大野和士の真骨頂 ベンジャミン「リトゥン・オン・スキン」日本初演
新国立劇場のそして都響の監督として、大活躍の大野和士さん。今年はとくに大野さんの、日本での「オペラの年」です。これまでヨーロッパが長かったので、実は、とくに21世紀に入ってから、大野さんが指揮するオペラは、あまり日本ではやっていませんでした。大きな公演は、大野さんが指揮者をつとめている劇場(モネやリヨン)の来日公演とか、新国の「トリスタン」くらいだったのではないでしょうか。 けれど新国立劇場の監督になられた今年は、これまでに大野さんの指揮するオペラ、それも大きな作品を3本観ることができました。新国立劇場の「紫苑物語」、7月の文化会館(新国立劇場と共同制作)の「トゥーランドット」、そして今夜の、ジョージ・ベンジャミン「リトゥン・オン・スキン」です。いずれも、大野さんがプロデュースもしている。そう、プロデューサーとしての能力も非常に高い方です。ヨーロッパで長く活躍していることが大いにありますが、「今」の音楽界の動向をキャッチし、「今だからこそできる」的な公演をプロデュースできる。長く活躍している、だけでは説明できない「センス」を持っている指揮者だと思うのです。日本人指揮者では、他にちょっといないのではないでしょうか。世界でも、そう大勢いるとは思えません。 今夜、サントリーホールで日本初演された、イギリスの作曲家ジョージ・ベンジャミンの「リトゥン・オン・スキン」(セミステージ形式)は、まさに大野和士の真骨頂、と呼びたくなる舞台でした。 2012年にエクサンプロヴァンス音楽祭で初演された「リトゥン・オン・スキン」は、21世紀オペラの名作との呼び声が高い作品だそうです。中世のフランスを舞台に、専横的な領主=プロテクターと呼ばれます、とその妻、そして領主に頼まれて装飾写本をつくる少年との三角関係を描いた悲劇。14歳で嫁ぎ、プロテクターに支配されていた妻アニエスは、少年を誘惑して関係を持ち、女に目覚める。2人の関係を知ったプロテクターは少年を殺し、その心臓を妻に食べさせる。妻はそれを自分の心のように貪り、自害する。。。。 あらすじはドロドロしているようですがシンプルで、音楽が透徹しているのでそれほどエグさは感じない。冒頭をはじめ、時々現代と中世を行き来する構成でもあります。登場人物は全部で5名ですが、おのおの、自分の行動の「語り」もする。それも含めて、テクストがとても素敵です。劇作家のマーティン・クリンプというひとのテクストだそうですが、詩的で含蓄に富んでいます。 音楽がまた素晴らしい。緻密で、同時に透明感があり、時に弦楽器の波に抱かれるように各パートの音色が浮かび上がります。大野さんが解説動画で「トリスタン」のようだとおっしゃってましたが、物語も音楽も、ベンジャミンが影響を受けたという「ペレアスとメリザンド」の色合いを強く感じました。歳のいった専横的な夫と若い妻、その恋人の若い男、そして小悪魔的なヒロインのキャラクターも共通している。プロテクターが少年を殺すシーンは、オーケストラが荒れ狂う間奏曲。バス・ヴィオラダガンバ、マンドリン、グラスハーモニカといった楽器の音色が、中世らしい趣を添えていました。 舞台美術(というか、「演出」といっていいと思う)は、イギリスを中心に活躍している針生康さん。オーケストラの後方に白い舞台を設けて演出的な空間とし、ダンサーや映像を活用します。ダンサーは心理表現、映像フランスの古い町や自然、古い館の部屋をイメージした空間などを背景に交えて、リアルで美しい。主役3人は通常のコンサート形式のようにオーケストラの前で歌っていましたが、衣裳は中世をイメージしたもののようでした。 音楽的水準もきわめて高いもの。プロテクター役のシュレーダーの、憎々しい荒々しさ、傲岸さ、妻アニエス役のエルマークの、透き通った豊麗な美声と美しいフレージング、デュナーミクの多彩さ。少年/天使役の藤木大地の、現実離れした、いかにもこの世とあの世をつなぐような美声。マリア&ヨハネ役の小林由佳さんと村上公太さんも健闘し、穴のないキャスティングでしした。 そして、すべてを統括する大野さんの指揮のみごとだったこと。知的に縫い上げられ、ところどころ官能が漂う、こんな作品は彼にぴったりです。初演ものを多くてがけてきただけあって、余裕すら感じられました。「紫苑物語」も面白かったですが、作品じたいは、これに比べるとバランスを欠く、ということがよくわかりました。やはり、21世紀の名作といわれるだけのことはあります。ほんとうによくできていて、美しく整って、無駄がないのです。全体で90分くらいの作品ですが、あっという間でした。 見そびれた方、公演は明日もあります。コスパ抜群!です。