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 NOB1960@ Re[1]:無理矢理持ち上げた結果が…(^^ゞ(10/11) Dr. Sさんへ どもども(^^ゞ パフォーマン…

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2006年04月19日
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「優雅な舞(その17)」

範国首都紫陽薫彩宮。秋が去り、風が冷たさを増し始める十月に入り、この国の麒麟、氾麟が病の床についた。失道である。治世五百年を誇る大国の範では氾王・呉藍滌が己の趣味のよさと範の民の手先の器用さに着目して、国都紫陽を中心に匠の国として確固たる地位を築いていた。官や兵を除く民の二割が匠であり、その多くの製品を他国に輸出して膨大な富を得ていた。範の工芸品は大きく上品・中品・並品(下品とはいえない)の三つに分類できる。上品は薫彩宮の冬官府で作られるもので、このうち氾王の眼に適い、氾王の御物となったり、他国の王などへの贈物になるのが最上級品で、薫彩宮内で使われるものが上級品、見習いなどが作った王宮での使用に耐えないものでも、雲上品と呼ばれ、市中に出回ると高値で売買されたりする。中品は市中の匠のうち名のあるものが作ったもので、他国に輸出される時にはこれが範の最高級品と呼ばれたりする。雲上品ですら一部の好事家にしか出回らず、中品でも十分高級なものと見做されているためだ。並品はありふれた、範の民も普通に使うようなものだが、これが他国で範製品として出回っているもので、技術水準では他国の高級品並みだ。先年、雁が斃れた不況の際に他国に流れていった匠は殆んどが並品を扱っているもので、帰農したのは見習いなどだった。中品を扱っている名のある匠たちや並品のうちの比較的質の良い仕事をするものたちだけが紫陽で仕事を続けていた。無論、範の工芸品は玉を扱うものばかりではないが、取り扱いの金額が違う。玉を欠く製品では並程度にしか見られない。同じ品物でも玉の良し悪しで桁がいくつも違ってしまう。その玉が市中に出回らなくなったのだ。夏の初めにはまだ粗悪品くらいなら手に入ったが、夏の盛りを過ぎる頃にはその粗悪品の欠片でさえ手に入らなくなった。市中の匠でも誰にも真似できない意匠と技術を誇りとするものたちは窮した。それ以下のものたちはなおさらである。雁が斃れた余波で他国からの注文は激減し、つれて国内需要も渋くなっていた。多くの匠が他国に流れたせいで、並品程度のものなら各国で細々とだが作れるようになり、他国の民がそれで満足してしまっていたのだ。それまで範の富の大半を稼いでいた工芸が凋落し、世を儚むものもでたし、帰農しようとしたものも多かったが、才の荒民が居座っているために帰るべき田圃が失われていた。匠たちは給田を売って紫陽に集まってきていたが、その売った給田を官府が荒民たちに貸し与えていたからだ。今更帰農もできないというものも含めて彼らは浮民となった。職を失い、浮民となった彼らとて食べていかねばならない。官府による救済が行き届くわけもない。そこで彼らは本来彼らの給田であった場所からの収獲を頂くことにした。収獲の時期を待って徒党を組んで荒民の集落を襲った。三年目ともなればかなりの収獲があり、それを丸々掠め取れば多くのものが助かった。が、奪われた方も黙ってはいない。浮民たちの襲撃で怪我を負わされたり、運悪く命を落としたりしたものもでたので、今度は荒民たちが浮民たちを襲い返した。こうなると歯止めなどなくなってしまう。南部諸州から国都紫陽にかけての各地で荒民と浮民の争いが絶えず、氾王は王師や州師を出してこれを収めようとしたが、これが却って火に油を注ぐ結果を招いてしまった。王師や州師は荒民と浮民の争いを防止するためにその間に割って入ったが、その両者から敵と見做されて攻撃を受け、防備に徹しきれずにやり返す羽目になり、仲裁どころか三つ巴の争いに発展してしまい、多くの血が流された。このため、氾麟が病に倒れた。氾王はもちろん、薫彩宮の官も遣士らもついにこの日が来たかと落胆した。麒麟が失道した場合、王が心底悔い改めて天に認められるか、王が蓬山に出向いて王位を返上、すなわち禅譲をすれば、麒麟は死なずにすむが、その王は命を失う。そして麒麟は一人遺されることになる。二王に仕える麒麟としては、慶の麒麟・景麒がそうであるし、先に斃れた戴の麒麟・泰麒も変則ではあるが二王に仕えている。また、先々代の采王の麒麟も二王に仕えていたはずだ。これらの麒麟は何れも何処かに翳を帯び、陽気さを失っていた。泰麒だけは陽気に振舞う振りをする術に長けていたが、景麒などは前王が斃れて二百年以上になるというのにいまだに眉間の皺が消えない。どうしても前の王と比べて評価が辛くなるからだろう。一方、先の采麟の場合は采王が甘やかしたのか夢見がちであったようだ。麒麟は王の半身であると同時に王もまた麒麟の半身であるのか、王を失うことで埋めきれない穴を抱くことになるのだろう。そんなことを氾麟にさせてもよいのだろうか?かつては王が禅譲して遺された麒麟が新たな王を選べずに朽ちたこともあるという。麒麟が王も選べずにいれば国の荒廃が進むだけだ。氾王・呉藍滌の心は決まっていた。少しも心に乱れはない。

  *  *  *  *

氾麟失道の知らせは隣国才の長閑宮を震撼させた。幾度となく遣士の琉毅が警鐘を鳴らし、範の薫彩宮からも要請が来ていたし、奏からは宗王の特使が訪れて範のために奏との関係を改善し、範に流入している荒民を帰還させ、国内に留まれないものは奏に移住するようにと提案されていたが、治世五百年を誇る範が斃れるはずがないと高を括って黙殺し続けたのだ。その結果が氾麟失道であると聞かされては落ち着いていられない。失道直前には範で荒民と浮民の争いが激化しており、死傷者が多数出ているという報も届いていたが、それでも長閑宮の仮朝の面々は動く必要など全く感じていなかった。仮朝の長である冢宰・呀孟は、琉毅の報告を聞いて卒倒しそうになった。

「琉毅、それは間違いなのか?」
「はい、十月二日未明に氾台輔が病臥。以後意識が混濁しており、黄医は失道であると診立てたそうです。この報を受けた氾王君は静かに『そうか』と応えただけで、時折氾台輔の枕頭で看護に当たるほかは通常通りに過ごしているそうです。既に覚悟を決め、静かに時が至るのを待っているようです」
「今日は十月七日だぞ。それまで何を…」
「氾台輔病臥の知らせは三日の夕刻には届き、即座に報告に参りましたが冢宰の耳には届かなかったようで。正式な失道との診立ては四日の午で、それも五日の夕刻に知らせに参りましたが… 青鳥が今日の午頃に来たらしく、私のところにも呼び出しが来ましたが、その青鳥についても?」
「…し、知らぬ。誤報であると判断したのだろう」
「私もあれこれと五月蝿く言っていましたので話半分くらいで聞き流されていたのでしょう。で、いかがいたしますか?」
「い、いかがとは?」
「範にいる荒民のことです。紫陽からの連絡によると浮民などとの衝突でおよそ百五十人が死亡、千人以上が重軽傷、三千人あまりが府第に拘束されているようですが、これ以上範にいると更に被害が広がると思いますが。それに範の方から才に荒民が流れ込んでくることも考えられます。これへの対処ですが」
「範には五十万人も流れ込んでいるのだぞ、それを受け入れるだけの余地はない」
「では、見捨てるというわけで?」
「そ、そういうわけでは…」
「この秋以降揖寧から東側について調査し、妖魔の出没が減ってきているという報告を以前しましたが、お聞きになっていますか?」
「い、いや、聞いていない」
「そうですか。奏の方は西部諸州、高岫付近まで妖魔の出没はなくなったそうです。つれて才側の高岫付近も平穏だと。また、坤城以南の赤海沿岸についても同様です。むしろ坤城以北の白海沿岸の方が妖魔が出てきています。つまり、全体的に東から北へ移動しているもようです。従って、これまで居住が難しかった東部諸州も居住可能かもしれません。もちろん、その更に東側の奏の方はもっと安全ですが」
「し、しかし、奏には…」
「少なくとも今は範にはいられないのは間違いありません。才に戻ってここで住むか、更に東まで行くかです。荒れ果てた東部諸州で開墾からやり直すのも大変だとは思いますが、その辺りは民に任せればよいのではないですか?東部諸州に留まるのもその先に進むのも彼らの勝手ですから。もちろん、これは言葉のあやですが」
「つまり、最低限才国内に戻るよう働きかけよと?」
「これ以上範と争い続ける気がないのならそのようにした方がよろしいのではないかと」
「…わかった。他のものと検討する。ご苦労だった」
「いえ、では失礼します」

琉毅は拱手して冢宰の執務室から辞した。このまますぐに行動が起せるほど長閑宮の体制は整っていない。これから何日か鳩首会議を続け、わかりきっていることを論い、ことを決しても、誰を現地に送るかでまた揉める。冬至までに才への荒民の帰還が始まればいい方だろうな、と琉毅は考えていた。それまで氾麟が持つとも思えなかった。氾麟失道の報は既に傲霜までは届いているはずだ。明日にも金波宮に届くだろう。中秋に宗王と高王が会談し、何れ揖寧を訪れると琉毅は聞いていた。とはいえ、冬至の郊祀が終わるまでは動くこともできないだろう。鳳が啼くのとどちらが速いのか… 琉毅は一つ首を振って、揖寧の街に下りていった。

  *  *  *  *

十一月に入り、寒さが厳しさを増し始めた頃、金波宮に梅香が飛んできた。氾麟失道以後紫陽につめていた梅香はその知らせをもって僅か三日で金波宮まで翔けたのだ。蘭邸の花庁に梅香が姿を現したのを見て、景王は眉を顰めた。

「やはりか?」
「はい、氾台輔登霞なさりました。氾王君からは書状をお預かりしております」
「書状を?」
「はい、氾台輔は氾王君が枕頭にて看護なさっている時に身罷り、その直後に氾王君が『景王に』と手ずから」

梅香は懐から氾王の親書を取り出すと景王に渡した。景王が広げると、簡潔に文字が並ぶだけの、氾王らしからぬものだった。曰く、『世話になった。これからも世話になると思う。よろしく頼む』というものだった。景王は目を上げて問う。

「梅香、これだけか?」
「はい、これだけ預かってまいりました」
「そうか… 氾王はどんな感じだったか?」
「その場には朱楓さんがいらしたのですが、いつもと何一つ変わらぬ風だったと。静かに待っているようだと」
「…で、浮民と荒民の争いは?」
「氾台輔失道の報が流れ、一時期は激化しましたが、徐々に収まりつつあるようにも思えます。しかし、氾台輔登霞、氾王君崩御となるとまた争いが激しくなるやもしれません」
「そうか… 緋媛、琉毅の方は?」
「春陽さん、趙駱さんと宗王君、高王君の長閑宮訪問の時期を見定めています。おそらくは冬至の郊祀の後かと」
「それに私が加わるわけには行かないな?」
「はい。宗王君、高王君とのつなぎを遣士がしており、慶が参画してることはわかりますのでこれ以上のことは」
「相手を刺激しすぎるか。まぁ、楽俊と秀絡のお手並み拝見と言うことか。詳細については後日報告を入れるようにな」
「わかりました」
「範のみならず、周辺諸国の動静についても慎重に調査を続けよ。くれぐれも危険のないようにな」
「わかりました」
「今日はそれくらいか?梅香、ご苦労だった。十分に休息をとって明日からの任務に励んでもらいたい」

景王はそう言うと席を立ち、蘭邸から少し離れた場所にある園林の四阿に向かった。かすかな月明かりだけが景王を照らしている。景王はそこに誰もいないのを確かめた上、遁甲している使令に命じた。

「班渠、驃騎、これからしばらくの間、私が良いと言うまで誰も近づけるな。譬え景麒でもだ」
(…御意)

景王は四阿でボンヤリと月を見上げた。その瞳に光るものはなかった。哀しさよりも悔しさの方が強かったのだ。この苛立ちを誰かにぶつけたくはなかった。一刻ほどで景王は心を落ち着かせて、しばし瞑目した後、正寝へと戻っていった。

  *  *  *  *

鳳が氾王崩御と啼いたのは冬至の翌日のことだった。






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最終更新日  2006年04月19日 08時07分39秒
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