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カテゴリ:大阪探検
昨日のブログの続きです。岐阜県の白川郷から歩くこと数分、盛岡市にある『南部の曲家(なんぶのまがりや)』に到着しました。 さて、話を本題に戻しましょう。盛岡市の南西に矢巾町があります。そこに建てられていた曲家は、その名前の通り「母屋」と「馬屋」をつなげてL字形のように折れ曲がった形をしています。
この写真の右側が馬屋、そして左側が母屋になり、L字型につながっているのが分かると思います。現在の岩手県は江戸時代には南部藩と呼ばれていて、優れた馬の産地として発展して、馬の飼育が盛んに行われていました。
藁葺きの屋根の上には草や苔が生えていました(右写真)。風や鳥の糞によって種が藁の上にあがり、藁を肥料にして草が茂っているようです。そう言えば、白洲正子邸の藁葺き屋根が新しく葺き替えられた時の様子を記した雑誌を読みました。それによると、古い藁葺き屋根の中に、カブトムシやクワガタの幼虫が眠っていたと書かれていました。この屋根の中にも、小さな命が眠っているのかな~って思いながら屋根を眺めていました。
さて、昨日と同様に民家にお邪魔することにしました。民家の中からは美しい秋の景色が楽しめました(撮影は11月下旬です)。室内が薄暗いため、外の景色が一段と引き立てられます。
民家の一部はこのような物置になっていて、脱穀機や畠仕事に使う木製の道具が展示されていました。「おや?これは、カカシかな?」 それにしても面白い顔です。
母屋には囲炉裏があり、ここでお茶の接待をしていただきました。この日、少し寒かったですが、お茶を頂いて体が温まりました。おしるこも出していただけますが、こちらは有料です。 南部の曲屋はいかがでしたか?次はあなたの街へ行くかもしれませんよ。では、また。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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