その旅館は会津田島駅から少し歩いたところにありました。
私が訪れた時はハロウィン仕様だったお勘定場のカエルたち、
きっと今ごろはクリスマス仕様に衣替え。
国の登録有形文化財に指定されている昭和9年創業の「和泉屋旅館」、
戦後は進駐軍指定旅館だった時期もあったそうです。
"うさぎの森で南会津の地酒(国権、会津、花泉、開当男山)飲み放題"
(正式名称は「夜なべトーク C.W.二コル氏を囲む」)から宿に戻ると
柱時計の音だけが響くしーんと静かな宿のしーんと静かな部屋のちゃぶ台の上で
あったかいお手紙が待っていてくれました。
こちらが"お部屋で美味しい朝ごはん"。
菊の花と青菜のおひたしの向こうは鮭粕煮。
玄関に立ち見上げると、
素晴らしい意匠が目に入ります。
日本家屋のこの部分「木鼻」でしたっけ。
のびのび雲に松。
数軒お隣りは南会津の銘酒「国権酒造」。
珍しいなぁと買ってきた国権酒造のにごり酒はとうに空っぽ。
ガラス瓶の青い色とラベルがいい感じで捨てがたく、
窓辺に置いて眺めています。
和泉屋旅館の裏手へ回ってみました。
紫式部の実かなぁ。
裏木戸枠にしなだれて巻き付くのはスイカズラだろうか。
この実は、
この実は食べられないのかな。
ましてこの黄色い実は、ジャムになりそうだよ。
鬼瓦だと思われますが、
丸っこいアンパンマンに登場しそうな風貌のせいで、
あまり、ほとんど、まったく怖さを感じません。
増築を繰り返した建物の中は階段が点在し迷路のようです。
朝、出発前に女将さんに案内してもらってひと回り。
増築前からある建物2階の左手にずらりと並んだ部屋には
疎開の子供たちを受け入れたこともあったそうで、
当時を懐かしみ泊まりに来る方もおられるとか。
昔のまま保存されている応接室。
「鐵道省指定旅舘」の看板もきっと当時のまま。
「進駐軍指定」ということで、
用水路をまたいでの増築が許可されたそうです。
会津藩最後の藩主松平容保の六男
松平恒雄氏(初代参議院議長・秩父宮勢津子妃の実父)も
度々滞在されたそうで、端正な書が残されていました。
和のような洋のような、こちらの窓も当時のまま。
単にすりガラスというだけでなく窓枠の細工も凝っています。
女将さんの話によると、
「うちにも同じようなのを作ってほしい」と
この職人さんを連れて行った方がいたものの、
間もなく「出来上がりまで日にちがかかりすぎる」と帰されたとか。
和泉屋旅館のご先祖さまは粋なお方だったようで、
「何日かかってもいいから好きなように作ってくれ」と
職人さんを信じて任せたから、
職人さんも当時としては斬新で試験的な試みも含め
思う存分仕事ができたのではないか、というお話に納得。
和泉屋旅館
福島県南会津郡南会津町田島字上町甲4047
(会津鉄道会津田島駅より徒歩5分)