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M17星雲の光と影

M17星雲の光と影

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2006.09.06
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カテゴリ:その他
京都2日目。

朝、三階の見晴らしのよいレストランで朝食をとる。三階といっても山の中腹にあるため五~六階建ての建物が見下ろせる位置にある。天気もよく、みごとなパノラマが眼前に広がる。右手には東山の山並みが連なり、その手前には南禅寺の三門が顔を覗かせている。目を左側に転じていくと、ほぼ正面のあたりに金戒光明寺(黒谷寺)が山に包みこまれるように鎮座しており、さらに左を見ると平安神宮の朱色の鳥居が見える。おそらく金戒光明寺の右手奥をずっと山沿いに入っていくと、今日の最初の目的地、詩仙堂があるはずだ。

朝の和定食は、お粥、みそ汁、焼き魚、煮物、漬け物、温泉卵、海苔など。過剰もないが、不足もない。だしの利いた丁寧で上品な味付け、おだやかで趣味のよい器。あからさまな主張を慎むことによって伝わる穏やかな主張。そういう風情の漂う朝食である。京都では運のいいことにこれまで自分の舌に合わない食に出会ったことがない。この地では「食」が大事に扱われている感触がある。食に対してぞんざいな扱いを許さない姿勢が町に浸透しているように思う。生の根幹につながる食への敬意と尊重がそこにはあるように感じられる。

とにかく今日の主題は詩仙堂である。時を忘れて詩仙堂でひとときを過ごすこと、それができれば一日の目的は達成される。

ホテルの前の道を西に向かって歩き、平安神宮へ向かう通りから市バスに乗り、一乗寺下り松町を目指す。なんだか刀を差して袴をはいていないと降車を拒否されそうなバス停の名前ではある。

去年六月にここを訪れた時にはずいぶん蒸し暑く感じたものだが、今日はそれに比べるとかなり涼しい。空を見上げると雲は消え、陽射しが徐々に強くなってくる。

坂道を10分ほど登っていくと、右手に詩仙堂の入り口が見えてくる。狭い入口のうえにはおおいかぶさるように山茶花だろうか、背の高い木が生い茂っている。順路に沿って石畳の道を歩くと、やがて玄関口が見えてくる。

詩仙堂は現在JRの駅貼りのポスターで大々的に取り上げられているので、もしかすると人が殺到しているのではないかと危惧していたが、「詩仙の間」に入ると先客は二人ほどで、部屋の中はひっそりと静まりかえっている。こんもりと繁ったさつきと、細い線が描かれた白砂が、明るい陽光の中にくっきりと浮かび上がっている。詩仙の間は八畳程度の座敷の二間からなり、正面と左側の戸が取り払われ、黒光りする柱以外に視界をさえぎるものは何もない。時折涼しい風が吹き抜ける典雅で静かな部屋である。

これほどこころが落ち着く場所というものを私は知らない。思い浮かべようとしてもうまく思いつかない。初めて訪れた時から懐かしさを感じさせる場所。意識の中心が頭部からゆっくりと下降していくのを感じとれるところ。静謐、簡素、閑寂、静穏。そういうことばがゆっくりとこころのなかに浮かんでは消えていく。

最初は部屋の周囲にある縁側から庭の白砂を見下ろしていたが、ふと思いついて座敷の奥の中央部にあぐらをかいて座り、そこから庭の全景をぼんやりと眺めてみる。そうすると、なぜか「世界」が見えてくるような気がしてくる。おおげさにいうと「宇宙」が見えてくるようにも思える。少なくともいわゆる「庭」ではない、何か大きなものが感じとれるようだ。いったい何を感じとっているのか自分でも定かではないままに、しばらくその姿勢で壁に背中を軽くもたせかけながら庭を見つめてみる。

なぜこの庭に「世界」を、さらには「宇宙」を感じるのだろうか。目の前にあるものはこんもりと丸いいくつかのさつきの小山と、真っ白に輝く白砂のみである。さつきには花はなく、濃厚な緑の小さな葉が一面に茂り、地面に触れる部分まで刈り込みはなされていない。まるで緑色をした大きな卵がごろりと庭にころがされているようだ。それが白い砂の上に浮かんでいる。

白砂の上に描かれている細い線はおそらく波だろう。これは海だ。さつきの小山は常識的には青山ということになるだろうか。色合いとしては白砂青松に近い。海と陸。それは世界の成り立ちそのものだ。

さらに眺め続けていると、さつきの山が苔むした石か岩に見えてくる。そうすると、これは竜安寺の庭と相似のものとも思える。白砂の静謐をたたえた平面、さつきのダイナミックな立体感。平面と立体、これも世界の構成要素だ。

では宇宙は。なぜこの庭と正対した時に宇宙を感じたのか。その謎はまだ解けない。

私は自分の座っている位置を確かめる。庭の正面に向き合っているように思っていたが、実際にはそれよりもやや左側を向いている。正面に二間分の空間があり、その左側にも吹き抜けの空間がある。私は正面と左側の中間のあたりに自然に視線を向けていたようだ。

おそらく宇宙のイメージは、この庭の与える立体感のもたらすものである。正面から見て、四角く縁取られた枠の中に、まるで絵画のように庭がしつらえられていたならば、こうまで立体を感じることはなかったはずだ。この庭はそうではない。ここには微妙な「ずらし」がある。

よく観察すると、庭の右手は意識的に狭く感じられるように植え込みの木が前面に迫ってきている。そして、庭全体をよっこらしょっと持ち上げて、回り舞台のようにそれを左側に45度ほど回転させる。すると庭の中心線は正面と左側面の間に位置することになる。そうすることによって、庭は正面のみの二次元の世界から、左側面まで含めた三次元の空間へと一気に広がる。私が広々とした「宇宙」をイメージすることができたのは、中心線をずらすことによる立体効果のもたらすものだったわけである。

そして、そのことに気づくには縁側や座敷の前部に位置していたのではいけない。この庭はできるだけ奥に下がって見なければならないのである。そうすることによって、畳の間の全体が薄暗い前景となり、その向こうに緑と白の簡素な宇宙が浮かび上がる。そういう作りになっている。

さらにこの部屋が広さを感じさせる理由がもうひとつあることに気づく。人間の周囲には四つの面が存在する。正面、左側面、右側面、背面。この四つである。詩仙の間では正面と左側面が外に面している。しかし、座敷の奥に座っていると、なぜか三面が目の前に開かれているように感じる。三方が開かれているような開放感があるのだ。それはなぜか。そう思うと、正面を半分に区切っている柱の存在の重要性に気づく。この座敷は二間だから、正面の真ん中に黒い柱があり、それが正面の風景を二つに分割している。正面と左側面の比率はほぼ2:1。これはつまり三つの面が目の前に広がっているような感覚をもたらすのである。右側面には床の間があり、外界に開かれていないにもかかわらず、まるで三面の屏風を立て、一番左の面を直角に折り曲げ、正面には本来ならば正面と右側面にあたるものを広げて立てたように二つの面が見てとれる。実際には二面しか開け放たれていないにも関わらず、まるで三面が開放されているような視覚のマジックが、正面を二つに分かつ黒い柱によって演出されているのである。

ただ座って、庭を眺めているだけなのだけれど、連想は次々とふくらみ、飽きるということがない。

そんなことを感じながら、時計を見ると、ここを訪れておよそ小一時間が経過していただろうか。


以上の感想はあるいは私の勝手な空想、臆断、妄想のたぐいなのかもしれない。しかし、詩仙の間から見える情景の中に「世界」があり、「宇宙」があるということ。それだけはたしかな実感として感じとることができた。

前述のJRのポスターでは、正面の座敷の中央に花瓶に挿したすすきが生けてある。全体としてはよく撮れている写真であり、色合いも構図も立派なものだが、この花瓶はいただけない。構図的に中央部が空きすぎると思って、あえてオブジェを置いたのだろうが、閑寂な世界創造の場に中途半端な遮蔽物を置くべきではない。これは浅慮というべきである。

空白に耐える精神がなければ、世界も宇宙もその姿を現わすことはない。

願わくば私の勝手な妄想がこの庭の真の姿を遮蔽するぶざまな花瓶となっていないことを祈るばかりである。








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Last updated  2006.09.06 20:34:36
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和久希世@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) >「彼はこう言いました。「それもそうだ…
kuro@ Re:「チャンドラーのある」人生(08/18) 新しいお話をお待ちしております。
あああ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 非常に面白かったです。 背筋がぞわぞわし…
クロキ@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光2(03/03) 良いお話しをありがとうございます。 泣き…
М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…

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