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2024.02.24
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読レポ第1995号

カール・ロジャーズ

~カウセリングの原点~

著:諸富祥彦
発行:㈱KADOKWA

第5章 ロジャーズのカウセリング/心理療法
 深い、ほんものの傾聴

 最初にロジャーズのアプローチの本質をどのようにとらえているかを説明する。ロジャーズの概念の説明は、その後でおこなう。そのほうが、このアプローチの本質を端的に伝えることができるように思うからである。
 「優れたロジャーズ派のカウンセラーがおこなっているカウセリング」の「本質」。それは、一言で言えば、「より深い、ほんものの傾聴」である。言わば「ディープ・オーセンティック・リスニング」。これが、このアプローチの本質である。

 「深い、ほんものの傾聴」とは、ロジャーズが、「クライアントが、自己と経験の、内側の最も深いところを探究していく、その同行者となること(Being a companion to the client in the client’s search for the innermost aspects of seli and experience)」(Rogers & Russll,2002)と言っている、そんな仕方でクライアントの内面世界に深く入っていく傾聴である。ロジャーズは言う。

 セラピストの役割は、クライアントが、自己と経験の、内側の最も深いところを探究していく、その同行者となることであると私は考えています。誰かが共にいてくれると、それまで否定していた問題に向かい合うことができやすくなるのです。「暗闇に向かって歩いている感じんがしています」とあるクライアントが言いました。「誰か、同行者がそばにいてくれると、一人でいるのに比べて、とても楽になれるんです」

 いいセラピストは、クライアントとしっかりそこにいることができます(the good therapist is with the client)―ある時は少し前を、ある時は少し後を、でも先に行きすぎたり遅れすぎずに。だからクライアントは「私とちゃんと一緒にいてくれるですね。私が今どこにいるか。わかってくれているんですね。この瞬間に感じている恐怖を理解してくれんですね。今この瞬間に気づいたことをわかってくれるですね」―そう感じるのです。

 この在り方は、とても安全です。セラピストの役割は、安心感があり、理解してくれる、同行者でいてくれる、そうした真実の関係(a saie, understanding, companionable relation-ship which is real)を提供することにあります。セラピストは見せかけで行動しません。セラピストはクライアントとともに、体験のただ中にいるのです。(Rogers & Russll,2002)

 ロジャーズの言う「受容、共感、一致」は、あくまでこのこの「深い、ほんものの傾聴」「クライアントが自己の最深部を訪ねてゆく同行者になること」という在り方が体現できている時、セラピスト自身がそこで体現されている自らの在り方を見つめ時、ある側面から見ればそれは
「受容」に見え、ある側面から見ればそれは「共感」に見え、ある側面から見ればそれは「一致」に見える、ということである。それら3つを足し合わせれば「ほんものの傾聴」を体現できる、というわけではない順序は逆で「受容、共感、一致」は、ロジャーズが「深い、ほんものの傾聴」をセラピストとして体現できている時、その自らの在り方を三つの異なる角度から表現したものである

 では、「深いほんものの傾聴」とは、何か。それは他学派、たとえば認知行動療法のセラピストが、「私たちも温かくていいねに傾聴していますよ」と言う時の傾聴とは、何が違うのか。ロジャーズのアプローチの傾聴と、他のアプローチの傾聴は何が違うのか

 私は、それはまず「意識のモードの違い」である、と思う。

と著者は述べています(私の捉え方の要約と割愛)。


ロジャーズは、 「深い、ほんものの傾聴」とは、、「クライアントが、自己と経験の、内側の最も深いところを探究していく、その同行者となること」と言っています。
 クライアントが同行者がいる誰かが共にいてくれると、それまで否定していた問題に向かい合うことができやすくなり、暗闇に向かって歩いている感じんがしていますが、セラピストなどの同行者がそばにいてくれると、一人でいるのに比べて、とても楽になり、自分(クライアント)の内側の恐怖を乗り越えて最も深いところを探究していきます。
 その恐怖を乗り越えるためにセラピストが安心感あたえる同行者になるのですとロジャーズは言っているのに私は理解します。
 ただしセラピストとは、ある時は少し前を、ある時は少し後を、でも先に行きすぎたり遅れすぎずに同行者になることで、クライアントがセラピストとに依存しないようにすることもロジャーズは、過去の経験から言っているのと思います。
 ただし、他学派の傾聴とは違い、ロジャーズの「深い、ほんものの傾聴」を「意識のモードの違い」とこの著者は言っています。
 私もクライントに同行者に(寄り添ながら)なって、クライントが自ら自分の内側の最も深いところを探究する援助することだと思います。

 それには、ロジャーズの言っているようにクライアントに安心感をあたえることが必要だと私も思います。14年の話し合いのファシリテーターの経験からも、人は安心感があると、自分の内側のモノが見えてきて、勇気がでて、表現していきます。ファシリテーターもセラピストとも同じような気がします。
 良いセラピストとの傾聴は、「意識のモードの違い」とロジャーズが言っていますが、話し合いのファシリテーターも「意識のモード」で良いファシリテーターになると思います。
 話し合いのファシリテーターも参加者が何を言いたいかを傾聴しながら、参加者の安心感を作っていくのが使命なのです。

 そのためにも話し合いのファシリテーターも「良い傾聴」のスキルが必要だと思います。

 どんな、人でも「良い傾聴」ができて行けば、社会も争いや対立も減少してくると思います。

 すべての学校教育にも「ほんものの傾聴」が学べる授業があればいいなと思う。

 





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Last updated  2024.02.24 21:52:02
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