カテゴリ:音楽
「オペラ史上初の「泣けるオペラ」
「椿姫(ラ・トラヴィアータ)」のキャッチを、そうつけることがしばしばあります。拙著「ヴェルディ」(平凡社新書)には全オペラ作品の簡単な解説がありますが、そこでもこの作品にこのキャッチをつけました。 そう書くと、いやいや、と反発される方も多いでしょう。「ノルマ」で泣ける方もいるだろうし、「フィデリオ」で泣けると言った方もいました。いや、ヘンデルでだって泣けるかもしれません。「私を泣かせてください」のアリアの美しさに涙するかもしれない。私だって、例えば「フィガロの結婚」の赦しのシーンでは涙することがよくあります。 けれど、あえて「椿姫」にこのキャッチをつけるのは、それまでのオペラにくらべて、やはりドラマと音楽の一体化が半端ではないからです。「リゴレット」もそうですが、「リゴレット」は劇的振幅が激しい分、泣く余裕?がないかもしれない。やはり「椿姫」は泣けます。いや 、ヴェルディは決して泣かせようと思っているわけではないと思うのですが(プッチーニとちがって)、ドラマがそうできているのですから。 そう、ドラマ。9日に聴くことができたサントリーホールのホールオペラ「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」は、やはりこの作品こそ「オペラ史上初の泣けるオペラ」だ、と確信させてくれた名演でした。 最大の功労者は、指揮のニコラ・ルイゾッティです。1961年イタリア生まれの生粋のオペラ指揮者。日本では、2010年前後、東響の首席客演指揮者をつとめたり(現在のノット、その前のスダーンの前ですね)、サントリーホールのホールオペラで、モーツァルト=ダポンテ三部作をフォルテピアノを弾いて指揮したりとひと頃随分活躍し、好感度満点のルックスもあって「ルイ様」などと呼ばれてずいぶん人気がありました。久しぶりの来日、得意のイタリアオペラで、期待はしていましたが(オケはかつての仲間の東響)。 最初の音から違いました。。あ、イタリアの音だ!と思った。艶やかで滑らかで輝きがあって絹のようで、最初から歌っている。オケがずっと歌っている。 もちろんそれだけでは、「泣ける」オペラにはなりません。ルイゾッティの指揮が傑出していたのは、全ての音がドラマを語っていたことです。それこそが、ヴェルディの意図していたことであり、この作品が「泣けるオペラ」である所以なのです。 「椿姫」のスコアはシンプルといえばシンプルです。だから、誰でも振れる、みたいに考える人もいなくもない。でも、ただ楽譜通りに振っただけでは、ルイゾッティのように雄弁にはならないのです。もちろん楽譜を丁寧に追うだけでも形にはなるでしょう。音符はシンプルとはいえ、実はデュナーミクはとても細かいし、スラーやスタッカートの指示も同様です。けれど、それだけでは十分ではない。思い切りも必要。例えば1小節ごとにデュナーミクが変わっているような部分では、思いきり!変えなければならないし、これは楽譜にはないことですが、場面によっては大胆にテンポを揺らす(ルバートをかける)ことも「あり」なのです(それは今回、ルイゾッティが証明してくれました)。ただそれもこれも、ドラマを読み、音楽に投影されているそれを再現することが大前提なのですが。 ルイゾッティの指揮が優れていたのは、それを完璧にやり遂げていたことです。ヴィオレッタの涙も、ジェルモンの老獪さも、アルフレードの直情も、全て理解して、許される範囲の「手入れ」をして、一つ一つの音を丁寧に丁寧に鳴らし、楽譜を雄弁にしていたのです。 泣きました。第二幕の後半。第三幕の恋人たちの再会以降。心に突き刺さるヴィオレッタの愛。天地よこの愛を見届けろ。そんな気分でした。そして何より、本当に音色が美しい。東響もジョナサン・ノットの時とは別のオーケストラのような滑らかな音色。オケもうまいのです。 「目を瞑って音に集中する」誘惑に勝てないことが何度かありました。オペラでは久方ぶりの体験です。 歌手たちも揃っていました。 いちばんは、主役ヴィオレッタを歌ったズザンナ・マルコヴァ。柔らかな澄んだ声で、繊細な表現力があり、コロラトゥーラが細やかで水晶のように美しい。弱音が抜群!「椿姫」は弱音勝負のオペラですから、大事です。なんとイタリア人指揮者で、2年前の二期会公演で「椿姫」を指揮したサグリパンティの奥様だとか。ソプラノだということは知っていましたが、これほどの名手だったのですね。上背も高く、顔立ちも整って見栄えがします。各国からヴィオレッタ役のオファーがあるとのことですが、納得でした。 アルフレード役フランチェスコ・デムーロ。お馴染みのイタリアンテノール。パリをはじめ大劇場でこの役を数え切れないほど歌っているベテランです。明るく甘い声、所々泣きが入るのは好みが分かれますが、安心して聴けます。 ジェルモン役アルトゥール・ルチンスキー。2017年新国立劇場「ルチア」エンリーコ役でブレイク。この人も高い技術を持ったうまい歌い手です。ブレスが長い!レガートが綺麗。声もよく通り、堂々のジェルモンでした。 田口道子さんの演出は、オーケストラの後方に舞台を設け、P席も階段舞台として使用。特に1幕や二幕2場のパーティのシーンでは、この階段舞台が大変効果的でした。セットは最小限でしたが、衣装も美しく、見応えのある舞台に仕上がっていました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
October 11, 2021 03:42:44 PM
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