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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2009.11.28
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カテゴリ:ばっちっこ
ばっちっこ その11  


 体つきも精神も大人びていた俺は、同級生の男たちの誰よりももてた。3年間で受け取ったラブレターは優に段ボール1杯を越える。毎朝げた箱を開けるとどさどさと手紙が落ちるというのは大げさにしても、ほとんど毎日のように誰かから幼い愛の告白をもらった。いかに幼いと言っても中学生だ、誰かと同じ場所に自分の傑作お手紙を押しこむはずはない。だから必ず一か所から一通が見つかる。俺はそれらすべてにせっせと返事を書いた。否定的な中身を返したことは滅多にない。嘘でも君はきれいだと書いた、君に興味が尽きないと書いた。だから相手が俺に飽きるか俺をあきらめてほかの男にくっつくか、まれに俺が付き合いを断るかしない限り、彼女たちもまた、せっせと俺にラブレターを書き綴ってくれた。その蓄積が、抱えきれないほどの想いだ。

 剣道と響子と、母親に付き合って12時まで起きている間の「学業」と。それに恒久が遊びで絡んできて、加えて山ほどのラブレターだ。俺の中学校生活は充実を通り越して中身が溢れかえる毎日だった。
「先輩あのねあのね」
「なんだよ、早く言えよ」
「ううん、なんでもない」
 こんな子もいた。今から思えばかわいそうなことをした。キスの一つもしてやればよかった。たしか鴨川玲子という名前だったと思う。肩より長い髪の毛を三つ編みにして束ねていた。女子中学生はみな、同級生の男が子供に見えるそうで、飛びぬけて大人びていた俺なぞは例外中の例外、その上勉強も剣道もと来れば。しかし、そういう女の子たちとは、俺は一線を越えることはしないできた。

 やがてそんな期せずして保ってきた節操を破る日が来た。中学2年の秋、上級生とひとりの女を張り合うことになったのだ。宿沢という男だった。のち、新宿のその筋に就職(?)し、有名な新宿抗争の時に受けた傷がもとで死んだと聞いた。
 その宿沢と、俺と同級の光子というちょっと白痴っぽい美人を争った。光子の態度が煮え切らないので、じゃあ、強いほうと付きあうことでいいかと本人に念を押し、屋上を子分たちに封鎖させて決着をつけることにした。『タイマン』などという物騒なボキャブラリーを覚えたころだ。

 相手は170センチの柔道部だが、俺だって170センチにちょっと足りないくらいの剣道部だ。勝負は上級生が柔道の組手に来ようとした時点で決まった。俺が鼻にパンチを打ち込んだからだ。大した怪我でなくても痛みと出血は戦意を喪失させる。鼻血を押さえながら涙を流して逃げようとしても、屋上のドアは内側から施錠してある。俺はこの先どこまでもこの男をいたぶり続けることができる楽しみがわき上がってくるのを、暗い気持ちで感じた。そしてそのどこまでも光の射さない感情に身を任せる愚を悟った。

 取り決めていた合図の柏手を3回打つと、鉄のドアが内側に開き、対戦相手は本当に転がるように逃げ出して行った。入れ替わりに子分たちに背中を押されて光子がぼんやりと体を現わした。
「俺が、お前の恋人だからな」
「うん、わかった」
「7時に三平ストアの前に来い」
 響子のアパートの近くにあるスーパーマーケットである。中学校からも近く、ときどき同級生たちが万引きをして捕まったとかうまく逃げたとか、俺たちの話題に頻繁に顔を出す場所なので、ちょっと頭の中身が覚束ない光子でもわかると思ったからだ。
 
 その晩は警察剣道をさぼって、しかし何事もないように家族4人で夕ごはんを食べたあと、待ち合わせ時刻ぴったりに着くように家を出た。そう、兄は母親の頑張りで得た学資で予備校に通い、この年の春には何とか現役で2期校に合格していたが、ろくにアルバイトもせず、家でゴロゴロしていた。母親は俺の夜間外出には慣れっこになっているので、何も聞かず、ただ鍵を持ったかどうかを細い声で答えを期待する様もなく言っただけだった。

 光子をスーパーの前で拾ってまっすぐ響子の部屋へ向かった。この時間なら店に出ているからだ。呼び鈴なんてシャレた物は始めからない。俺はもらっていた合い鍵を使って無造作に安物のドアを開けた。

 響子がいた。
「あら、のぶくん、ごめんねえ、かぜぎみでさあ。あら、どなた、あら、いもうとさんかしら」
 俺は声が出ない。びっくりしたのと、まずいことになったのと、二つが頭の中をぐるぐる回っている。風邪をひいている響子への心配なんてかけらもない。
 しばらく無音状態だったのだが、思いがけなく光子が沈黙を破った。
「いとこなんです。ちょっと気分が悪くなっちゃって、のぶちゃんが横になれるところ、近くにあるからって、連れてきてくれたんです。すいませんけど、ちょっとだけ、貸してください」
 これほど笑いをかみ殺すのに苦労したことはない。「He go home yesterday」なんて普段英語の試験に書くくせに、こういうときは学校の勉強だけはできる俺なんかよりよっぽど芸が深い。どうして女はとっさにこんな見え透いた嘘がつけるのだろう。
「ああ、そうなの、大丈夫かな、きたない部屋だけど、どうぞ、遠慮しないで寝てていいわよ。何か飲むかしら。のぶくん、ちゃんとお世話しなくちゃね、ちょっと、あたし、氷買ってくるわ、三平ストアに売ってるから、すぐ戻るからね、お嬢さん、スカートゆるめて、横になっててね。のぶくん変なことしちゃダメよ、じゃあ、行ってくるから」
 突っかけをうまくすくい履きそこねてドアに頭をぶつけた響子は、なにやらぶつくさ言いながら出て行った。

 俺は言うべき言葉が見つからなくて黙って光子を見ていた。光子はゆっくりとしゃべり始めた。
「帰ろ。いつでもできるよ。あたし。高松君の恋人になったんでしょ。したければ学校でもよかったのに。場所。あるし。あたしがしたんじゃなくて。変な眼で見たでしょ。あたしじゃなくて。たとえばガーコとか。ああ、荒井和子ね。あの子は江波戸と。デキてるから。うちでもいいわよ。おねえちゃんと二人で。住んでるから。おねえちゃんがいない時なら。大丈夫」
「わかった、おまえとやるのはあとにしよう。おまえ一人で先に帰れ。あしたまた考えよう」
 光子は素直に帰った。
 入れ違いに響子が戻ってきた。買い物かごには氷だけでなく、お菓子とビールも入っていた。
「もっと時間つぶそうと思ったんだけどね、あの子が出て行っちゃったからね、もういいかなと、思って」
 涙がぼろぼろこぼれはじめた。まあるい粒が化粧っけのない頬をほとんど濡らさずに転げ落ちるように流れる。
「早く戻りたかったの。もう」
 俺は精一杯やさしく抱きとめてやった、無言だったが。
「あたしなんかね、誰にも許してないんだから。あんただけなんだから」
 俺はゆっくりと薄い布団の上に寝かせてやった。
「うつると申し訳ないからね、のぶくん、悪いけど、帰って」
 鼻の頭の汗を舌ですくい取ってから、ゆっくりと体を起し、台所でありあわせのコップに水を入れ、響子が買ってきた氷のかけらを二つ落とすと、枕もとに戻って
「あした、来てやるから。治しとけよ」
と言った。
 横向きにこっくりとうなずいたのを見て、俺は帰ることにした。ドアを閉め、鍵をかけようとしているときに、響子が何か言った。再びドアを開けると、
「やさしくしてあげんのよ、痛がるからね」
と聞こえた。俺は苦笑しながら顔を引っ込め、外から鍵を掛けた。響子も俺自身に鍵を掛けたいのだろうと思った。『束縛』という漢語が頭の中を往来した。



 ばっちっこ  続く


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Last updated  2009.11.28 21:43:50
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