雑誌&WEBマガジン「リカル(LIQUL)」連載
【カクテル・ヒストリア第10回】
アドニスはどんなシェリーを愛したのか?
アドニス(Adonis)とは、ギリシャ神話に登場する、美と愛の女神「アプロディーテ」に愛された美少年。カクテルの世界では、シェリーを使った有名なスタンダード・カクテルとして知られる。現代の標準的なレシピは「ドライ・シェリー4分の3、スイート・ベルモット4分の1、オレンジビターズ」というシンプルなもの。
誕生したのは1884~85年頃のニューヨーク。当時ブロードウェーで大ヒットしたミュージカル「アドニス」にちなんで考案されたと伝わる。
カクテル「アドニス」が初めて活字で紹介されたのは、現時点で確認できた限りでは、1913年にジャック・ストローブ(Jacques Straub)が著した「Straub’s Manual of Mixed Drinks」。レシピは、「シェリー3分の1、スイート・ベルモット3分の2、オレンジビターズ2dash」と、現代と比べてやや甘めである。
アドニスに使う「シェリー」は、現代では辛口の「フィノ」が一般的だ。しかし、一口にシェリーと言っても、辛口から超甘口まで幅広い。個人的には、誕生当時はどんなタイプのシェリーが使われたのだろうか、当時「フィノ」はすでに存在していたのだろうかと、長い間疑問に思ってきた。
シェリー研究家の中瀬航也氏(五反田「シェリー・ミュージアム」オーナー)によれば、1823年にフィノが登場するまでは、ほとんどはオロロソかミディアムだった。しかし1850年頃には、フィノの代表的銘柄「ティオペペ」が、欧米で人気商品となっていた。そして、(アドニス誕生当時の)1885年頃には、ほぼすべてのタイプのシェリーが商品化されていたという(ただし、アモンティリャードは貴重品だったらしい)。
なので、結論としては、すべてのタイプのシェリーが使えたけれども、アドニスはおそらく、当時一般的な人気を確立していた「フィノ」を使って考案されたとみるのが自然だろう(写真右=ミュージカル「アドニス」に主演したヘンリー・ディクシ―<Henry Dixey>)。
しかし、時代が変わればレシピも微妙に変わる。クラシック・カクテルが再評価され始めた欧米では、90年代後半以降、アドニスに、「アモンティリャード」や「オロロソ」を使う例が目立つ(グーグル検索上位の欧米のWEBカクテルサイト10カ所で、アドニスのレシピを調べてみたら、フィノ5、アモンティリャード2、オロロソ2、マンサニージャ1だった)。
同じくシェリーとベルモットを使う有名なカクテル「バンブー」(1885~90年頃誕生)はドライ・ベルモットを使うので、シェリーはやはり「フィノ」がベスト・マッチだろうが、スイート・ベルモットを使うアドニスは、「フィノよりもう少し重く、甘味を感じるシェリーの方が合う」と記すサイトもある。確かにある意味、理にかなっていると思う。
最後に余談を一つ。有名な「The Savoy Cocktail Book」の初版本(1930年刊)にはもちろん「アドニス」も「バンブー」も収録されているが、バンブーはシェリーのほかドライ、スイートの両方のベルモットを使うレシピ。筆者の知る限り、唯一の例だ。しかし残念なことに、バンブーは巻末の追補部分に載っているためなのか、2002年に出版された日本語版の初版復刻本ではこの追補部分が抜け落ちている。これは日本のカクテルファンにとって、とても不幸なことだと思っている。
【おことわり】本稿の作成にあたっては、本文中にも登場する中瀬航也氏に数多くのご助言、示唆を頂戴いたしました。この場をかりて心から感謝申し上げます。
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Last updated
2021/06/11 12:18:58 PM
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うらんかんろ
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