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近代日本文学史メジャーのマイナー

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2009.09.17
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  『典子の生きかた』伊藤整(新潮文庫)

 伊藤整という筆者、よく知らないながら、私は今まで何となく好感を持っていました。
 ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を翻訳したら、それが「猥褻罪」として訴えられ、全面的に法廷闘争をした気骨ある文人、という程度の理解でありますが。

 一方、文芸評論の作品は、何点か読んでいました。
 『小説の方法』なんて、大学時代に読んで、すごく感心した覚えがあります。「逃亡奴隷と仮面紳士」なんてキーワードを、今でも覚えています。いかにも、「理論派」「明晰な頭脳」という感じですね。
 しかし、それは、床屋談義程度の、または文芸評論についての、筆者のイメージであります。

 さて、上記の小説でありますが、この作品は、筆者の長編小説第二作だそうです。
 長編小説第一作はというと、これであります。

  『青春』伊藤整(角川文庫)

 あ、この小説、半年ほど前に僕が読んだやつではありませんか。
 でも、そのときはあまり感心しなかったんですね。

 作品がとっても痩せている感じがしました。うーん、「貧相」なイメージなんですね。
 小説って、やはりもっと栄養豊かに、面白い筋がなければいけないんじゃないかと、私はとても思います。

 若き芸術家の卵たちの青春群像を描いているとはいえ、僕は、そこに筆者の芸術思想を盛り込みすぎていると感じました。
 「思想」だけでは、やはりつまんないんですね。それだけなら評論でいいと思います。
 小説は評論じゃあない、面白い「お話し=フィクション」がぜひとも必要です。

 (しかし、そんな意味で、日本文学史上の小説家を改めて眺めると、漱石・太宰・谷崎あたりがやはり他を圧倒して面白いですよねー。追随しているものが後、えーっと、芥川とか、その他ちらほら、うーん、あまり見あたりません。もっとも、私が知らないだけでもありましょうが。)

 と、そんな感想を持ちました。
 ただ、この作品は筆者の最初の長編小説と言うことで「若書き」の感は否めず、別の作品にも触れねば、と思っていたところに、ブックオフで見つけたのが冒頭の小説であります。それが、筆者の長編小説第二作目でありました。

 変なたとえ話が浮かんだのですが、高校野球、ね。
 試合が終わった後、勝ったチームの監督のインタビューがありますよね。そんなとき、「弱かったチームが、一戦一戦戦っていきながら強くなっていきました」みたいなこと、よくおっしゃっていませんかね。

 僕はこのフレーズは「謙遜」だと思っていたんですが、でもこの小説を読んでいるとそんな感じがとてもしました。
 「伊藤整チーム」は、一作が書き上げられ、二作目が書かれつつある中で、確実に「うまくなってきた」と、「不遜」ながら、私は思いました。

 それは、主人公の設定にもよるんでしょうね。
 この二作目の主人公は、孤児の二十歳の女性であります。そもそもが芸術小説や哲学小説になりにくい設定にしてあります。
 (ただ、主人公の、人生上の新しい展開を迎えようとするきっかけの一つが、トルストイの『イワン・イリッチの死』を読んだことによるというのは、ちょっと、おもしろいですね。)

 しかし、にもかかわらず、この作品も、とーーーーっても、「堅い」印象を受けました。
 そもそも、タイトルが堅いじゃないですか。『青春』に、次が『典子の生きかた』ですから。

 幼くして孤児になった女の子が、血縁・同性・異性、そして生きていくことについて、自分のいるべき場所を探し続けるという、実に「青春物語」なテーマですから、やむなしとは思うものの、例えば、こんな書きぶりであります。

 室へ入って扉を閉めるとすぐ典子は、
「ちゃんと答えてね」と言った。そして自分のそばに立っている鈴谷を感じながら、
「あなた、私を好きなの?」と言った。これが自分の言うことのできる最後の言葉だ。これを言ってしまえば、もう私には、何も力がなくなる、と自分を消えかかっている蝋燭のように感じた。


 これはラブ・シーンですね。こんな堅い対応をする女性であるとも読めますし、やはり「設定」が堅いんじゃないかとも思います。

 ついでですが、この後はこういう風に続いていきます。

「うん」と暗がりで鈴谷が言った。そして、ちょっと間をおいてから「君はどうなんだ?」
「私、私はわからない」と典子は言った。しかしそれは、もう私は何も言う力がなくなった、と言う意味であった。その、力の尽きた私のことが、この人にまだわからないのか、と典子は思うのであった。
 次の朝、朝日のいっぱいに入ってくる窓際で鈴谷は典子に言った。


 えー、わかりますでしょうか。
 終わりから二行目と最後の行の間に、二人の初めてのセックスがあるんですね。
 うーん、隔世の感がありますよねー。「猥褻罪」で訴えられた方の文章とはとても思えませんよねー。

 ともあれ、そんな話であります。今でもこの本は読まれているのでしょうか。
 たぶん、ちょっと、無理ですよねー。(本書の初出は昭和十五年であります。)
 だって、現代の「青春の彷徨」といえば、セックス・ドラッグ・バイオレンス等々、そんな感じのものばかりじゃないですかー(偏見かしら)。
 今の若者、こんな「堅い」の、きっと読めませんよねー。


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Last updated  2009.09.17 06:22:07
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