青い光 上の続き
「あ~、あれだね。なんでこんなに降るのかねえ」「あれじゃん、あれ。亜熱帯」「はっ?分けわかんないわぁ。日本は温帯なんですけど」「いや、よく言うじゃん。地球温暖化のせいで、亜熱帯化してるって」「誰もそんなこと言ってねえよ」あたしがそう言い返す。そして喋ることを放棄して、水溜りが出来ている校庭をじっと見つめた。あの日から、ちらりちらりとことあるごとに堂珍を見ていた。焦燥感が纏わりつく。笑っていても楽しくない、何をしてもつまらない。そんな日常を抜け出したかった。が、こんな変な抜け出し方はいやだ。別に、あたしは八方美人じゃない。好きな人に好かれればそれでいいと思っている。というか、そう思っているはずだ。そんなこんなで、考えがまとまらない。窓ばっかりみてるあたしは古典の授業で指された。先生は、書き下し分に直しなさいといっていたけど、いかんせんノートもなにもかも真っ白。当然雷が落ちた。だけど、そんな中でも窓の外を見つめた。何がそうさせるのかなんてわからない。ただ、ひどくイラついている自分に気づいた。「晴、今日いやにぼーっとしてんじゃん」「いや、めっちゃ寝不足で」「ふうん」意味ありげに周りと目配せをするサヤカ。「何?」「この前、委員会なんてなかったんだってね」「はっ?」「水臭いよ、堂珍と付き合ったんでしょ?まぁあいつ、顔もまあまあかっこいいし。晴、おめでと!!!!」なんつう勘違い。そんな、甘いもんじゃなかった。告白は告白でも逆告白。嫌いって言われただけなのに。いいかげん、この苛立ちの原因がわからない。つい、にやにや笑っているサヤカ達に当たりそうになる。「違う、違うってば。べつにあたし堂珍のこと好きじゃないし」「でもさ、呼び出されてたじゃん。あれは、何でさ」さぁ白状しろといわんばかりに、詰め寄られる。「いや、嫌いって言われた」「はっ?」わけがわからないという風に、首をかしげるサヤカその他友人A、B、C達。「だから、あんたたちが思ってるような甘い関係とかじゃなく、むしろその逆?あたしも堂珍のこと嫌いだし」自分で言って、ショックを受けた。嫌いって言われたことの再確認。それを悟られたくなくて、大嘘をついた。「それに、あたし好きな人居るし」「えっ?」「明」明とは小学校からの腐れ縁の幼馴染。つってもまぢでうちらの間に恋だの愛だの存在してないし、これからも絶対ありえない。そういう間柄だ。すまん、明。心の中で土下座して謝る。「明、あきらってあの野球部の?」サヤカがすかさず聞いてくる。「決まってるじゃん」「でも、あいつって彼女居るんじゃなかったっけ?」「いるよ」わざと神妙な顔を作って、答える。すると、さっきの威勢はどこへ行ったのか、サヤカその他A,B,Cがいっせいに黙りこくった。そこで、もっと信憑性のあるような言動を考える。「良いんだよ、それで別に。あたしは彼女になりたいんじゃない、好きで居たいだけだからさ」わざと明るく言って、同情を誘う。何してんだろう自分。少しの自己嫌悪と、苦笑の笑みが零れた。それから昼休みは、失恋話のオンパレード、あたしは誰々と付き合って、こんな別れ方をした。まるで自慢話をするようにいっている友達をどこか冷めた目で見る自分が居た。面倒くさい、また外を見る。依然雨は降り続いている。「晴」ドアから、呼ぶ声が聞こえる。友達があたしの顔を見ている中、あたしは呼ぶ相手を見た。「明」そう呼んでから、ちらりと隣を盗み見る。すると、目が合った。思わず目を反らすと、堂珍はふいと、友達の話の中に入っていった。「悪い、数学のノート貸して」「彼女に借りれよな」そう言いながらも、ロッカーをあさって手に渡す。「いや、それがどうも別れそうなんだよなぁ」「はぁ、1年も続いたのにもったいない」さっきのこともあってか、つい鋭い口調になる。「晴?」「何?」「お前、なんかあったの?」「何もない」「じゃあ、なんでそんな向きになってんのさ。俺、めっちゃ八つ当たられてるんですけど」苦笑交じりにそう言う。「いや、頭ん中、ごっちゃでさ」誰もいない廊下であたしがそういう。「いや、要点掴めないから」切り返す明。「なんかさぁ、あいつに嫌いって言われたときに、うをって正直びっくりする位のショック受けてさ、んで、なんていうの?自分がわけわかんない」そういった後、ポンポンと頭を撫でられた。青々とした、晴天を1週間は見てない。白っぽい青じゃなくて、もっともっと青い空が好きだ。結局、明と彼女は別れたらしく、あたしは今明と屋上で5時間目の生物をサボっている。久し振りに太陽を覗かせた空は、くすんだ水色みたいな色で、あんまり気に入らなかった。「失恋祝いにどうぞ」10分前に買っておいた、ココアを渡す。「そりゃどうも」頭を下にしたまま受け取る。会話はこれだけ。校庭を見る。まだ水溜りが残っていて、きらきらと光を反射していた。夏より、早く傾くようになった太陽は、どこか優しい光を与えてくれた。「ねえ」話しかけてみる。「何?」「彼女のこと好きだった?」一瞬沈黙してから、答えをくれた。「わかんね」「そっか」「うん」座り込む明の頭をぽんぽんと撫でた。すると明は、あたしの腰を捕まえて抱きしめる。泣いていた。あたしも少しもらいなき。涙が通ったところをすうっと北風が冷やした。結局5,6時間目とサボったあたしは、偶然に部活へ向かう堂珍と会った。なんにも言わずに、通り過ぎようとすると声をかけられた。「待てよ」「何?」「おあついな、屋上って案外丸見えだって知ってた?」「あっそう」なんだかもうどうでもよかった。イライラしている堂珍を見ているとこっちまでイライラしてくる。「あいつ、彼女居るぞ」「ご忠告どうも。だけど、もう別れたって」歩く速度を速める。「まるで、昼ドラてんかいだなぁ。本妻から、夫を奪う泥棒猫役ってとこ?」「真珠夫人とか、牡丹と薔薇ごっこしたいんなら、誰かとやってくれる?あんた、あたしのこと嫌いなんだったら、放っておいてよ」語気を荒げた自分が馬鹿みたいだ。こんな奴に、嫌いって言われたのに。感情を爆発させるなんて阿呆らしい。「バイバイ」スポーツバッグをもっていた。オレンジ色の光が射す中、あたしは夢中になって走った。次の日学校をやすんだ。親には風邪だと仮病を使って、友達に連絡して伝えてもらった。最近、情緒不安定だ。すがりつくように抱きしめられた腕の感覚が、今も腰あたりをさわると残っているような気がする。つい、この間までは恋だの愛だのなんかに発展しないと断言できた。今は出来ない。あっちへふらりこっちへふらり。あたしの感情はまるで、波間を漂うくらげだ。一貫性がなくて、その時のままに流される。あるいは言霊か。ありえない、布団を被った。何時間寝ただろうか、光を閉ざしているカーテンを一気に開けた。すると、視界に青が広がる。今日の空はきれいだ。異常なほどキレイだ。そう、考えていると、けたたましいほどに携帯が鳴り出した。電話だ。「もしもし」「俺」「俺って、どちら様の俺ですか?」「着信の名前でも見ろ」「何?」「お前、仮病だろ。何で学校来ないんだよ」「行きたくないから」「あっそ。だけど俺はお前に話すことあるから、今から行く」「どこに?」「お前ん家」「やめてよ、困るから」「じゃあ、どこなら行っていいわけ?」「公園」そのまま、携帯の電源を切る。何時かも約束しなかった。だけどあたしは。厚手のコートを急いで着て、小さい頃よく遊んだ公園へ向かう。耳にmp3も忘れずに。あそこは高台になっているから、この町を一望するのにはもってこいだ。といっても、一望するほどの価値があるか定かではないけど。「遅えよ」どうやら最近は、背後から突然声をかけるのが流行っているらしい。「明」「時間指定も、明確な場所も教えないで、切りやがって。しかもかけ直しても繋がんないし」「話って何?」「俺、お前見てると不安になる」「何言ってんの」「普段はそうじゃないくせに、俺の前なんかじゃほとんど泣いたことないくせに」「話の要点、主旨がよく掴めないですけど」「彼女とうまく行かなかった理由、俺に忘れられない奴が居たからなんだ」まずいと感じた。「ごめんね」「笑うなよ、俺、お前が消えるのが怖い」「何いってんだってば」唐突に抱きしめられる。「泣いてるのらしくないんだよな。隣に立ってるといつもどっか行っちゃいそうで。昨日も、晴が消えんじゃないかって、怖かった」「冗談やめてよ」笑うに笑えなかった。真剣な目。避けようと思えば避けれたはずのキスも避けなかった。Mp3を耳に当てたまま自転車をこいでいる。ぴいんとした冬の空気。今日も学校をサボった。携帯は電源をOFFにしたまま、ベッドの上。遠くまで行こう、そう決めた。見上げると痛いほどの青空が広がっていた。