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2006.06.21
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『理知の回廊から旅立った一人の女性火山学者の精神の冒険』


 帯のキャッチフレーズには、そんな一文が記されている。






普遍的で 永遠に「変えられない」世界を 
外から眺めて一喜一憂するのではなく

自分が体験し、行動し、実感を得たものこそが
本当に『変わらない世界』である、ということに

主人公である女性学者は 徐々に気がついてゆく。






浅間山を通した、彼女の「精神の冒険」。







迷い、おそれ、不安、嘆き・・・

それらの中で 人が悩み、もがきながら感じ取る
己の身体の疲労感、血液の流れ、鼓動、理想、夢 ・・・







本当に大事なことは システムや理屈ではない。

もっと別の、深いところにある

理屈も 理性も 不安も おそれも越えたもの。






 それらを全部、 包み込むもの。












-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-






 ── … そして、わたしという人間は、
    そういう人間の本質、物語の目を通してしか自然を見ようとしない臆病さ、
    外の世界に背を向け、物語で構築した砦の中に入って
    互いの肌を暖めあっているだけの人間のふがいなさを、
    なぜか腹立たしく思っているのです。    






-------




「悩みが多い。
 悩むのは結構だが、時には判断に迷うあまり人の考えが聞きたくなる。
 聞いたからといって、それを信用する気にはなれない。
 つまり、悩みというのはつくづく勝手なもので、
 人の意見を聞くとなると、誰の意見を聞くかがまた悩みの元となる。
 わしはな、易(えき)というのは
 そういう悩みの無限循環から生まれたんではないかと思っておるのだよ」

「循環を絶つためにですか?」

「絶つか。そうかもしれん。
 だが、むしろ、悩みの循環をその輪の中にしっかりと閉じこめて、
 そのままぎりぎりと縮めて、一点に押し込める。
 そういうものではないかと思う」


 そう言って、老人は両手の指で輪を作り、それを押し縮めるしぐさをして見せた。


  ・・・(中略)・・・



「どんな問題にせよ、いきなり易を立てるということはしない。
 (中略)
 関わりを持つものがそれぞれの立場で考え、論議を重ね、
 すべての可能性の筋を読み、迷う。
 そして最後の最後に、その熟慮の果てに、
 人間として考えを絞りに絞ったあげくに、
 二つに一つを選んで悔いのないために、易が立てられる。
 筮竹(ぜいちく)を絶対に信ずるという覚悟が全員にないかぎり易は立てられない。
 人間の言うことではどうしても疑いが混じる。
 だから、人の心の入らない筮竹というものに頼る。
 易とはそういうものだった」


神崎老人はそこで目の前に置かれた茶碗を取って、ずずずと冷めたお茶を飲んだ。


「人の悩みと思い詰めがないところに易はない。
 しかし、これはわしの考えだが
 どうも今の人間は昔ほど思い詰めるということをしなくなったようだ。
 ここにいう昔というのは、殷(いん)や周のことだから、とんでもない昔だが、
 まあそれはそれとして、必死の思いの果てに易に頼るという姿勢がない。
 わしはそれが気に入らん。
 だから、株だの商売だの、
 はては縁談だの進学だのという相談で易を立ててやるのは辞めたのだ。
 考えを尽くしておくべき相手がわしのところに来た時に
 まだふらふらしているようでは、とても易は立たん。違うかな?」


「わかります」と小声で言う。


「わしは身の上相談はやらない。
 ふらふらする気持ちを問いただして、
 ぎりぎりの本心まで詰めさせてやってから易を立てる
 なんとう親切心は持ち合わせておらん。

 (中略)

 しかし、その一方で、筮竹というものはなかなかおもしろいものでな。
 軽く問えば軽く答える。
 そういうこともできるのだ。

 もう真剣な易の時代ではない。
 そういう時代ははるか昔に去ってしまった。
 わしは宮廷に仕えることなく、こうして薬屋をやっておる。
 わしがやっているのは、いわば遊びとしての易だよ。
 一人で意を凝らして、いわば一人芝居として相手のない易を立てると、
 一応それなりの結果が出る。
 信用してはならん。
 それだけの覚悟がないのだから、信用すれば火傷する。
 欲を出してはいかん。そういうものさ」






-------




「 …さっきも言ったが、あんたたち科学者はだな、
 世界というものが最初からあって、
 自分たちはそれを外から調べるものだと思っている。
 それが観測とか実験とかいうことではないか?
 昔々のことだが、わしは薬学部というところで一通り勉強させてもらった。
 そこで聞いたかぎり、科学とはおおよそそういうものだった」


「そうだと思います」と頼子は小さな声で言った。


「しかし、世の中には、
 あんたの動きにつれて世界が現れるという考えかたもある。
 あんたの見ている世界とわしが見ている世界はまるで違うかもしれん。
 あんたにとって大事なのはあんたに見える世界だ。

 他人が見ている世界と共通するものだけを見てはいかん。
 少なくともそれだけではいかん」



-------



              ~ 池澤夏樹 『真昼のプリニウス』より ~

 
















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最終更新日  2006.06.21 21:50:06
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