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カテゴリ:びしびし本格推理
西澤保彦の現在進行形シリーズである〈ぬいぐるみ警部〉の第2短編集を読んだ。
○ストーリー ある高級マンションに侵入したものの刺殺された男が発見された。一方そこで,マンションに住んでいる女子高生・階藤美月が持っているテディベアの贋物が落ちていた。なぜ2つの事象は同時に起きたのか,そして捜査のために現場入りしたキャリアの音無警部とこの女子高生の関係は??? ------------- ある県の音無警部のチームは,仕事熱心なのだが変わり者ぞろいだ。 20代後半でクールなキャリア警部の音無は,実はぬいぐるみマニアで,ぬいぐるみを見るとうきうきと「その子たち」と会話を始めてしまう。 叩き上げの中年刑事・江角は,ミステリーマニアで,音無警部に名探偵のフォーマットを当てはめて,神がかった名推理を常に待っている。 スポーツウーマン系の則竹は,自他共に認める仕事一筋の女刑事だが,実は年下の音無警部に惚れ込んでいる。 若い桂島刑事は・・・誰だっけこいつ? 改めてリスト化してみると,いまいちこのメンバーがどういう関係なのか分からない。音無警部がキャリアとすると,30才近くで警部の役職っておかしい。どこかの署長を務めていて,その後に県警とかに移らないといけないはずだ。 ここからも分かるように,西澤保彦作品なので,社会的な部分でのリアリティは気にしない方が正解だ。一方で,西澤作品のパズラーとしてのピースに,人間の感情,情念という要素はかなり大きい。 だからある部分ではフィクションであっても,生きている人間のドロドロした部分のリアリティにはどっぷりはまっているという前提で読むべきだ。 読者を選ぶ作家だよね,ホントに。 ------------- 相変わらず,主人公であるべき音無警部の考えていることは伝わってこない。 もちろん音無は,ぬいぐるみをこよなく愛する,という以外の面では,ひじょうに真面目な警察官なのだが,節々にそこから意味不明なリアクションが生まれるので,彼を取り巻く部下たちが,戸惑いつつ,勝手に勘違いした妄想を膨らませる,というのがこのシリーズの楽しさだと思う。 そんな中に,作者・西澤も懸念しているように,全く異なるタイプの階藤美月というキャラクターが前の短編集で生まれ,今回も2つの短編に登場している。状況としては,音無警部の同志的なぬいぐるみマニアで,則竹刑事の弱みを握って翻弄するという立場なので,あっと言う間に音無チームの誰よりも最強ポジションに座ってしまっている。 ここからは設定なのだけれど,アイドル級のルックス,認知してもらった父からは莫大な生活費を得ている,という無敵伝説がついている。 〈腕貫探偵シリーズ〉でも似たようなジョーカーキャラが生まれているけれど,他にもシリーズキャラがいる中で,それを差し置いての階藤美月は必要なんだろうか? 桂島刑事はますます存在感を失っていると思う。 ------------- 各編について簡単に感想を述べる。 「パンだ、拒んだ」:ある女性が自宅のワンルームマンションで見つかる。彼女の部屋には巨大な段ボール箱があり,中身はぬいぐるみだった。だが箱に付けられていた送り状の送り主は男性で,宛て先は女性で,2人とも彼女と過去に関わりのある人物だった。そこから音無警部たちが推理したこととは?・・・自分の命を賭して相手を破滅させようとする,といういかにも西澤作品の登場人物らしい行動が見られる。その一方で,〈ぬいぐるみ警部〉とその部下たち,という妄想の多い面々が捜査をしているというギャップが楽しめる。短編集の導入としてはストレートで良い。 「自棄との遭遇」:女子高生の階藤美月のマンションで,男性の刺殺死体が発見され,その近くには美月のテディベアが落ちていた。ところが美月の部屋には,レアなはずのテディベアがきちんと残っていた。瓜二つのぬいぐるみと男の死体をつなぐ謎とは?・・・自分たちの想い,というか妄想をうまく表に出せない音無チームのメンバーと全く次元の異なる行動力・破壊力を持つ階藤美月の再登場だ。ミステリーとしてはワリとシンプルで,ヒントも多いので,謎解きは驚きも少なくスムーズだ。その分,キャラクター小説の色合いが強くなっている。まあバランスを取ったんだろう。 「誘う女」:真紀の勤務先に,姉・佳奈子から奇妙な電話がかかって来たことで,彼女は姉夫婦の家に駆け付ける。そこには拘束され,撲殺された佳奈子の姿があった。容疑者の夫は,同じく容疑者で佳奈子の浮気相手の青年の家に押しかけていた。ギリギリのアリバイを解き明かしたのは,小さなぬいぐるみだった!・・・西澤作品らしい,自分に正直で,非常識なキャラクターばかりが登場するので,事件の流れを見失ってしまう。真相は最初から見えている単純なものだった。 「あの日、嵐でなければ」:江角刑事は,音無警部に40年前と30年前に起きたある一家にまつわる刺殺事件について相談をする。そこから見えてきた恐ろしい真相とは?・・・前の短編もそうだが,無理やりこのシリーズに入れてきたと思われるパズラーミステリーだ。たぶんこのシリーズで初めて建物の平面図が掲載されているし,真相は西澤作品らしく,ウッとなるえぐさだ。この味わいがクセになるのだけれど。 「離背という名の家畜」:大学時代の知人の友人だけの結婚報告パーティに出席した則竹刑事は,中高大と通じての友人から母親が殺されたことを聞き驚く。さらに階藤美月と共に,身内ならではの内部事情を教えてもらったことで,彼女たちが見出した真相とは?・・・自転車が衝突したことで破れてしまったストッキング,そこからここまで事件を膨らませることが出来るとは!相変わらずの西澤保彦の妄想力だ。この短編では,則竹・美月の女性探偵のチカラが発揮された。でもそういう場所でキスはいけないよね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.06.29 20:39:34
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