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カテゴリ:雑感
「白い巨塔」をようやく第三巻まで読み終わった。 主人公の担当した手術についての医療訴訟の第一審が終わったところなので…結末を知っている人はいわないでほしい。 この小説がかかれた頃には医療過誤というのは社会問題になっていたのだろうか。現在も医療訴訟はどこかで起きているのかもしれないが、患者の遺族が主人公を医療過誤で訴え、それが大報道されるというのは、今ではちょっと考えにくい。 小説では、主人公の財前医師が胃癌患者の手術前の肺の断層撮影を行わず、そのため肺癌の転移を見落とし、手術は成功したものの、患者はその後、肺の容態が悪化して死亡する。当時は癌といえば不治の病という認識が強く、癌患者には告知しないのが普通であった。この場合、もし肺癌の転移に気づいたとしても、それにより胃癌の手術を先延ばしにすれば、結局、患者は胃癌でなくなったのではないか。また、胃の手術と肺の転移巣の悪化との関係は現代の医学ではどこまで解明されているのだろうか。たしかに、なんらかの刺激を与えて癌が急速に悪化するという話は聞くので、そうした事例がないわけではないが、確率の問題なのかもしれない。こうした場合、現代では患者に病名を告知した上で、あえて手術をすれば転移巣が悪化して生命を失う危険があるが、完治の可能性もある、逆に手術をしなければ、寿命は多少伸びるにしても、結局は胃癌で死亡するということで、患者に選択を任せるのではないか。 いくら患者の遺族から見て医師の態度が不誠実であり横柄にみえたとしても、この昭和40年頃の時代に、これで医師の責任を問うのは無理なように思う。 そういえば今でも医療訴訟のニュースはたまにみかける。中には酷い病院もあるものだというのもあるが、不適切な治療で90歳代の老母が死亡したというのになるとどうなのだろうか。あたりまえなのだが、人はいつか死んでいく。人が死ぬたびに、病院が悪い、施設が悪いということになると、医療や介護に携わる人々の負担は増えるばかりのように思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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