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こきっつぁんの765EVENING

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こきっつぁん

こきっつぁん

2010.03.31
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カテゴリ:ラジオ関係
植田有紀子&富田智美

笛吹川フルーツ公園でのイベントのMCをやっている植田有紀子アナウンサー。
当時は新人でした。ちなみに、左は富田智美アナウンサー(当時)。




今日3月31日付けで、植田有紀子アナウンサーは山梨放送を退職し、
山梨でのアナウンサー生活から卒業しました。


2004年の入社ですから、まる6年のアナウンサー生活ですね。
6年前、YBS本社の玄関ホールのスタジオで公開放送をしていた、
「ただいま」という番組を見学しに行った時に、
スタッフと一緒に番組のお手伝いをしてるのを発見したのが、
私がユッコちゃんを見た最初でした。
確か、年明けだったような気がします。

スタッフさんにしては可愛すぎると思っていたんですが(笑)、
今度入る新人のアナウンサーだと聞いて、なるほどと納得しました。


私のユッコちゃんの最初の印象は「可憐」、そして「スレンダー」でした。
女優の石田ゆり子さんに似た感じの清楚さに加え、
まだまだ、少女のあどけなさが残る風貌に、たんぽぽの可憐さを見ましたね。
同時に、脚の長さも含めたスレンダーさには、びっくりしました。
だから、こんなか弱い女性が、これからの過酷なアナウンサー稼業に耐えられるのか、
と、ちょっと不安になったのも覚えてます。
まあ、それは私の取り越し苦労に終わる訳ですが(笑)。

植田有紀子

ユッコちゃんのラジオデビューは、確か、定時のラジオニュースだったと思います。
YBSラジオでは2004年の3月いっぱいまで、
月曜の夜に「前田真宏のGETS!」という番組を放送していて、
毎年その番組の中で、新人のアナウンサーを紹介するパターンになっていたんですが、
2004年の4月に入社したユッコちゃんは、
ちょうどその番組と入れ違いの形になっちゃったんですよ。
だからラジオの中で、「今度入った植田有紀子です」と、
しっかり自己紹介することは無かったような気がしますね。
かなり後になって、山川牧さんの「FREE STYLE」というラジオ番組で、
牧さんにツッコまれる形で自己紹介はしてましたが。


テレビデビューも多分、お昼のミニニュースだったと思います。
でも、ラジオと違ってテレビでは、前出の「ただいま」という番組に出演して、
しっかり自己紹介したと記憶しています。
それどころか、ルーキーでありながら、司会の桜井アナや富田アナが休みの時は、
進行によどみ無く、すんなりと代役を務めてましたからね。
ひとつ先輩の東アナが、「ただいま」水・木曜のMCで悪戦苦闘していたのを尻目にね(笑)。



その素養を認められたのか、翌年の4月から早くも2年目で
「ユッコのポプサタ」という1時間のラジオ番組を担当することになります。
また、同時期に、YBSテレビの「ともちゃん家の5時」の中継リポーターを、
酒井アナからバトンタッチされます。
ここからの活躍はご存じの方は多いでしょう。


土曜の午後4時から放送の「ユッコのポプサタ」は、
それまで午後4時50分まで放送していた、当時の人気番組の
「エド山口のしびれて土曜日」のお尻を切るような形で始まったので、
正直、リスナーからの反発はありましたね。
でも、持ち前のキュートさで徐々に支持を拡大していきました。


オープニングトークでは、
ドジ話も含めて、20代のそのままの自分をさらけだし、

「ピックアップ・アーティスト」で、
自分の好きなアーティストを取り上げる時は、
こちらがびっくりするぐらい雄弁に良い所を語り、

最後にリスナーのメッセージを紹介する時は、
リスナーの想いにいつも共感してくれたユッコちゃんに魅了されましたね。


このパターンを放送開始から今年の3月に終了するまで、
5年間崩さなかったのは、立派のひとことです。
特に、ラストの2年間はニュースキャスターをやりながらのパーソナリティーで、
かなり苦労もあったと思います。
ちなみに、この「ユッコのポプサタ」は、
1995年以降で始まったリクエスト番組の中で、
私のコメント&リクエストが一度も採用されなかった唯一の番組だったりします(笑)。
まあ、私もそんなにリクエストは出さなかったんですけどね。
リクエストを出すより、ユッコちゃんの毎週のクリスタルボイスに聞き惚れてました。

植田有紀子


とも5の中継リポートでは、
前任の酒井アナが独自のおもしろリポートを確立していたので、
後任のユッコちゃんとしては、これまた苦労があったと思うんですが、
番組スタッフの、ユッコちゃんの可憐さを前面に出す演出と、
ユッコちゃん自身の大胆な言動&行動で、完璧に、
山梨県民を「植田有紀子ワールド」に引きずり込むことに成功しました。

個人的には、山交の○○物産展のリポートで、
視聴者にプレゼントする食材をGETする時の「とも5丸」の船長姿が1番好きでしたね。
セクシーかつ凛々しくて(笑)。

あと、ラストリポートとなった、キグレサーカスの空中ブランコとか。
ユッコちゃんは「困り顔」が物凄くセクシーなんですよ(笑)。


そのおかげか、この頃は間違い無く、
YBSの看板女性アナウンサーになってましたね。
「とも5」のメインMCの富田アナと1、2位を争うぐらいの。


無邪気な顔をして、やることはきっちりやります的な大胆な行動には、
テレビを見ていて、毎回驚かされました。
そこに女性のしたたかさ(天使と小悪魔の顔)を見た、
と言ったら、本人に怒られそうですが(笑)。

植田有紀子


2007年の4月には、本人もリスナーも念願だった、
「765MUX」というラジオの生ワイド番組の、
月曜&火曜のパーソナリティーを担当することになります。


「ポプサタ」でラジオは慣れているだろうと思いきや、
生放送は勝手が違うのか、初めはトークにぎこちなさがあったりしましたが、
回を増すごとにつれ、「ユッコ節」が炸裂していきました。


たった1年間でしたが、「765MUX」では、
食(特にスイーツ)を語り、旅(特にスペイン)を語り、美の追求を語り、
恋愛を語り、習い事の楽しさ(特に編物&楽器)を語り、
そして、時にはとんちんかんなことを書いてきたリスナーをたしなめたり(笑)、
28歳の等身大の自分をさらけ出して、リスナーを楽しませてくれました。

ユッコちゃんの場合は、「ボケ」というのとは違って、
計算された?「無邪気さ」が凄く魅力的でしたね。
お風呂に入ってどこから洗うか、包み隠さず克明に語っていた時もあったし(笑)。



確かあれは、バレンタインデーの直前の週だったと記憶してますが、
私が恋愛についての質問をメッセージとして出したんですよ。
恋愛の失敗談について語ってください、みたいな感じだったかな。

それに対して、ユッコちゃんが、

「私は好きな人に対して、本当に自分のことが好きか、
 愛を確かめるようなことをしちゃうんですよ。
 自分に自信が無いからかもしれませんが。
 それで好きな人に誤解されて、ダメになります」

と、ため息混じりに話しているのを聞いて、
これはかなり「本音」を語っているなと確信しましたね(笑)。
これこそが「天使と小悪魔の本質」なんだとも。




まだまだユッコちゃんの本質は氷山の一角で全貌は見えていない、
もっとそこらへんを探ろうとしていた所、
2008年の3月に「765MUX」を降板することになり、
同時に「とも5」の中継リポートも桜井アナに譲り、
中島そよかアナと入れ替わる形で、
同年の4月から、平日の「ワイドニュース」のキャスターを担当することになります。
言うなれば、局の顔であり、山梨の顔になった訳ですよ。


正直、ユッコちゃんの持ち味が、
報道に行ったおかげで消えてしまうことに危惧を抱いたんですが、
確かに大胆さと無邪気さは影を潜めましたが、
逆に、画面から見える可憐さは増したように感じましたね。
原稿読みも浅川さんを凌ぐほどうまくなりました。

これから更にニュースキャスターとして脂が乗ってくるという時だったのに、
2年間のキャスター生活で幕を閉じるとは、短すぎますよ。
もっともっと見ていたかった…。

植田有紀子


富田智美アナから「地デジ大使」を受け継ぎ、
地デジイベントでは、いつも小さな子供を相手に優しく接してくれたユッコちゃん。


隣の席の吉岡アナに、ラジオのオープニングトークをどうしたらいいか、
不安でよく相談したという、繊細なユッコちゃん。


絶対に先輩風を吹かせることがない、後輩に優しいユッコちゃん。


どんなに忙しくても、どんなにドタバタになっても、
その気品さは決して忘れることがなかったユッコちゃん。


本当は「お嬢様」と言われてもおかしくないのに、
気さくに視聴者やリスナーや取材対象者に接してくれたユッコちゃん。


リポート中にスタジオのMCに無茶振りされて、困り顔になっても、
しっかり毒を吐いて反撃する、小悪魔なユッコちゃん。





そんなユッコちゃんの明るい笑顔と優しい言葉に救われ、どれだけ励まされたことか。
(えっ、前もどこかで同じこと書いた?・笑)

そんなユッコちゃんの笑顔もエンジェルボイスも、
当分、山梨では見れないし聞けません。
淋しいことですが、しょうがないね、こればっかしは。

ただ、私は必ずまたどこかで、それらに巡り合えると思っていますよ。
例え、結婚&出産したとしても、必ずこの業界に戻ってきます。
こんな感じで消えてしまう女性じゃありません(笑)。




同じく、今日付けで山梨放送を退職する深澤弘樹アナウンサーは、
自分が担当するラジオ番組で、これまでのアナウンサー人生の想い出や、
現在の心境を語る機会がたくさんあったのに、
ユッコちゃんは、「ワイドニュース」や「ポプサタ」で退職の挨拶があったものの、
意外にあっさりした山梨でのアナウンサー生活のエンディングに、
若干の不満はあるんですが(笑)、

山梨に来てくれたことにありがとう、と言いたいし、
山梨で頑張ってくれてありがとう、
山梨を楽しませてくれてありがとう、
そして、山梨を好きになってくれてありがとう、と言いたいです。


6年間、お疲れ様でした。
山梨のちっぽけな街から、これからの幸せを願ってます。



植田有紀子…
それは、山梨を華やかにする為に埼玉から送られた、上品かつ豪華な花束だった。


それでは曲です。
ユッコちゃんの永遠のアイドルである、安室奈美恵の「Can you celebrate?」と、
同い年であり、永遠の目標?である、ビヨンセの「Naughty Girl」
2曲続けてどうぞ!

植田有紀子

これ↑は2005年の元日に、武田神社でYBSラジオのイベントがあった時に、
掲示板で張り出されていた年賀状です。
新天地でも一歩一歩、上を目指して頑張れ!





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Last updated  2010.04.07 07:57:24
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