出版社には、毎日いろいろな電話が掛かってくるのですが、その中で一番多いのは、やはり本の在庫についての問い合わせだと思います。その多くは書店や取次からのものですが、もちろん、個人の方からも掛かってきます。
書店さんとのよくあるやり取りとしては、
「○○の本、在庫ありますか?」
「すいません、その本は品切れ中なんです。」
「再版の予定はありますか?」
「いえ、いまのところ未定です。」
「わかりました。ありがとうございました。」
といった感じに、 かなりスピーディーに会話もやり取りされるのですが、 個人の方との場合には、 たまに、こんなやり取りがあったりもします。
「○○の本はありますか?」
「申し訳ございません。その本は、現在、品切れとなっております。」
「絶版ですか・・・。」
「いえ、絶版ではなくて、品切れ中でございます。」
「違いがよくわからないんだけど・・・」
一般の方が、品切れと絶版を同じ意味にとられるのは仕方ないと思います。実は私も、出版社に入社して1年目くらいまでは、その意味の違いがわかっていませんでした。 出版社にとっての品切れと絶版の違いは、品切れは、いまは在庫がない状態だけども、今後の注文の状況によっては増刷することもあり得るということ、一方、絶版は、もう増刷はしないということ (出版権を譲渡することも拒ばないの意も含む) 、ということになるかと思います。そのため、品切れの本 (長年にわたって品切れの本は絶版と言えるのではないか、というツッコミもできるのですが) を 「この本は絶版です」 と迂闊に答えてしまうと (特に同じ業界の方に)、それは “その本は版権を放棄しています” の意にとられてしまうことにもなるのです。
私のいる出版社では、新人の編集者は積極的に電話に出るというのが大切な仕事の一つでもあって、私は入社してから1年間、とにかく毎日電話の受け答えを繰り返していたのですが、当時、まだ品切れと絶版の区別がよくわかっていなかった私は、ある時、いま品切れとなっている本に対する個人の方からの在庫の問い合わせに、「その本は絶版となっております」 と、何も考えずに答えてしまったことがありました。電話を終えた後で上司に、 「迂闊に絶版という表現を使ってはいけないよ」 と、指導されたのをいまでも覚えています。正直言ってそのときは、なぜいけないのかがよくわからなかったのですが、それからしばらくして、その意味を身をもって知ることになったのです。
この電話があってからしばらくして、「数日前に問い合わせをした○○出版の△△と申しますが (この方は最初の電話のときは社名を言わなかったので、私は個人の方からの問い合わせだと思っていたのです) 、そちらから以前に出ていた○○の本は絶版だとお聞きしました。ついては、その版権を私どもに譲渡して頂けないかどうか、お伺いしたいのですが・・・」 といった内容の電話がかかってきたのです。 電話の内容が当時の私の知識レベルではもう手に負えないものになってしまったこともあって、上司に代わってもらい、相手方に納得して頂いて事なきを得たことがありました。
読者の方にはほとんど同じ意味にとられているであろう “品切れと絶版” なのですが、出版社の立場からすると、それは “似て非なるもの” であって、この点が読者に少なからず混乱を与える結果になっているのかもしれません。