幽霊 第四回 後半
翌日は8時のインターシティ(急行列車のイメージ)でほんの30分ほどでゲントに着いた。これから約2日半の長丁場なのだが、日本からのエントリーは森之宮一人のようで、そのせいかどうかわからないが、発表は初日の午後の部の最後という一番楽な時間帯にセットしてあった。主催者の気遣いかどうか真実のところはわからない。でも少なくとも国際会議デビューの森之宮にはとても負荷が軽くなる。
その甲斐あってか、英語でしたプレゼンテーションは自分でも内心ナイス!と叫びたくなるほどうまくいった。そのまま主催者招待の立食レセプションになったのだが、講演の内容だけでなく、どこから来たのかだとか、経歴だとか、果てはまだ独身かなどという、あまり西欧の人間が話題にしないことまで聞かれる、一種のスター扱いをしてもらった。加藤さんからのアドバイスでフランス語はカタコトしかできないことにしていたので、たまにトレビヤン!とか言うと、それだけで喝采をもらう始末だった。上司お二人は、終始そばにいる加藤さんが片端からちゃんとした英語に翻訳してくれるのをいいことに、こちらは正真正銘のカタコト英語でだれかれとなく話しかけ、それなりにゲントを、国際学会を楽しんでいるようだった。
翌日も学会が続き、世界レベルの議論が容赦なく交わされるのを目の当たりにした森之宮は、昨晩あれだけ飲んで騒いだ連中がどうしてこんなに元気なのか、そちらの方にもびっくりした。もちろん、最先端の学者と製造工程のエンジニアたちの真剣勝負にも加わった。なにしろ隣では河野課長がアブストラクト集を見ながら、森之宮が質問をした講演にマル印をつけているのだから気が抜けない一日だったのだ。が、夕方6時になると、徒歩によるゲント市内ツアーというものが催された。昔、世界史の時間に習ったような気がするメロビング王朝だとかカロリング王朝だとかが実際にこのあたりで戦争やら和解やらを繰り広げたことを聞かされた森之宮は、石の文明の重さと息の長さをちょっとだけ鬱陶しく感じた。見下ろす石畳はきっと人間の血で磨かれたことがあったに違いないと思った。
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