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悠久の海 ブログ

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2008/11/16
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カテゴリ:オリジナル小説
「最後の涙雨 -上-」

しとしとと雨が降っていた。
そのきれいな雨に友達とやっていたかくれんぼも忘れ、クレイは森の中を彷徨った。
軽く靄がかかる木々の間を、知らず知らず奥へと迷い込む。
その湿気を帯びる澄んだ空気が少年から怖さを取り除いていた。
「あ……。」
静かな滝の音と共に開けた森の先に、湖に浮かぶ女性を見た。
涙を流す美しき女性に、少年はしばし見入ってしまい、その場に立ち竦んだ。
「あの、何か悲しい事があったんですか?」
幼くても男、少年は女性に近づいた。
「涙を流している。それが私の役目、この大地に水の恵みを。」
彼女は涙を止めることなくささやいた。
その表情が変わる事はない。
「役目?どうして泣く事が……。」
更に女性に近づこうとして、クレイは彼女が水に浮いている事に気づく。湖の淵は浅いが、女性のいる辺りは深そうに見える。
どうせ雨で濡れているんだからと、湖に足を入れようとするが、その女性に止められた。
「わざわざ水に入り、それ以上服を濡らす事はありません。雨はもうすぐ止みます。」
「でも、お姉さん。やっぱり悲しくないのに泣くのって変だよ?」
決意を挫かれ、ちょっと拗ねながら疑問を挟む。
「私は水の精ランダ。私の流す涙はそのまま雨となる。
 私が涙を流さねば、大地は乾いたままとなり、水は枯れて行く。
 私の涙は必要な涙なのだ。」
淡々と自らのことを話す精に、クレイは悲しみを覚える。
「でも、涙を流す事が必要ってなんか悲しいよね。」
「そんなこと……、考えた事もない。」
自らの至上の役目を否定されてか、言葉に少し棘が混じるが、相変わらず表情に変わりはない。
ランダは涙を止め、目を開けた。小雨だった雨が次第に止んでいく。
靄の中に見えるのは、自分の顔を見つめる、まだ幼い少年だった。
「きれい……。」
その顔を見てクレイは思わずつぶやく。幻想的な雰囲気と透明な海のような瞳。
少年が今まで見たこともない美しい女性の顔だった。
そのつぶやきは何の邪気もない、心からのため息だった。
「きれい?私の事か?」
その少年の心が伝わったのか、ランダにかすかな動揺の顔が見えた。
それは少年が始めて見る表情の変化だった。
それによって、水の精が身近に感じられたのか、クレイは勢い込む。
「うん、すごくきれい……。」
吐き出すような賛辞が少年の幼い口から漏れる。
ランダの中で、薄いと自覚している自分の感情がわずかに動くのを感じた。
それに触れたくてクレイへと近づく。
「……レイ、クレイ!」
クレイに触れる瞬間、少年を呼ぶ声が響いてきた。
何故かその手を止めてしまう自分に驚く。
「ホミン、ここだよーー!」
クレイはそんなランダに気づくことなく、幼馴染を呼ぶ。
「クレ……!」
ホミンは森を探し回ってやっと見つけたクレイの側の、美しい女性に呆然となる。
「だれ……?すごく、きれい。」
クレイと同じく感嘆の声を出す。
何故かその言葉にランダは満足を覚える。
「友達か?まだまだ幼いが、いずれ美しくなろう、さあ。」
その子に手を伸ばすと同時に、躊躇ってしまったクレイにも手を伸ばし、優しく髪を撫でる。
その触れる手、しっとりと湿気の含んだみずみずしい感触に、二人はうっとりとした。

遅くなってしまったからと、帰る二人を見送った。
しかし変える間際、クレイが振り返って「また来てもいい?」と聞く。
人に会ったのは初めてではないのに、心がざわめいた。

思わぬ出会いの余韻に浸ろうかと言う時、頭上より声がかかった。
「珍しいなランダ。お前が感情を表すなんて。」
空より降りてきたのは、若いが年を感じさせる素足の男性だった。
「ミューザ、私が……感情を?」
水の精は涙を流す役目がある故に、感情が薄い。感情のままに涙を流せば世界は水で覆われてしまう。
そして空より降りてきた男、土の精ミューザ。
彼は必要でない限り地面に降り立つ事はない。水の精が涙によって雨の恵みを与える代わりに、土に体が触れることによって大地に肥沃を与える。
その安易な行為で恵みをもたらしてしまう故に、土の精は固く生真面目な性格が備わっていた。
「ああ、お前、自分が笑っていることに気づいてるか?」
「笑って……。」
その考える様には何の感情も浮かんでこない。
いつもと変わらぬ様子に土の精はため息をついた。

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Last updated  2008/11/16 11:30:34 AM
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