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与え続けること と 工夫すること

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2013.05.27
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カテゴリ:本、雑誌から。

 

太陽大好きなわたしには、今日の太陽の光はありがたい!

 

今日は目が覚めてから、考え事してしまった。

  

ので、出だしが遅くなってしまった。。。

 

 

書籍の覚書を=============メモ

 

「人殺し医療」 ベンジャミン・フルフォード著 KKベストセラーズ

 

 

1970年代、特に1975年以降、

 

男性の肺がんや肝臓がん、すい臓がんなどが胸部において急増し始めた。

 

日本で健康診断が義務化されたのは、1972年からである。

 

 

 これを偶然として済ませるわけにはいかないだろう。

 

そして健康診断の義務化をはかり、間接撮影タイプのレントゲン撮影を導入した、

 

日本医師会の「将軍」こと武見太郎は、どんなキャリアを持っていたのか

 

 

覚えているだろうか?

 

--それは放射線による人体への影響--であった。

 

 

武見太郎は戦前、日本最高の研究機関だった理化学研究所で、

 

日本最高の原子物理学者であった仁科芳雄のチームに在籍していた研究者でもあった。

 

彼は1983年に、くしくも胃がんで亡くなったが、

 

生前の武見太郎は、決して西洋医学の薬を口にしなかった。

 

体調が悪いときには漢方薬しか飲まなかった。

 

しかも彼は、どんなに周囲から健康診断を勧められても絶対に受けなかった。

 

周りは医者ばかりであり、しかも自身も開業医であったにもかかわらず、

 

西洋医療を拒否し続けたのである。

 

健康診断を日本人に勧めるシステムをつくり、薬価差益が目的で

 

大量の薬剤をばらまいてきた張本人が、そうだったのである。

 

ある大手の弁当チェーンの社長は、自らは絶対に自社の製品は口にしない。

 

弁当には保存料や添加物が山ほど入っているので危険であることを知っているのである

 

また、ある大手家庭用洗剤メーカー社員は、自宅では妻や子どもに、

 

自社製品ではなく普通の石鹸を使うようにと命じていた。

 

 

武見太郎は、日本人に大量のがん患者が生まれることを知っていた可能性が高い。

 

知っていて健康診断の導入を推し進めたのである。

 

こうした医師にあるまじき行為に、なぜ彼は手を染めたのか? 

 

ここに一冊の本がある。タイトルは『誰も書かなかった日本医師会』(草思社)で、

 

著者は地方紙の記者から医療ジャーナリストになった水野肇氏である。

 

タイトルは刺激的であるが、内容は医師会を擁護するもので、

 

武見太郎の功績を持ち上げるいわゆる「提灯(ちょうちん)本」である。

 

しかしだからといってバカにはならず、

 

そうした中にもうっかり重要な秘密を漏らすことがあるのだ。

   

そして気になる記述を見つけた。
   

 

「・・・問題は前にも述べた"キングメーカー"の存在である。

 

東京医師会内部には当時、表には出ずに陰で人事を操る人々がおり、

 

しかも彼らは隠然たる勢力を持っていた。・・・(彼らが)"諸悪の根源"だったと

 

いわれている」185ページから引用。

 

 武見太郎が絶対的な権力を握ってきたのも、

 

表には出てこない東京医師会内部の「闇の勢力」があって、

 

それが武見の死後も医師会を支配してきた、

 

そう著者は語っている。医師会の背後にいる「謎の勢力」を匂わせているのだ。

 

つまりは軍医の連合体であった日本医師会が「正規軍」で表の軍隊であったとすれば、

 

その謎の勢力が「ゲリラ部隊」で一種の秘密組織であった可能性は高い。

 

 

表の正規軍である医師会の役目は、日本の医療体制を完全支配することだった。

 


そして日本独特の医原病を蔓延させながら、西洋医学の独裁体制を築いてきた。

 

それを維持するためには何が必要か

 

そのために「闇の部隊」がするべき役割は一つしかないだろう。

 

それがマスコミを動員したプロパガンダである。

   

今、日本の医療が崩壊すれば日本人は大変なことになる!
   

 

この世界には危険な病気やウイルスが蔓延している!
   

 

高度な西洋医学でなければ対処できない!
   

 

人類の未来は西洋医療とともにしかない!
   

 

だから日本の医療体制はどんなことがあっても、絶対に維持して

 

守っていかねばならない、と日本人に思わせ続けることにある。

   

 

そのためには世界中で戦乱が頻発し、危険な未知のウイルスが蔓延し、

 

恐怖心を掻き立てる謎の病気が広がる必要がある。


1910年、アメリカで一人の医学者があるレポートを提出した。
   

彼の名前はエイブラハム・フレクスナーといった。

 

そのレポートのタイトルは「アメリカとカナダの医学教育」で、

 

通称「フレクスナー・レポート」という。

 

そして100年前に提出されたこの論文こそが、

 

現代にまで続く西洋医療を蝕む元凶となるのである。

 

このレポートの内容を一言で表現するならば「コールタール医療の提言」であり、

 

このレポートをフレクスナーに依頼したのがジョン・D・ロックフェラーであった。

   

 

石油産業を独占することで巨万の富を築いた初代ロックフェラーは、

 

その財力と政治力を使って医療分野への進出を図り、

 

20世紀を迎えた1901年に、「ロックフェラー医学研究所」を設立した。

 

ロックフェラーの目的は、石油を用いて医療を独占支配することであり、

 

その調査をフレクスナーに命じたのであった。

 

今日では、コールタールは発がん性があることが知られているが、

 

その発ガン物質を医療に用いようというのであるから、

 

医療システムそのものが最初から道を踏み外しているのは当然である。

 

 

ちなみに、コールタールの発がん性を世界で最初に発見したのは、

 

日本人医学者の山極勝三郎である。

 

彼はコールタールを長期間にわたり、

 

ウサギの耳に塗り続けるとがんを発症することを実証したのである。

 

それは当時の医学界の主流であった、がんの寄生虫原因説を覆す画期的な研究だった。

 

それがフレクスナー・レポートが提出されてから5年後の1915年のことである。

   

 

すでにコールタールから医薬品を製造していたロックフェラーにしてみれば、

 

「よくも余計なことをしてくれた」という気持ちであっただろう。

 

その結果、

 

この山極の研究は、ロックフェラーの政治力で徹底的に握り潰されることになる。

 

そして実際に、がん発生のメカニズムでノーベル賞を取ったのは、

 

がん発生原因の寄生虫説を唱えたヨハネス・フィビケル(デンマーク・1926年)であった。

 

そして誰でもが再現することのできた山際のコールタール人工がん研究は、

 

完全に黙殺されたのであった。

 

しかもなぜか現在まで、彼の発見は「医学界最大の汚点」とされているのである。

 

こうして日本人医学者を潰す一方でロックフェラーは、フレクスナー・レポートを書いた

 

エイブラハムの実の兄サイモン・フレクスナーが推薦した、

 

別の日本人医学者を「医学界のスーパースター」に仕立て上げたのである。

 

それが、野口英世である。

 

サイモンとの共同研究をしていた野口英世は、

 

ロックフェラー医学研究所の所長になったサイモンの推薦を受け、

 

その後アフリカのガーナで客死するまでの間、医学界のスターとして

 

ロックフェラー財団の地位向上と、ロックフェラー一派の医療支配に貢献したのだった。

 

現在では、野口英世の功績の大半は「捏造」であることがわかっている。

 

私は野口を批判しているのではない。

 

彼は、ロックフェラーが医学界の実権を握るために徹底的に利用されただけなのである。

 

山極勝三郎にしても、野口英世にせよ、日本人にとっては実に腹立たしいことである。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~以上~~~~~~ 

 

 






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Last updated  2013.05.28 14:17:09
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