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カテゴリ:暮らし・健康・医療
![]() なぜなら、「脳」や「結婚」「人生」「幸福」「死」等、 私が、最近読んでいる本のテーマが、この一冊に凝縮されており、 しかも、「なるほど!」と、腑に落ちるところが、とても多かったから。 最初は、「自分探し」なんていうタイトルがついてるので、 ちょっと軽めの本だろうと、全く構えることなく読み始めた。 ところが、文体そのものは軽妙で、スラスラ読み進めることが出来るのに、 内容はというと、相当に深~い哲学書だった(さすが1万年堂出版!)。 *** あなたが求めてやまない「ほんわか気分」に、ほぼ確実になれる道は、 結婚して家庭を持つことです。(中略) 私たちの肉体は、結婚すれば(少なくとも4年くらいは) 幸せになるようにできているのです。(p.18) スタート早々、会心の一撃。 この「ほんわか気分」をもたらすのが、脳内のセロトニン。 愛が芽生えると、脳の中の覚醒剤PEAの働きで、 性交して子供を生むのに十分な期間、恋人同士が引かれ合います。 その情熱が冷めたころには、脳内麻薬エンドルフィンによって夫は妻に強く愛着し、 家庭にとどまって妻子を守ります。(p.35) ところが、4年経つと変化が起こる。 なぜなら、子孫を増やすという観点からすれば、 子が離乳したら、パートナーを変えるほうが、より多様な子孫を残すのに有利だから。 かくして、愛は4年で終わり、離婚するカップルも出てくることに。 男性にとって「気持ちよいこと」は、 「生き延びて、精子を拡散するのに役立つこと」になっています。 ひたすら精子をばらまくよう、絶えず男を駆り立てる刹那的ご褒美が「快感」なのです。(p.83) 精子、遺伝子に操られ続け、一生を過ごすのが、男という生き物のさだめらしい。 「きれいな人と一緒になりたい」「気持ちいいことがしたい」「おいしい物が食べたい」 と誘惑されて、欲を満たそうと努力すればするほど、 子孫を残すのにはプラスになりますが、肝心な「私」は幸せにはなれません。(p.92) そして、ここから先の展開には、思わず、どんどん引きこまれていった。 歩く時も走る時も、大事なのは目的地です。 目的が悪かったり無意味であれば、それに向かって努力すること自体が、 価値のないものになってしまうからです。(中略) 「すべての人が手段だけを考えて目的を考えないのは、なげかわしいことだ」と パスカルは愁えます。 人間はいろいろなことを考えていますが、 いちばん大事なことは考えていないのではないでしょうか。(p.98) 思い当たるところが多すぎて、思わず、読み進める視線の動きが緊急停止してしまった。 そして、次の箇所が、私が、本著の中で最も感銘を受けた部分。 死を前にしたら何の価値もなくなってしまうものは、 最初から意味のないものだったのです。(p.154) これには、とてつもなく大きな衝撃を受けた。 何かスゴ過ぎて、最初は、言葉にならないほどだった。 日々、拘っていることや、眠れないほどに悩んでいたことが、 実は、ほんとうにちっぽけで、大したことじゃないと実感できた。 人生のたそがれに夢から覚めた時、何が大事で、何が大事でなかったのか、ハッキリします。 それでは遅きに失するから、 パスカルは「あと1週間の生命しかない者のように行動しよう」と警告したのです。(p.155) 本当に、今まで、大事なことは、全然考えていなかったんだなぁと思う。 そして、最後の決め手は、次の部分。 ソクラテスの重大な発見は、「私自身」と「私の体」とを区別したことです。 魂(=本当の私)が、体の主人です。肉体は洋服。 本当の私にとって体は付属品に過ぎません。(p.187) この下りは、本当によく分かる。 というのも、私自身も、そんな風に、ずっと考え続けていたから。 つまり肉体は、「マジンガーZ」や「モビルスーツ」「バルキリー」のようなもので、 それを操っている兜甲児やアムロ・レイ、一条輝が、本当の私自身という感覚。 与えられた機体の能力(知能や身体能力)を駆使しながら、操縦しているという感覚。 さて、ソクラテスが論じたように「私の体」と「私」が違うとすれば、 「私の体」が死んだからといって、「私」も死ぬとはいえなくなります。(p.205) 本当の「私」とは、実体がないものなのか? 本当の「私」とは、どんな存在なのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.04.11 23:25:50
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