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2017/06/29
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カテゴリ:徒然日記
2017年6月20日 母が永眠しました---------。





末期の十二指腸ガンでした。

最初は余命4か月と宣告を受けたのですが、告知からたった1か月で、あっという間に旅立って逝ってしまった母。


それでも本当に最後まで母らしい生き様でした。



葬儀からもろもろの手続きに追われたこの1週間。

体はまだなんとか踏ん張ってますが、少しだけ時間がたって、それでも家の中の太陽のようだった存在の母がいない現実は、にわかには受け入れがたく、未だに心の整理が出来ません。

思い出すたびに涙があふれてきてしまい、淋しさが募ります。

今はまだ家に帰るのが怖い。
母がいないという事実が寂しくて、悲しくて、つらいです。



いつかは誰もが経験する出来事なんですが、今までこんな近しい人を失った経験がなく、以前祖母を見送っても、やはりどこかで他人事のような感覚でした。

でも、家を出なかった私にとって、ずっと生まれた時から一緒だった母を失うという事は、精神的なダメージがあまりに大きくて、なかなか立ち直れない状況で・・・。


流れる現実時間は誰もが同じのはずなのに、感覚のズレというか、ここ数日はまるで別次元で生きてる印象でした。

心に穴が空くってこういうことを言うんだと、身をもって体験しました。



母より歳をとってるお客さんを見て、もう母はこんな風に外に行けないんだとか、近くのスーパーに行くと、一緒に買い物に来たのはまだ1か月前の話だとか、色々思い出してしまい、ふいに襲ってくる悲しみに涙を堪えた日々でした。


あまりに濃密で、まさに1分1秒が戦いだったこの1か月間という遺された時間は、私たち家族にはとても大切でかけがえのない時間でした。


くしくも母が逝ってから2日後、小林麻央さんも旅立たれました。
私にとっては他人事に思えなかった。

自宅療養を選ばれた麻央さん。
私の母は最後の最期まで自宅で頑張って、自ら入院を希望しました。

それはひとえに私と父を気遣ってなんだろうと、今ならそう思えます。

生前ずっと「誰にも迷惑をかけずに死にたい」と口にしていた母は、きっぱり延命治療はいらないと断言していました。

私も同感で、チューブに繋がれて、生かされているだけなら、楽にしてほしいとよく話していました。

その希望を自ら叶えるために入院を選んだんだと思います。



緩和ケア。

麻央さんの件でもよく出てきた単語でした。

最期に何を選ぶか?


その選択は人ぞれぞれで、残された時間を家族と共にあることを選んだことも正しいし、その逆もしかり。

緩和ケアっていうのは患者さんの負担を少しでも減らしてあげる為のものなので、治療ではないんですよね。

だから母は痛みを少しでも和らげて、寝られるようにという事が目標の入院でした。


「家に帰ってくるんやで」

あくまで一時入院。
そう思って言い含めるように念押しして送り出した5日後。

本当に眠るように静かに家族に見守られて母は逝きました。


あまりに早すぎる展開で、何が起こったのか、未だこれは嘘なんじゃないかと思ってしまいます。

誰に聞いても早すぎると。



だって、1か月前まで普通に食べてて、大好きな孫の保育園のお迎えに、自分で車を運転して行ってたんですから。

病気の事は出来るだけ隠しておきたかった母の願いもあって、ご近所の方にもほとんど知らせていなかったので、酷く驚かれました。




今年に入ってから「背中が痛い」と言い出した母。

よくコケる人だったし、孫を抱いて痛めたんではないのかと、最初は気にしなかった。

今思えばこれがサインだった。


約3年前、兄夫婦に15年目にして出来た待望の息子。

母は本当に喜んで、滅茶苦茶可愛がってました。

それを期に介護ヘルパーの仕事を辞めて、孫と自分の趣味、そして民生委員の役員の仕事、ふれあいセンターなどでのボランティアの活動に励んだ晩年。

自分の事を後回しにして、常に人のために走り回っていたような人でした。
我が家で一番忙しい人でした。

何せ家にいない。
大きな声でしゃべって、笑って、父とよくケンカして、その愚痴を私に言ってきて・・・。

それでもすべての家事をこなし、家はいつもきれいで、掃除が趣味といえる人でした。

それにずっと甘え続けてきた私は本当に何もできない甘ちゃんでした。


母がいなくなってから感じるその存在の凄さ。
まさに身をもって体験してる今です。

母は偉大とはよく言ったもんです。


糖尿病を持っていたので、定期検診がある母。

最初はその数値が上がっていたので、そのせいの痛みではないかという話だったのですが、夜中寝られないくらいのあまりの痛みに耐えられなくなり、これはおかしいという事で、渋る母を強引に病院に連れて行った所、レントゲンで肺に白い線が見えました。


最初は肺ガンと聞いたのですが、それはもう転移していたものらしく、根源は違う所にあるという事。

検査入院でそれが判明したのが5月24日


その頃にはもう食が細くなっていた母。


ガン宣告。

ガンは誰もがなる可能性を持った病気です。
でも、宣告に実感がなくて。

次の日、それを店の子に話して「大丈夫?」って聞かれて、ようやく「あぁ、母はガンなんだ」と実感し、店でぼろぼろ泣いてしまいました。


そんな現実から逃げたかったのか。
ひとまず落ち着いて自分の中でまずこの現実を消化させたかったのか。
受け入れなければならない現実にぐちゃぐちゃだった気持ち。

先の見えない不安の中、母に「見捨てて行くんか」といわれながら、泣きながら「そうじゃない」と言って出かけた遠征のうたプリライブ。

まったく違う世界を見せてもらい、少しだけ現実逃避。
でも、それで逆に自分の「欲」に区切りが付けられた感じでした。

これからは自分の事より母を優先しようと。



5月末の1週間はがんセンターに回され、更に精密検査に追われ、毎日病院通い。

母の場合、一般病院では届かない十二指腸まで届く特殊カメラでの検査が求められ、それはガンセンターでしかないものだそうで、検査につぐ検査で、結果的にこの検査で母の弱っていた身体に余計にダメージが与えられた形になってしまいました。

それだけステージ的にも末期だったんだろうと思います。


担当の先生は次々とプランを考えてくださっていたんですが・・・。


目に見えて少なくなっていく食事の量。

最初は食べられていたおかゆと数品のおかず。
それがおかゆだけになり、うどんになり、最後はコーヒーゼリーだけ食べられるだけになりました。

あっという間に痩せていく身体。
どんどん小さくなるその姿が切なくて・・・。

母が「なんで食べられへんのやろう。情けない」と涙を流した姿が忘れられません。

絶対泣かない人だっただけに、これは本当に見てて辛かった。


義姉が本当に親身になって微妙な味をつけて料理やゼリーを作ってきてくれて、料理からきしな私にはとてもありがたかった。

弟の奥さんも病気を聞いてすぐにいろんなものを送って手配してくれたり、本当に嫁に愛されていた母。





そして、ガンセンターで5月29日に告げられたのは「十二指腸ガン」

既に肺と肝臓にも転移が見られ、余命4か月という過酷な通告でした。



更に、十二指腸ガンというのは稀なガンで、明確な治療方法がまだ確立されていない難易度が高いものだったこと。
母には既に抗がん剤治療を受けるだけの体力も残されていませんでした。


そこで一度体力を戻そうという事で、かかりつけの救急病院に戻ったんですが、思えば母は介護ヘルパーをしていたわけで。

そういう人をたくさん見てきた分、自分が今どんな状態か、誰より理解していたんでしょう。


痛み止めの薬を飲みだして、どんどん曖昧になっていく時間と曜日。

毎日今日は何日で、何曜日で、何時にこの薬を飲むんだと言い聞かせて家を出てました。
幸いうちには父がいてくれたので私は仕事に行けたんですが、薬の管理は私が一任され、いつの間にか母と私の立場が入れ替わってました。


仕事から帰ってくると、「やっとうちの看護師さんが帰ってきた。あんたの顔見たらホッとするわ」と言ってくれた母。

今まで頼られる事が少なかった私には最大の賛辞でした。
それだけで、出来る事はしてやろうと思えました。

夏までは時間があるんだからと言い聞かせて。



でも、6月に入ったら毎日が一喜一憂。

体調が日替わりで、今日よくても次の日は嘔吐してしまったりの繰り返しで、どんどん弱っていくのに、何もできない自分が歯がゆくて・・・。


正直、毎晩母が寝てくれるとホッと一息つけた感じでした。
私も疲れていたのだと思います。

酷く嘔吐した母を見て、すぐに担当医に電話をかけた所、遺された時間は少ないと言われてしまい、電話口で押し殺すように涙を流した6月1日

母はそんな私を見てすべてを理解したようでした。


だからこそ、母の前では涙を見せないように頑張ろう。
そう決意を固めました。

その代わり、仕事中にふいに襲ってくる悲しみと、母がいなくなる恐怖に涙が止まらず、しばらく情緒不安定が続きました。



つらいのは母のほう。
頑張って痛みと戦っているのだし、私たちに大丈夫だと言い続けてくれた。

でも、どこかで諦めていた母。

最初は孫のためにも頑張ると言っていたのですが、その気持ちも徐々に痛みに消されていき、生きる目標が見えなくなってしまったようで・・・。

気持ちが病気に負けていた。




自分は長くない。

それを悟ってからの母の行動は早かった。

「あんたらに迷惑はかけへん」

その言葉通り、お金の計算はしっかり済まされており、全部ここに大事なものは入ってるからと渡された鞄。

生前はそれを開ける事はしなかったけれど、それを葬儀前に兄と開封した所、経理をやっていた母らしい、しっかりまとめられた一覧が入ってました。

我母ながら本当に最後までしっかりしていったなぁと感心でした。





6月2週目

嘔吐する回数が増え、何も食べていないので、空嘔吐を繰り返す。
相当つらいものだったろう。

担当の先生は、母が個人的にお付き合いのあった病院の先生。

先生の自宅にお手伝いさんのようにして数年通っていたので、母には顔なじみの先生で、最期はこの先生にお任せすると希望してたから、これも願い通りだったのか・・・。


その母の診断書を見て担当の先生は「もっと何かできなかったか」と涙してくださいました。

普通では考えられない医者の涙。
これには母も私たちももらい泣きさせられてしまいました。

ただ、最後までよろしくお願いしますとしか言えなかった。




6月9日
自宅療養を選んだ母は訪問看護を受ける事に。

看護師の方が先生との仲介に入ってくださって、色々患者さんと家族と話をして薬などのケアをしてくださるというもので、初日は誰が患者さん?って位元気に看護師さんたちを出迎え、家の中を自分で案内した母。

あまりの元気な姿に驚いた。


でも、それはやっぱり見栄だったんだろう。
お昼からはしんどそうに寝ているだけしかできなかった。

しかもその夜、お知り合いの方の旦那さんが脳卒中で亡くなったという連絡が入ってきたのだ。

折しも2日ほど前に所用でその奥さんに電話した際、旦那さんに取り次ぎをお願いしたという母。

2日前に話をした方が突然亡くなるという出来事に直面してしまい、不謹慎ながら「ええ死に方なさったな」と羨ましそうに言ったのだ。


あぁ、自分もそう逝きたいのか。
そう感じさせられた衝撃的な出来事だった。


その日、差し入れとお見舞いにやってきてくれた義姉に「こんなに痛いならもうええやろ」と泣き縋った母。

義姉は「そんな事言わんと」と気落ちする母を励ましてくれたけれど、私だけはもう頑張らなくてもいいかなぁと思い始めていた。

だって、本当につらそうだったし、母が頑張ってるの分かってたから。



誰も「頑張って」というけど、当事者にはそれは「これ以上どれだけ頑張ればいいんや?」って話。

苦しい痛み。
先の見えない闘病生活。


母は今まで大きな病気をした経験がないから、それを跳ね返すだけの気力もなかった。


それでも今出来る事をと、ようやくこの時薬を飲むのにお薬ゼリーを使えばいいという事を教えてもらい、すぐさま買いに行って飲ませる事に。

すると母もこれは気に入ったようで、薬が格段に飲みやすくなったよう。


新しい1歩だ。
なんかこんなささいな事が凄く嬉しかった。


何か出来る事があるというだけで、救いがあった。



でも・・・6月13日
ついに自分から入院したいと言い出した母。

夜また嘔吐したようで、朝から何もたべたくないと言ってぐったりしていた。

この週は、容体が悪化した母を見舞いに、親戚や友人たちが日替わりで来てくれることになっていた。

だから、その見舞いが済んでから考えようという事で、ひとまず次の訪問介護の際に話をすることに。


13日は母の幼馴染みの方が来られて、じっくり話をして帰られたよう。
私はこの日は仕事でいなかった。

後から聞いた話で、この時、帰り際、母がわざわざ窓から手を振ってくれたそうで、その姿が忘れられないと涙しておられました。


14日は父方の親戚が見舞いに来訪。


母は朝から何も食べない。
水分も量が減っていた。

薬も受け付けなくなっていた。
痛みが麻痺してきていたのかもしれない。


その夜。
もう1週間以上風呂に入っていなかった母。

綺麗好きな母だからこそ、はっきり言ってやらねばと、臭いから風呂へ入ろうと説き伏せた。

渋々受け入れてくれた母に対し、体を拭いて着替えをさせ、頭を洗ってやることに。


風呂の代わりに、洗面台で髪を洗う事にした。

椅子を二つ並べて長椅子のようにした所に母を座らせ、クッションを敷き詰め、美容院のように洗面台に髪を垂らして洗ってあげた。

こんな経験初めてで、勿論大変だったんだけど、楽しかったんだ。
母のために出来る事がある事が嬉しかった。

さっぱりした姿を見てドライヤーかけてあげて・・・こっちが嬉しくなった。

介護って大変なんだと改めて実感するも、今は何かしてあげたいばっかで・・・。


それから母には無理をお願いして、そのままずっと心配してくれていた埼玉にいる弟嫁の方にテレビ電話に出てもらうことに。

嫁と仲良しの母。
少しだけだけど会話が出来て、姿が見れてなんかお互いほっとできたなぁと。


・・・まさかそれが最後の電話になるなんて、思ってもみなかったけれど・・・。




6月15日

この日は色々人寄りするので私は休みをもらっていた。

朝早く母のお姉さんとその家族が見舞いに岐阜から来てくれた。

おばさんも来週胃がんの手術を控えた身だったけど、無理をして来てくれたのだ。

母の顔が見たい。
その一心で。

でも、この日はもう起き上がる気力すらなかった母。

ずっと危ないから1階で寝てくれと言い続けたけど、リハビリを兼ねて、絶対に2階で寝ると言い張った母。
これだけは最期まで譲ってくれなかった。

ベッドに横たわったまま話をしたおばさんたち。


そして、その後やってきた看護師さんに自ら入院したいと言った母。

すぐに手続きをしてくださって、お昼には入院出来るとのこと。

バタバタと入院準備をして病院に向かって・・・。


これで少しは痛みも取れて点滴で栄養が採れるのではないかと思っていた自分の考えは甘かった。

既に弱り切っていた母の体に栄養を入れる事は、かえって栄養を消化しきれず嘔吐を引き起こす原因になるかもしれないという話だったのだ。

これが現実。

でも、ずっと本人が気にしていた便が入院した直後にたくさん出たよう。
それがかなりすっきり出来たようでよかった。

薬のせいでどうしても便秘にはなると言われていたので、これで一安心。




6月16日

翌日から始まった朝夕の病院通い。
少しでも顔が見たかったし、安心させたかったし、家にいるような感覚でいてほしかった。

父もなんだかんだと言いながら私よりマメに病院へ通ってくれていた。

普段は口喧嘩ばっかしてるけど、やはり夫婦なんだなと思った。
そして、母のために何をしたらいいのかわからないんだろうなと。

気遣いが出来ない人だから、言わないと気づけない。

でも、母が音がうるさいと言ったら辞めてくれたピアノ。
今までなにがあろうと自分のやりたいことを優先してきた父なりの行動。

思う所がないわけがないんだ。

この日、突然ガリガリくんが食べたいと言い出した母。
今までそんなもの食べた事ないくせに、氷のような冷たいものが欲しいと言った。

朝一、ガリガリくんを近くのコンビニで買って、差し入れに行った。

数口だけ食べられたので、残りはまた夜にと、ペットボトルホルダーに保冷剤を入れて持ち運びすることに。


・・・・未だにその時食べきれなかったガリガリくんがそのまま冷凍庫に残ってる。

なんか食べる事も処分することもできずにいる。

冷蔵庫内、至る所に「母のため」に買ったものがまだ残ってる。
なかなか踏ん切りがつかない。

気持ちがね・・・。


この日、日中は友人と一緒に気晴らしにカフェヘ。

でも、母が入院してちょっとほっとしたのか、その夜私は37度5分の熱を出してしまった。
幸い薬を飲んですぐに熱は下がったので、母には言わないでおいた。




6月17日

弟が単身埼玉からお見舞いに駆け付けた。

いつもなら熱烈歓迎の母。
でも、今回は病室で出迎え。


弟には母が痩せたよと、あまりよくないと伝えてあったけど、やはり現実会って見ると思った以上の弱り具合で驚いたよう。

それでもようやく弟と会えた事で、母はほっとしたのだろう。
これで会いたい人には会えたと思ったのか・・・。


久しぶりに家族全員がそろった。




6月18日

昼、弟が母と握手を交わして埼玉へ戻って行った。


この頃になるともう時間感覚がなくなってきていたよう。
今何時だと言ったら驚いていた。


その夜は、冷たいものが食べたいと言い出した母。
薬のせいで喉が渇くのだろう。

そこで義姉が薄味のコーヒーシャーベットを作ってきてくれた。

すると、5、6杯くらいそれを自分で口に入れて食べたのだ!!

栄養が足りてないので、手がおぼつかない感じなのだけど、それでも久しぶりに自分から食べたいという姿勢を見せてくれたことが何よりうれしかった。

皆が母のその姿を見て喜んだ。

まだこんなに食べられるんだ。
これは薬が効いてきたからだと、安心していた。




6月19日(月)

この日は私の誕生日。
カードやプレゼントいただいて思い出した。

でも、母には何も言わなかった。
本当はおめでとうと言ってもらいたかったけれど・・・。


休みだから今日は母の世話に時間かけようと思ったけど、月のもののおかげで体調不良。
でもそんな事言ってられないので、薬飲んで昼頃病院へ。


まずは身体を拭いてあげようとした所、看護師さんが手伝ってくださって、温かいタオルを用意してくださり、体を起こす事から始めた。

トイレへ行く回数が減ったとのこと。
下はかなりキツイ匂いになっていた。

でも「立てる?」と聞いたら頷いて、自力で体を起こしてなんとか立ってくれたのだ。

おかげで温かいタオルで体を隅まで拭けたし、着替えさせることもできた。

でもそれが限界。
気分が悪くなったと言ってまた眠ってしまった。


着替えさせた母の体は、自慢の大きな胸が小さくなって、足はすっかり細くなってしまっていた。

また痩せた。

やるせない気持ちが募る。



そして夕方来た時は、こちらの声には一瞬目を開けて反応するのだが、返事はなく、またすぐに眠ってしまうという状態だった。

私はそれを薬が効いてるからなのだろうと思った。

異変を感じたのは父の方だった。
あれはおかしいと、看護師に確認を取ったのだが、反応ありますよとのことで、やはり薬が効いてるからだとの返事が。

栄養入ってないのでは?
どうにも腑に落ちない感じを抱えて家に戻った父。





そして運命の6月20日(火)

朝8時ごろ、担当の先生から治療についての説明の電話がかかってきた。

その電話で、今はもう母の体に栄養は入れていないと聞かされた。
痛みを取る事を優先した結果だというのだ。

嘔吐も繰り返しており、ようやく17土あたりに、夜寝られるようになったという話。

分かりましたと切った電話。


仕方がない部分はある。

あくまで優先されるは、日常生活を送れるための痛みの緩和だからだ。
栄養はその次のステップ。


そう考えていた矢先。

後1分で仕事に出るという時間。
先ほどの先生の電話から10分後の8時15分ごろ。

看護師さんから1本の電話が入った。

母が昨晩から39度の熱を出して、今も38度あるというのだ。
脈も取れなくなってきているので、家族に来ていただきたいという事だった。

今までドラマや創作の世界でしか見たことがなかった『危篤の知らせ』

にわかに信じられない現実。

とりあえず冷静に義姉に電話を掛けたつもりだったけど、突然涙があふれて病院に来てというのが精一杯だった。

気遣ってくれた義姉が迎えに行くからと言ってくれたので、それに甘える事にした。
ちゃんと運転できるか、自信はなかったから。








ここまで書いて、ちょっと体調不良発動してしまったので、続きは近日中。

自分がいつまでも覚えていたいことだから、忘れてはいけない大切な思い出だから。
ちゃんと最後まで書き上げる。


誰も皆多かれ少なかれ、同じ経験してるんですよね。

前向きに、まずは日常を取り戻すことを優先するためにも、この思いをどこかに全部吐き出さねば・・・という思いです。




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最終更新日  2017/07/14 12:35:24 PM
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