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2009.11.21
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カテゴリ:昭和期・新感覚派

  『天の夕顔』中河与一(新潮文庫)

 上記の小説は、昭和十三年に発表され、以来、第二次世界大戦後までにわたって、45万部が売れたそうであります。

 その時代としては、破格のベストセラーでしょうね。

 でも、どうなんでしょうか。この作品は、現在でも読書に堪えるものでしょうか。
 そんな気もするし、しないような気もするし、ちょっと、その辺を考えてみたいと思います。

 恋愛小説なんですが、冒頭しばらく、すでにもう主人公の大学生は、人妻に惚れられています。不倫の恋の話なんですね。

 これって、ちょっと「失礼な」比較になるかも知れませんが、少年漫画の「ラブ・コメ」によく見られるパターンですよね。まず、女性に惚れられる。(考えれば、私は長く少年漫画を読んでいないんですが、「ラブ・コメ」って、今でも言うんですかね。)

 で、その後、今読むと、ちょっと「アブナイ」感じの女性のアプローチ、男性の対応が続きます。

 それは例えば、貸してくれた本の中に、これ見よがしな恋愛の短歌が挟み込んであったり、突然、二人の間のわだかまりを解きたいという手紙が来たり、会えばいきなり「これ以上会うのは苦しい」と告白されたり、家まで行って、相手の目の前で、相手が何度も読み直したと言っている自分の手紙を、凶暴に全部引き裂いてしまったり、二人の関係は恋愛ではないと確認しあった後でキスをしたり抱き合ったり、うーん、なんかもう、よく分かんないな。

 そして会ったり会わなかったりがずるずると30年近く続くんですね。
 (またこの、時間の立ち方が「歪」なんですねー。「それから二年」とか、「すると二年目の六月」とか、会っていない間の年月は、昨日と今日の間のように「光速」で過ぎていきます。)

 その間、まぁ、上記のような状態の、間歇的ずるずる繰り返しです。
 そして、性的な関係だけは持たない。

 えー、ちょっと、偏向した書きぶりになっていますでしょうかね、なっていそうだな。
 とにかく、なんか、ちょっと、「変」。

 読んでいて少し、イライラとしてきます。このイライラは何処かで経験したぞと考えたら、思い出しました。
 武者小路氏の一連の「ナルシズム」小説であります。
 あれも大概イライラさせられましたね。

 でも先日、武者小路氏と同時代人、芥川龍之介の友人である小島政二郎の文章を読んでいますと、氏は、武者小路氏のあっけらかんとした「ナルシズム」に、とても「憧れ」を感じていらっしゃいました。ふーむ、あの時代にはそんな読み方があったのかと思いましたね。

 この作品の「変」なところは(もちろん、現在の立場で見ると「変」な気がするということですが)、上記以外にも、おそらく枚挙にいとまがないほど出てきます。

 でも、なぜこの小説は現在も、とりあえず私でも手にはいるという形で残っているんでしょうね。
 いや、もうすぐ、時代から消えていこうとしているという気もしないではないですが、とりあえず残っている事の理由について、僕はこういう事ではないかと、実は読みながらちょっとメモしました。

 「リアリズムの拒否と、ストイックということ」

 以前、幸田露伴の『五重塔』を読んだ時、僕は、この主人公では実際は五重塔は建たないだろうと思いましたが、作者は、その事に気が付いていないわけではないんですね、おそらく。
 それが「浪漫主義」あるいは「理想主義」ということなんでしょうね、たぶん。

 この小説は「ストイック=禁欲的」というキーワードを作品化した「恋愛の理想主義小説」なのではないだろうか、と。
 そう考えれば、この作品に対して高い評価がある事についても理解できます。

 例えば、作中の人妻の存在に対して、何か、「崇高」なものを投影する事も、確かにできそうな気もします。
 しかし、そこまでするかどうかは、もう「好みの問題」ではないでしょうか。

 残念ながら僕はちょっと、そこまではできませんでした。

 昔の人はこんな時、上手におっしゃいましたね。
 「ご縁がなかったんですね」って。


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Last updated  2009.11.21 08:43:51
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