無猫的生活
これは辛い。私の命の綱、私を出迎えてくれる猫たちが今の部屋にはいない。これが何より辛いことだと気付きました。そもそも二年前、私がバイトを始めたきっかけは「猫のため」でした。猫のエサ代、猫の医療費、その他の出費をまかなうために。突然飼うことになった猫だけに、自分で責任持って面倒見なければならないと思ったから。家族に迷惑がかからないように。でも結果、私は世間に出ることができ、頼りになる仲間ができ、自立への第一歩をようやく踏み、絶望しかかっていた状態から抜け出す糸口を案外簡単に見出すことができたように思えたのです。私はどうしても人に気を使ってしまうし、言葉によるコミュニケーションがうまくいかない時もあり、それによってズーンと落ち込んでどうしようもない時があります。また、自分でも気付かないストレスや外からの影響を受けて、それをけっこうな時間差で感じるから、なにか正体不明の憂鬱や身体的疲労をこうむっている様な気がしていました。しかし、疲れて家に帰ってきても、猫の姿を目にし、話しかけ、何も言わずとも寄り添ってくれることで十分にそれが軽減されていたのです。ああ、猫が私の部屋で待っていてくれたら・・・。しかし、それは現実的に難しい。世話のこと、近所に迷惑がかからないか、そして独り部屋に閉じ込められて私を待つ猫のこと。考えてみたら到底無理なのです。・・・。これって、「だって、だって」が口癖な煮え切らない人のような話しぶりだなぁ(苦笑)実際そうだけどさっ。今、情緒の波の谷間の深部。もーう、かなり落ち込んでる。でも、これは過ぎ去る。きっと過ぎ去る。案外簡単に。何事もなかったのように。なんだろう。・・・あーやめた!今ちょっとオルゴール回してその器械の動きを眺めていたらちょっと気が変わった。そんなもんなんだ。今書いていた気持ちを書き続けるのはバカらしいと思った。そうなんだよ。ちょっとしたきっかけを作るんだ。オルゴールのねじ巻を回すんだ。たまには心惹かれた音色のくる方を見て、その音の元を、その目に見える単純な形を探してみるんだ。きっと安心する。はあ、気分屋、お天気。熊本は昨日の雨から今朝は晴れ間に変わってきつつあります。