のぽねこミステリ館

松尾由美『ハートブレイク・レストラン』
～光文社文庫、2008年～

　舞台は、東京郊外のあるファミリーレストラン。諸事情あって会社を辞めたフリーライター、寺坂真以さんは、そのレストランで執筆などの仕事を進めます。そして、レストランの奥の席には、かわいらしいお婆ちゃんがよく腰掛けています。このお婆ちゃん、真以さんや周囲の人々が不思議な事件に出会うと、その謎をきれいに解きほぐしてくれる、名探偵なのです。
　本書は、６編の短編からなる連作短編集です。
　まずは、それぞれについて簡単な内容紹介をしたうえで、感想を。

ーーー
「ケーキと指輪の問題」真以は、出版社で体験したふしぎな事件をそこの雑誌に連載しているコラムに書いたものかどうか、悩んでいた。友人からかかってきた電話に、その話をしてみる。いつもつけていた派手な結婚指輪を付けている編集長のバースデー・パーティが、職場で開催された。ところが、編集長は、出かける前に入浴しているあいだに、その指輪がなくしてしまったという。ところが、社員の一人がきれいに作ったケーキの中からは、その派手な指輪が出てきたのだった…。

「走る目覚まし時計の問題」自伝を出したいものの、自分には文才がない。聞き書きのようなかたちで本が出せないか…。相手にそんな相談をしている発明好きの社長の言葉に、真以は反応していた。できれば、自分が…。しかしきっかけがつかめない。そんなとき社長は、不思議な出来事の話をはじめる。自分が発明した走り回る目覚まし時計で、自分が起きることができた。 …と思っていたが、実はその装置につけた目覚まし時計は壊れていた。しかし、目覚まし時計の音で目覚めたのは間違いない。なぜこんなことが起こったのか。

「不作法なストラップの問題」レストランの店長、山田は、問題を抱えていた。お見合いした女性に惹かれているが、会う度にどこかちぐはぐなことをするという。バッグからはみ出した似合わないストラップに、ぴちっとはまらないリング。ズレ落ちてくる肩紐…。自分以外の男へのメッセージではないか、と心配する山田だが…。

「靴紐と十五キロの問題」真以が憧れている南野が、サラリーマン風の男に続いてレストランにやって来た。彼に会えるのを楽しみにしていた真以だが、そこで事件が起こる。サラリーマン風の男が、ゆるんでいた靴紐に足をひっかけて転び、頭を打ってしまったのだった。そのとき、男は奇妙な言葉を口にした。「十五キロというのは嘘でしょう、いくら何でも」と…。

「ベレー帽と花瓶の問題」帰り道でばったり南野と出会った真以は、彼が抱える事件の相談を持ちかけられていた。若い芸能人と再婚することになったある資産家が、強盗に殴られ、高価な指輪を盗まれたという。強盗は犯行を認め、その供述は資産家の言葉と矛盾がなかった。しかし、現場から２時間は離れた場で、犯行の推定時刻の１時間後に、その強盗を間違いなく見たという証人が現れたのだった。南野は証人の見間違いだという考えに傾いていたが、なにか考えはないかと真以に尋ねる。いままでのいくつかの奇妙な事件を解いたのは真以だと、彼は考えているのだった。

「ロボットと俳句の問題」発明好きの社長が、３年連続で挑むロボットコンテスト。種目は、競争の後、ゴールでロボットが俳句を読むというものだった。冬の季語を入れなければならないのに、社長のロボットは季語のない、暗号のような言葉を読み上げた。実は、社長はコンテスト前日に事故にあって入院してしまっており、コンテストには代理の者がロボットをもって出場したのだが、その人物にはロボットの言葉を換える動機はない。犯人と思われる人物もいるが、しかし彼には、ロボットの言葉を換えることが物理的にできたとは考えにくいのだった。
　一方、ハルお婆ちゃんの娘夫婦のもとでも、ハルお婆ちゃんにとっての心配事が起こっていた。
ーーー

　松尾さんの作品を読むのはこれが初めてですが、とても面白かったです。いわゆる「日常の謎」ミステリは、読んでいて安心できます。解説の大矢博子さんもおっしゃっていますが、タイトルは「ハートブレイク・レストラン」ですけれど、心温まる物語です。
　良い読書体験でした。松尾さんのほかの作品も読んでみたくなりました。