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あま野球日記@大学野球

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2012.12.23
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カテゴリ:近鉄バファローズ

(前回の続き)

■1979年11月4日(日曜日)、日本シリーズ第7戦。9回裏、1点差を追う近鉄バファローズは無死一・三塁になり、チャンスが膨らんだ。一塁ランナーの代走は吹石徳一、三塁には藤瀬史朗。そして打者は平野光泰、カウントは1-3。

広島  101 002 000 =4
近鉄  000 021 00  =


【近鉄メンバー】
1(6)石渡 茂
2(3)小川 亨
3(9)チャーリー・マニエル
4(7)栗橋 茂 → (PH)(2)梨田 昌孝
5(2)有田 修三 → (7)池辺 巌
6(5)羽田 耕一 → (PR)藤瀬 史朗
7(4)クリス・アーノルド → (PR)吹石 徳一
8(8)平野 光泰
9(1)鈴木 啓示 → (PH)阿部 成宏 → (1)柳田 豊 → (PH)永尾 泰憲
           → (1)山口 哲治 → (PH)佐々木 恭介


江夏豊が11球目を投げた。すでに捕手の水沼四郎は立ち上がったまま。

<11球目> 高めに大きく外してボール。フォアボール。

打者の平野光泰は江夏を睨みつけて、何か言葉を投げつけた。お互い高校時代から知る仲である、「江夏、なんで勝負しないんだ!」とでも言ったのだろうか。バットを投げつけて一塁へ向かった。

近鉄は無死満塁になった。三塁走者・藤瀬史朗がホームを踏めば同点、二塁の吹石徳一が帰ってくれば近鉄の逆転サヨナラ勝ちだ。これまで日本一を逃し続けてきた西本幸雄監督が悲願を達成するのは、もう目前だった。


■水沼は言う。
「敬遠された平野は、よほど自分で試合を決めたかったのだろう、すごく怒っているのがマスクを通して伝わってきた。その時、負けを覚悟した・・・。1点で抑えれば御の字だが、そんなことは、この場面では不可能。大阪球場のすべてのファンが、近鉄ベンチの全選手が、その後訪れる歓喜の渦を想像していたに違いない。でも大声援の中で、私は不思議と落ち着きを取り戻していた」

ここで広島ベンチはタイムを取った。マウンドにいる江夏を囲むように、一塁・衣笠祥雄、二塁・木下富雄、三塁・三村敏之、ショート・高橋慶彦らの内野手が集まった。


■その時、西本監督は、代打に送る佐々木恭介と次打者・石渡茂を呼んだ。
西本「9回裏、無死満塁の場面で、監督の俺がどうこうするケースやないと思った。後は打席に立つ選手が打つだけや。佐々木が打席に入る前にタイムがかかっていたから、佐々木と石渡の2人を呼んで、『全部振れ!』と言った」

ただ、この言葉にある「監督がどうこうするケースでない」と「全部振れ!」の2点が、後に石渡が打席に入った時、齟齬が生じる。

まずひとつ目は、西本監督が先ほど見た江夏のカーブの影響で、最後の最後に作戦を変更することになること。そして二つ目は「全部振れ!」と言った指示が、なぜか石渡に伝わっていなかったこと。

悲願の日本一が目前に迫り、ファンだけでなく、近鉄の監督も選手も皆が舞い上がっていたようだ。最低でも同点を願ってテレビ観戦していたボクも、この時ばかりは逆転サヨナラを信じていた。






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Last updated  2012.12.24 09:31:48
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