バイト出身社長、安部修仁に聞く【営業利益率】
吉野家フリークスの間でよく話題にのぼる謎の第1位は、なぜ吉野家は券売機を置かないか、である。
吉野家フリークスの間でよく話題にのぼる謎の第1位は、なぜ吉野家は券売機を置かないか、である。同業他社や立ち食いそば屋の大半が券売機を設置しているのに、吉野家にはなぜか券売機がない。
前回見た通り、吉野家が厳しい効率性の追求で高い回転率を実現していることを考えると、券売機を置かないのも、当然、効率性追求の一環と想像できる。
巷に流布している定説は、機会損失防止説だ。券売機は通常、ドア付近に設置される。すると、昼のピーク時に券売機の前に行列ができ、その列が店の外まで溢れることになりかねない。それを見た人は、店が込んでいると勘違いして別の店に行ってしまう。券売機を使わなければ、このような“券売機渋滞”ができないから、機会損失がなくなる……。
この定説を、安部社長に直接ぶつけてみる、千載一遇のチャンスである。
「いやいや、券売機を置いたほうが作業の繁雑性ははるかに小さくなるから、労働生産性を徹底的に追求しているわれわれとしては、本来、券売機は必然の道具です。しかし、非常に矛盾に満ちたことではあるけれど、券売機を置かないことで大事にしたいことがあるんですよ」
安部社長は、券売機を置くと「ご注文は何にいたしますか」という接客用語が、ひとつ減ってしまうという。そして、代金の受け渡しという接客行為もひとつ減る。それゆえ、券売機を置かないというのだ。なんとも情緒的な回答である。
「文化人の方々は、吉野家は無機質このうえないとおっしゃるわけですが、築地で生まれた吉野家には、伝統的に醸し出してきたひとつの文化があると思うんです。券売機を置かないのは、その文化を、収益が許す限り大事にしていきたいというメッセージでもあるんです」
吉野家は、米国産牛肉禁輸前まで、券売機を置かずとも10%近い営業利益率を維持してきた。現在は、米国産牛肉の価格高騰で営業利益率は低下しているが、それでも頑なに券売機を置こうとしない。
「大事にしたい文化とは、サービスで言えば、お客さんと目線を合わせなくても、お客さんの動作の一部始終を把握しているといったことですね」
たとえば、客がお茶を飲むとき、角度が高くなれば、それはお茶の量が少なくなっている証拠。すかさずお茶を追加する。客が食後に胸ポケットを探れば、それは薬を取り出す仕草。すかさず水を持っていく。つまり、客から要求されるより先に、客の動きによって求められるサービスを察知し、要求を満たす。
「牛丼を食べる刹那的な時間ではあるけれど、こうした、お客さんとのメンタルな繋がりを大事にしていきたい。そういうマインドを、心根のところで共有していきたいということなんです」
吉野家が生産性を犠牲にしてまで死守している文化とは、「江戸の粋」だと安部社長は言う。効率を追求しつつ、粋を守る。意地でも券売機を置かない吉野家は、なんともいなせな企業なのである。
【吉野家 DATA FILE(3)】
出店にあたっても店舗ごとの利益率を厳しく規定
牛丼販売中止となった2004年度、営業利益は-12億円。ただし「上期で-24億円、下期で+12億円」の結果だと安部社長は言う。このときは赤字を出してでも営業を軌道に乗せることを優先し、1年後には黒字化を達成。V字回復に向かっている。
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