いざこざの外

旦那は緊張しているというのか、戸惑っているというのか
慣れない事をするのに、少し難儀そうという感じでした。
考えてみれば、当然の話しではあります。
法廷での証言という状態だけで、充分に大変な事態だと言うのに
その上、傍聴席は全て人で埋められているのですから
図らずも大勢の人の前で、話しをしなくてはならないのです。
緊張しない方が、おかしいかもしれません。それでも旦那は顔をまっすぐ
裁判官に向けて、言葉をゆっくりと選びながら途切れ途切れに意見陳述を
始めます。以下は２００２年１２月号「創」の中で書かれていたものを
旦那の口調に直したものです。

「この本がわいせつか否かを争っていると認識しています。
共謀があったかどうかの調べも進んでいると認識しています。
社長・編集長、自分がいなかったら本は出せなかったでしょう。
３人のうち誰かが欠ければ本が出せなかった事を考えれば共謀と言えるの
かもしれません。自分は編集長、プロに「消し」や出版を任せていれば
大丈夫だろうと思っていたので、びっくりしました。
インターネットにはああいう海外のサイトがあるから、通信業者が閲覧可能
にしていることになります。その論法でいけば通信業者も罪に問われるの
ではないでしょうか。形態が違うというなら、法律自体に穴があるのでは
ないでしょうか。そんなことを収監されながら考えました」

読んでお分かりだと思いますが、単語を補わないと分り辛い内容です。
概要を言えば摘発された「密室」という単行本を出版されるにあたって
社長・編集長・作家である自分がいたから、単行本が出版出来たと認識は
しているので、そういう意味では猥褻図画頒布の共謀と言えるのかもしれ
ないが、局部の消しについての判断は、編集のプロに任せていれば大丈夫
だろうと思っていたのに、逮捕されて驚いている。それにネットでは無修正
の海外のエロサイトがあって誰でも閲覧可能なのに、漫画と違うからという
理由で通信業者が何の罪にも問われないのは、変だと思う。
そういう事でした。

時間にして、５分もしない内に終わってしまいます。
それでも拘留中に、旦那は色々と考えていたのだと良く分りました。
裁判官もとつとつと言葉を紡ぐ旦那に対して、身を乗り出すようにして
話しを聞いてくれていた様な気がします。難しい美術論も無いし、自分の
強い主張も無い、実に淡々とした意見陳述です。
でも、だからこそ「どうしてこんな事になったのか分らない」という
戸惑いは十二分に伝わっていたのではないか。妻の贔屓目かもしれませんが
そう思いました。ある意味で、実に旦那らしい意見陳述です。

旦那は軽く一礼をして、席に戻ります。
お疲れさま。私は思わず、声に出して言ってしまいました。
そして見ている自分も、ひどく疲れていました。