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こきっつぁん

こきっつぁん

2009.06.14
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カテゴリ:格闘技
本当は、本編では誰の訃報でも、それについては書かないように決めていたし、
今日はプロレスはプロレスでも、
25年前の猪木・ホーガン戦での蔵前暴動事件について、書こうと思っていたんだけど、
やっぱり三沢社長の訃報については書かなくてはいられない…。
信じられないけど、信じなきゃならない、この事実。

三沢光晴

昨夜は、三沢社長のニュースを聞いてから、
気になって気になって、一睡も出来なかった。
朝8時からの「The サンデーNEXT」を観て、
大体の状況を掴んで、やっと眠ることが出来た。

11時頃、軽く起きて、
YBSラジオの「プレシャス」へ三沢社長についてのコメントを送ろうかとしたけど、
テーマが「気合いを入れる曲」ということで、
テーマにそぐわないんじゃないかと思って、断念しました。
その前に、コメントを送る気力がなかったね。

その後は再び眠りにつき、夕方、わらわらと起きて、
ヴァンフォーレの試合を見に、小瀬に向かいました。
ヴァンフォーレの会心の勝利を見たのと、
試合後に桜井アナ&土橋アナ&酒井アナと会って、話をして、
元気が少しは湧いてきました。

三沢光晴(ノア)


ルーテーズ杯、2代目タイガーマスク、決起軍、超世代軍、正規軍、
馬場亡き後の全日本プロレスの社長、
そしてノア旗揚げ、新日本との交流戦…。

まさしく三沢光晴は、馬場・猪木とは違った形で、
プロレス界を牽引していた大選手です。
三沢がいなかったら、全日本はもっと早く崩壊していただろうし、
馬場の保守本流プロレスを継承する人間はいなかっただろう。



それよりなにより、
馬場的なモノから飛び出し、猪木的なモノを嫌って、
しっかりと自分の主張を打ち出しながら、
ノアをトップ団体にのし上げた功績は、あまりにも大きい。
これは、長州も、天龍も、蝶野も、武藤も、橋本も出来なかったこと。




私は新日本びいきですが、三沢には一目も二目も置いてましたよ。
石頭の馬場(&元子夫人)とは違って、スマートでクレバーな頭を持っていたし、
あれだけの身長と体重を背負いながら、
タイガーマスクで空中殺法を魅せた、プロレスのセンスも抜群だったし、
魑魅魍魎のプロレス界において、人柄も人間性も素晴らしい選手でした。

1990年5月14日の東京体育館のマットで、
三沢が虎のマスクを脱ぎ捨てなかったら、
今のプロレス界はなかったと言っても過言ではない。




奇跡のピンフォールでエースの足がかりにした鶴田戦、
弟分の川田との一連の激戦、後輩の小橋との死闘の数々、
場外へののど輪落としを浴びた田上戦、エルボーで失神させたハンセンとの一戦、
場外で床にダイレフトにパワーボムを食らったウィリアムスとのタッグ戦、
永遠のライバルの越中とのGHC戦、小川直也や橋本真也とのタッグマッチ、
「四天王プロレス」と言われた、川田・小橋・田上とのタッグ戦などなど、
三沢光晴のベストバウトはたくさんありすぎるけど、

私がひとつを挙げるとすれば、
1998年10月31日の日本武道館での、小橋健太との一戦。
エースとして脂が乗っていた三沢と、上り調子の小橋との、40分を超える大激闘。
解説の馬場が絶句した、あの試合。



あんな試合をもっと見たかった。

ありがとう、三沢。さようなら、三沢。
こんなに早く、そして唐突にお別れしたくなかったけど。
長い間、おつかれさまでした。ぐっすん。





それにしても、確かに今までも日本人や外国人選手を問わず、
数多くの大物レスラーが亡くなっているけれど、
今回のケースは試合中でのアクシデントだから、
そのショックは計り知れないものがあります。
もちろん、ノアの選手ならびに、
プロレスに関わる全ての人も相当にショックを受けてるでしょう。

ただ考えてみれば、生還した馳浩も高山善廣も村上和成も、
同じようにリングの上で逝ってしまっても、おかしくはなかったんだから、
それだけプロレスというものは死と隣り合わせであるということを、
改めて思い知った感じがします。



やっぱりリングドクターがリングサイドにいなかったのが、
致命的だったのかもしれないなあ。
もちろん、レフェリーを始めとして、そこにいた人は最善を尽くしたと思うけど、
それが適切な処置だったのかは別問題。


全く同じケースで死地をさまよったことのある馳浩は、
三沢のようにリング上ではなく、控え室に帰ってきて倒れたんだけど、
その時にたまたまリングドクターがいて、適切な処置をしたから生還したんですよ。

そこらへんがなんとも悔やまれます。



しかし、かつて「過激なプロレス」と言われた新日本プロレスではなく、
オポジションである全日本プロレスのトップクラスの選手が、
この10年に立て続けに亡くなるとは、夢にも思ってなかった。
エリック一家の呪いがまだとけていないのか…。
そんなことを言ったら怒られるか。


三沢光晴選手のご冥福を心よりお祈りいたします。

潮崎、ノアを頼むぞ!



それでは曲です。この曲しかないでしょう。
三沢光晴選手の入場テーマ曲、「スパルタンX」  どうぞ!







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Last updated  2009.06.17 22:10:37
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