

夕刻、ワインスタンドに立ち寄った。
以前は頻繁に通っていたワインスタンドだが、最近足が遠のいている。
忙しいというのもあるが、良いワインを出す醸造所が少なくなったのが理由だ。以前はルーヴァーやザールから、まっとうな醸造所がよく来ていた。しかし最近はあからさまに観光客目当てに、味気なくてまずいワインを2~2.5ユーロで出す醸造所が増えた気がする。

私の嗜好が変わったのかもしれないが、おそらく、ドイツワインに対する関心と需要が以前に比べ高まったこともあるだろう。それは、ワインスタンドの込み具合からも一目瞭然だ。以前は閑古鳥が鳴いていることが多かったものだが、ここ数年はカウンターの隙間を見つけるのも苦労する。一方でまっとうなワインを造る醸造所は、ワインスタンドに来なくても売れるようになったのかもしれない。

今日スタンドに来ていたのはオーバーモーゼルの醸造所だった。以前は30歳くらいの主人とその母親が来ていたが、今日はその主人と同世代の若い女性が働いていた所を見ると、近年結婚したのかもしれない。それはともかく、2008年産エルプリングはフレッシュな酸味が効いて軽くさっぱりとして、割と美味しかった。

エルプリングをすすっていると一時止んでいた雨が再び降り始め、今度は滝のように落ちてきた。グラスが空になったが、このどしゃぶりの中を帰る気にもなれず、今度は2009年産グラウブルグンダー辛口を注文したが、これはよくなかった。軽く口当たりはいいが、酸がマイルドなこの品種にしても、酸が欠けて腰が抜けていた。昨年来ワインスタンドでしばしばお目にかかる、適当な除酸操作を疑わせるタイプだ。酸が苦手なことが多い一般顧客の嗜好に合わせたのだろうが、ただでさえ軽いワインから酸も除去したら救いようがない。まったく…。

「ちょっとあんた、私の後ろに立って雨を防いでくれる」
と、雨音に負けない大声で隣にいた常連のおばさんに言われ、我に返った。
「『コバンワ』…だったかね。意味は忘れたけど、ディーターがあんたが来るといつも言っていた日本語」
「ええ、あってますよ。ドイツ語でグーテン・アーベントです」
本当は『コンバンワ』だが、まぁいいか、と私。
「ほら、当たってるって」と、おばさんは隣の常連に嬉しげに言ってから、私に振り返って聞いた。「あんた、ディーターを覚えてるかい」
「もちろん。ヤギ髭をはやして、いつもここにいたソムリエさんでしょう」
「そうそう。ディーターがあんたを見ると、『お、コバンワが来た』って言ってたのよ」
名前は何度か伝えたはずだが、エキゾチックすぎて覚えられなかったようだ。
「懐かしいわね。ディーターが癌で亡くなって来月で4年になるの」
「そうですか。もうそんなに経ちますか…」

ディーターは私がトーリアに来て、最初に顔を覚えたドイツ人の一人だ。
ワインスタンドに来ると必ずいて、決まって六角形をしたカウンターの大聖堂に一番近い場所に、常連特権でスタンドに置いた彼専用の椅子に座っていた。時々、昼ごろからスタンドにいるのを見かけた後、夕方に来てもまだいることがあった。その間何杯飲んだのかわからないが、彼が酔っ払っているのを私は見たことがない。いつも素面で、常連達と、あるいは観光客と談笑していた。時々飲みすぎて周囲に迷惑をかける者にディーターがピシリと一言いうと、その場は荒れることもなく自然に納まり、再び居心地のよい雰囲気が戻ったものだ。ディーターはいわばワインスタンドの顔役だった。彼の周りには地元のワイン愛好家や、気のいい人々が集まっていた。

4年前、ディーターがいなくなってからしばらく、ワインスタンドは荒れることが時々あった。際限なく飲んで大声でわめき散らす男、のべつまくなし隣人に話しかけて迷惑を顧みない男、喧嘩をふっかけたくてうずうずしているような、危険な匂いのする輩。一時期大柄な生粋のトリーア男がスタンドを仕切っていたが、ディーターと違いワインの造詣に欠け、いつも怒鳴るように話し、ボトルをあっという間に空け、そして大声で笑った。やがて地元のワイン好きの足が遠のいたのとは逆に観光客は増え、そして品質の良いワインを出す醸造所は来なくなった。

「おい、こりゃうまくねぇな」
ディーターが言えば、気の抜けたようなワインを造る醸造所の親父も、ちょっとは考えを変えたかもしれない。観光客から小銭をむしりとるような、ろくでもないワインを出す醸造所は反省したかもしれない。
「ワインが旨くないときは、ゼクトを飲めばいいのさ。当たり外れはワインより少ねぇからな」
そういえば、そんなことも言っていたな…。
思い出しながら飲んでいたグラウブルグンダーが空になりかけたころ、雨は小止みになり、雲間から差し込む夕陽が濡れた石畳に輝いた。この様子だと、どこかで虹が出ているかもしれかった。ワインスタンドを後にする潮時だった。

「それじゃ、よい晩を(シェーネン・アーベント)」と私。
「あんたもね。『コバンワ』!」と手を振る常連のおばさん達。

その時、私はカウンターに群がる人ごみの中にディーターの姿を一瞬見たような気がした。ヤギ髭の生えたあごを少しあげて軽く手を振る彼の姿はしかし、つかのまの虹のように、再び思い出の中に消えていった。





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Last updated  2010/07/29 07:29:49 AM
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pfaelzerwein@ Re:ひさびさのドイツ・その64(04/05) 「ムスカテラー辛口」は私も買おうかと思…
mosel2002@ Re[1]:ひさびさのドイツ・その54(03/14) pfaelzerweinさん >私の印象では2013年…
pfaelzerwein@ Re:ひさびさのドイツ・その54(03/14) 私の印象では2013年からは上の設備を上手…

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