『蟲(むし)』
見慣れた動植物とは違う、
時にヒトに妖しき影響を及ぼすもの。
蟲師(むしし)は、それらを調査し在るべき様を示す。
ヒトと蟲の世を繋ぐ者、蟲師ギンコの旅の物語。
★蟲師・第10巻より、蟲師の全作品で1話だけアニメ化されていなかった最終話の鈴の雫のあらすじの後編です。前編はこちら→ 「
鈴の雫 前編」
★鈴の雫は2015年5月16日より劇場公開されます。(映画、ネタバレ注意)
同時上映の棘(おどろ)のみちのあらすじはこちらで
→ 「
棘のみち・前編」「
棘のみち・後編」
蟲師 特別編 鈴の雫 後編
カヤは山に戻っていた。あれが呼びに来たとカヤはギンコに言った。いつも山の声を伝えに来る光の輪。ヌシはそれに従うだけ、山を元に戻さなければとカヤ。耐えられるかとギンコが聞くと、ずっとしてきたようにするだけとカヤは答えた。
あんたには何の慰めにもならないかもしれないが、俺はあんたに会えて嬉しかったよとギンコはカヤに言った。ずっと昔から草木も蟲もけものもヒトも命の理の許に生きている。きっとこれからもそうだろう。ヌシはその約束の現れ。それがヒトの形をしている事が俺には無性に嬉しかった。
葦朗にカヤは山に戻ると言ったと伝えるギンコ。里心が強くなれば苦しむだけだからもう会わないのが互いのためだと言うと、それしか俺にしてやれることはないのか、どうしてカヤがそんなものに選ばれた、俺にはあいつを忘れる事なんてできないと葦朗は言った。
忘れる事はないとギンコ。いつも思ってやれ、ヌシは山と共にあって常にお前達を守っている。草木の中にも虫やけものの中にもカヤの目や耳があることを忘れずにいてやれと言った。葦朗は今日も山へ柴刈りに。好物の餅を供えると元気かカヤと山に向かって話しかけた。
ギンコが再びたずねると山は様子がおかしくなり始めていた。けものは騒ぐし草木は枯れている。弟もこのところ具合が悪いと葦朗。カヤに何かあったのか。カヤ大丈夫かと山に呼びかける葦朗。ギンコは葦朗の弟の薬を渡すとカヤの様子を見に行く。
一体何があったと聞くギンコに山の声がわからない、山とひとつになれない、どうすれば山を元に戻せるのかわからないとカヤは言った。だからもうじき次のヌシが決められるとカヤ。そうしたらお前はどうなるんだと聞くと古いヌシは山に喰われると言った。次のヌシに力を渡すために。
それが山の理か、ずいぶんと荒っぽいことでとギンコ。お前は家族を恋しく思っただけ、ヒトとしてあたりまえの事でそれが許されないのならヌシに選ぶべきじゃなかったんだ。山に新しくヌシが決められた事を知らせる蔓草が伸びていた。それは新しいヌシが命を宿した時に実をつけ美しい音を鳴らすという。
蔓草はまだ実をつけていないから、それまでにヌシの力を山に返せば命まで一緒に奪われずに済むんじゃないか。うまくいくかはわからないが理に話をつけさせてもらおうかとギンコ。そうしたらお前はただヒトとして生きればいいとカヤに言った。
ギンコは強い蟲下しを作った。カヤが飲むとヌシと山をつないでいる草が這い出てきた。ギンコは草を手にすると理に話しかけた。ヌシの力は返すから受け取ってくれ、どうかヒトのヌシを許してくれ。草と共にギンコの姿が消えた。
ギンコは光の輪の中にいた。これは蟲の宴か。なぜヌシでないモノが力を返しにきた、もともとヒトをヌシにすべきではなかったのだと声がする。そうだ、ヌシの力は返すから命までは取らないでくれとギンコ。あの子をヒトをヌシに選んだあんたらの誤りだと言った。
ヒトには知恵も心もある。それらは山の礎として潰されてもわずかな光で蘇る。だから脆い。山のヌシになどなりきれないものなんだとギンコが言うと、それでもかつてヒトもヌシをしたから今一度させてみたのかもしれんが失敗だったからもはやヒトがヌシに生まれることはないと声。ヒトは山から外れて山の声が届かぬモノとなる。そんなモノがあっていいのかと言った。
外れはしない、決して。ヒトも山の一部にすぎないのだからとギンコが言うといずれ理が決めることだからまあ良いと声。しかしこの者のした事は理を歪めたからあるべき形に戻してもらわねばと言われた。覚悟はしてきたよとギンコ。ならば共に来てもらおう。ギンコは光の輪の中を進む。
お待ちくださいとカヤが現れた。これは私と山の話、誰にも身代わりはさせない。何で来たんだ、お前が悪いんじゃない、行くことはないとギンコが言うとカヤは言った。私はずっとこの山と一緒だった。私は草木で虫でけもので、数えきれない生死を味わった。最期にヒトとしても生きられた。
だからって死ぬことはないとギンコが言うと、死ぬわけじゃない、私でなくなるだけとカヤは言った。山と命と理の間を流れる約束の中に還るだけ。カヤは消えた。
鈴の音が聞こえた。あの時と同じだと葦朗は思った。子供の頃、胸を躍らせた鈴の音がひどく物哀しく聞こえた。身を切られるような美しく哀しい音だった。帰らなきゃ、でもここは一体どこだと考えてギンコは気づいた。ああそうか、ここは知ってる。ふたつめの瞼の裏だ。
今日もカヤに餅を供える葦朗。ねえちゃんどこに行ったのと弟に聞かれ手の届かない所だよと答えた。でも遠くじゃない、いつも側にいるんだよ。久しぶりにギンコがたずねてきた。このところ山で異変は起きてないよ、新しいヌシが守ってくれているんだなと言った。きっともう大丈夫だろう。
......山と命と理の間に流れる"約束"の中に......
さて行くかね。ギンコは歩き出した。