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2019.07.23
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 柳居子の生まれ育った町内は、祇園祭後祭りの区域。三条通りを南・北観音山の曳山に挟まれた山を粛々と東行する様を 母の実家の二階の窓から見るのが習いだった。二十四日の巡行が、先の祭り十七日と合同で執行される様になって、御池通りを通る様になって、祭りの様子も随分変わってきた様に思う。最近は観光客に見せるパレードの様な感じすらする。

 自分たちの祭りという意識が滅したのは、室町や鉾町の旧家 旦那さんと呼ばれる人たち 鉾町エリアの人々が主役と言う感覚か 結構な費用が掛かる祭りに対して、直接の負担が無い事も祭りに対する思い込みに多少影響するのかも知れない。

京都の町の事を説明する多くの書籍には、其々の町内は どこかの山鉾の寄町だった事を載せている。町衆の祭りと言われる由縁の最たるもの。寄町となった山鉾に毎年 米とか労役 又傷んだ箇所の修理役とかで、要するに毎年の巡行の手助けをするという 祭りへの参加意識が今よりは格段強かったのだろう。寄町制度は明治期に廃止された様だが、姿形を変えてでも、この制度を復活しては如何かと思う。巡行を見ていても知り人 近所の人にも出逢わない これって祭りなの?と 考えてしまうのだ。因みに柳居子の店の所在町内は、黒主山の寄町である。

 黒主山と言えば、親しい友人が、この山の町内に古くから店が有り 山の巡行に大きな役割を果たしてきたのだが、ある年四条通り東行して、河原町へ向き戻り囃子になる寸前 巡行に奉仕するもの横に並ばせて 八坂神社遥拝を行おうとした時、警備の警官に 制止された 『前例のない事勝手な事するな』という達しである。上司の命か個人的な判断かは判らない。警護を担う警察の基本的な立場は、事故なく早く終えたいこの一事かと思う。
 御池通りに山鉾が整列した様は圧巻だったが、今は我先とは言わないが、少しでも早く出発の町内に戻ろうとする。大路を長時間通行止めにする事は影響も大きい。巡行列の最後尾が午前中に必ずどこそこを通過する様にと云うような取り決めとか指導が有るとか聞いた事がある。遥拝を止められた友人は、祇園祭への情熱が一気に醒めてしまったと言う。

 御池通りを西行するコースを採った最初の年、其れまでは四条寺町を南下 松原通りを帰還するコースから寺町北行の巡行が始まった年 丁度テレビ放送の勃興期 柳居子の店は、その当時既にテレビが有った。山鉾巡行の様子がリアルタイムで放映される筈だった。テレビカメラや放映機器は今よりは余程大仕掛け 御池堺町に在った福田病院の屋上にテレビカメラが設置された。
決められた放送開始時間になっても、肝心の山鉾が全く姿を見せない。初めての北行で、寺町通りは少し歪に曲がった辻も有り 巡行のスピードが例年より大きく手間取ったのだろう 囃しの音も無い巡行中継 アナウンサーが言い訳とかお詫びを必死に喋っていたが、放映時間が終り頃にようやく先頭長刀鉾が見えてきた。望遠レンズが装着出来たか如何かは判らない。時間設定と 中継場所選びの読み違い。テレビ草莽期の放送事故として有名だったが今其れを知る人は少ない。

 応仁の乱では、鉾町の多くが灰塵に帰したが、架蔵の本に乱前に在ったとされる山・鉾の名を記したのが有る。青物鉾・弓矢鉾・那須與一山・泉小次郎山・柳の六尺山・柴かり山・竜門の滝山・・・・・・・本当にそんな名前の山鉾が有ったのか 疑問視するような名前の鉾山の名前が伝わっている。

応仁の乱以降の大災は、元治元年の禁門の変でも多くの鉾町が焼亡した。直ぐに再興の話しが出た時 確か北観音山だったと思うが、当時天下に名高い三井越後屋の京都の本店がこの町内に在り 曳山の何処か目立つ場所に三井の井桁の紋を入れさせて貰えたら曳山一基寄進するという話しが出たという。町の年寄(幹事役)は。言下に『三井はん そんなエー恰好せんかて宜しい』と其の申し出を即刻却下 三井の手を借りず曳山の復興を程なく成し遂げたという。

 大勢の人が関わる祭りには色々なストーリーが有る。千百五十年続いているという。






Last updated  2019.07.23 10:04:15
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