加藤浩子の　La bella vita（美しき人生）

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• クリスマスケーキ

  　今日はクリスマス。なのにお仕事関係の調べ物に追われ、大学の図書館にも行ってしまった。地味だなあ・・・　帰りがけ、大学の最寄の駅にあるデパートに買物に入ったら、クリスマスケーキの投売りをしていた。　デパートに入ったときは１０パーセント引きだったのに、３０分くらいして出入口近くに戻ってきたら、「今から20パーセント引きです！」と、サンタ衣装のお姉さんが大声をあげていた。まさに投売り。　で、思い出しました。　うんと昔、そう、私が大学生くらいのときだから、？？年前。「クリスマスケーキ」というジョーク？があった。　そのココロは？若い女性と解く。なぜなら、２３までは徐々に売れ、24で大いに売れ、２５では投売り！　いまどきこんなこと言ったらひんしゅくだし、古臭くきこえてしまうけれど、その頃はけっこう笑う一方でうなずかれていた気がする。　このジョークに対する思わぬ反応に驚いたのは、大学時代に語学留学していたドイツでのこと。　語学学校で、ディベートの時間にこのジョークを紹介した。「日本では、若い女性のことを「クリスマスケーキ＝Ｗｅｉｈｎａｃｈｔｓｋｕｃｈｅｎ　て言うんです。なぜならね・・・」　教室にいた一同は、爆笑。一応、通じたらしい。　だが、一瞬あって、　「それ、本当？本当だったら、日本てひどい国ね！」　ひとりのアメリカ人女性に、真顔で言われてしまったのである。　あわてて打ち消したけれど、１００パーセントない、とは言い切れないなあ、とひそかに思ったのも事実だった。　今ではそのジョークは、影も形も？ないけれど。やっぱり時が経ったのだ。日本はそういう面では「いい国」になったのかな？　20数年前のあの反応、「イタリアントマト」のクリスマスケーキの投売りの前で、なつかしく思い出したのでした。

  December 25, 2006

• 時間はいのち

  　クリスマスイブ、快晴。本当は街中で遊ぶのが筋？なのだろうが、朝から気功に行く。　毎週土曜日の夜、あるスポーツクラブで開かれている気功のクラスに参加するようになって、もう７，８年は経つだろうか。その先生の本拠地は実は湘南で、日曜日の午前中に本格的なクラスがある。でも遠いし、朝早いし、そこまではめったに足を運ばない。　けれど今年はこれが最後なので、不精したい気持ちを押さえて、そして年内に済ませるべき仕事も抱えているのだが、仕事するにもパワーが必要！とか何とかわけのわからない？理屈をつくって、出かけることにした。　田園都市線の長津田から、東海道線の平塚まで、乗り換え2回、列車に乗っている時間は1時間くらいだが、自宅も会場の体育館も駅から遠いので、ドアツードアだとけっこうかかる。　「駅前探検隊」で列車の時間を調べて、2度目の乗り換えの藤沢まで順調に到着。東海道線が出るまであと数分・・・　と、乗り換えの通路を急ぐ途中で、キケンな？看板を見た。　イギリスパブ風のカウンターだけの小さな店なのだが、　「モーニングセット　３９０円　コーヒー　トースト　卵」　見たとたん、「コーヒー飲みたい！」信号が頭のなかで点滅してしまったのである。　　栄養学の先生には怒られそうだが、私は朝ごはんは食べたり食べなかったり、かなりいい加減だ。夜たくさん食べたり、遅く食べることもあるので、空腹でなければパスしたり、軽くする。（健康法によっては、朝食抜きを推薦していますよね）　けれど悪い癖があり、外に出る、つまり環境の違うところに行くと、そこで目についた店に入ってみたくなるのだ。そして空腹でなくても食べてしまったりするのである。　ああ、でもここでこの店に寄ったら、遅刻してしまうではないか・・・　数秒間、頭のなかで綱引き。　でも、「飲みたい！」そして「この店に入ってみたい！」コールに逆らえなかった。情けなや。　で、結局、１０分近く遅刻して、こっそり足音を殺して会場に入っていった。　この日曜日の午前中のコースでは、先生の「お話」がある。気功といっても単に体だけの問題ではないので、結構深い話が聞けていつも楽しみなのだが、今回はまるで私の行動を見透かされているよう？な話題も出てしまった。　「時間は命。だから、ひととの約束に遅れるということは、相手の命を粗末にしていることなのです」　あちゃー・・・　もちろんこの先生が、私の態度をとがめてわざとそういう話題を出したわけではない。そのような方ではないから。たまたま、そのような話題を準備していただけなのだろう。　けれど、このようにシンクロしてしまうと、やはりこれは気をつけなさい、ということなのだろうな、と感じる。そこが「気」の世界の面白いところだなあ、とも。　　感心している場合じゃない。ちょうど年も変わることだし、来年こそ誘惑に負けない？ココロにならねば・・・

  December 24, 2006

• 女優さんの手

  　数日前、何人かのマスコミ関係の女性たちと食事をする機会があった。　テレビ局に勤めている友人が声をかけてくれた席だったのだが、ひとり混じっていた女優さんが、高木美保さんだった。　最近はあまり女優さんのお仕事をしていないが、たぶんメジャーデビュー作だった映画「Ｗの悲劇」で高木さんを見て、何てきれいな女優さんだろう、と思った記憶があった。ヒロインの薬師丸ひろ子の敵役だったのだけれど、端正な美貌では高木さんの方が断然光っていた。　　そのご本人、やっぱりきれい（当たり前ですね）。何よりきゃしゃ！うっかりしたら折れそうな？細さである。テレビに出るからにはあれくらいでなければだめなんだろうな。　ところで、高木さんといえば、最近は田舎（那須高原）で、畑を作っていることでも有名だ。ちなみにご本人は女優さんには近頃あまり興味がないようで、「タレント・エッセイスト」として活動しているらしい。エッセイで畑のことを書いているのを読んだことがある。　　で、気になるのは、テレビに出るようなお仕事のひとが、畑をやって手が焼けたり荒れたりしないのかな、ということ。そっと見ると、すごくきれいな白い手をしている。　「畑仕事の時は、手はどうするんですか？」　思わず、聞いてしまいました。　「手袋2枚重ねます」　なるほど、そうだったんですね。　　それにしても、古い表現だけれど白魚のよう、といいたくなる手。ひょっとして、誰か見るに見かねて？手伝っていたりして・・・？？？（高木さん、ごめんなさい

  December 23, 2006

• イタリアの歌劇場が日本に押し寄せる理由

  　ここ２、３年、イタリアから来日する劇場が多い。　初来日や、東京公演は初めてというケースも少なくない。来年もこの傾向は続きそうだ。1月のドニゼッティに始まり、スポレート、マッシモ・・・現地のメジャーな劇場から、ドニゼッティやスポレートなどフェスティバルの期間だけ稼動するところまで。　背景にはどうやら、イタリアの劇場の厳しい財政事情もからんでいるようである。　今年の9月に来日してトラブル続きだったローマ歌劇場も、そのあたりの事情が来日を後押ししたのだろう。主催者がクラシックの興行に慣れていなかったのが、一番のネックだったと思う。　ところで、今週号の「週刊新潮」に、あるイタリア在住の日本人指揮者の記事が載っていた。　ローマ歌劇場をめぐる色々なトラブルにからみ、名前がささやかれていたひとである。「週刊新潮」の記事では、そのことはぼかして書いてあるだけだったが。（「朝日」たたきをしたい新潮としては、朝日の責任だという主張は撤回したくないのかも・・・）　記事の内容は、イタリアのある歌劇場のポストに「就任した」と主張しているが、本当はそうではない、というもの。当該劇場に確認したというから、その通りなのだろう。　指揮者氏は、「日本公演をやるからポストに就けて」と劇場をくどいたらしい。同じ方法で他の劇場にも声をかけていたという。　イタリアの劇場にとっては、来日公演はとても嬉しい話なので、劇場側もつい耳を傾けてしまった部分もあったらしい。　イタリアの劇場は、前政権（ベルルスコーニ政権）の時に、文化予算が大幅にカットされてしまったせいで、どこも財政難に見舞われているのだ。確実に収益が見込める日本公演は、魅力的なのである。　旧聞で恐縮だが、今年の10月にトリノで、シーズンオープニングの「トゥーランドット」を観て、ドイツ語圏のようなシンプルな舞台に驚いたのだが、それも本当のところは、補助金がカットされた劇場の窮状を訴えるべく、わざわざ劇場側が「非演出」を企てた、ということを、後で知った。（客席のほうがよほど華やいでいた）　それくらい大変なのである。　イタリアでは、オペラはいつか滅びると豪語する政治家もいるらしいし、オペラから若者が離れていると言われて久しい。けれど、オペラはやはりイタリアの文化の象徴。ふだんは劇場に縁のない庶民？だって、スカラ座で何か起こっているらしいときけば耳をそばだてる。海外公演を成功させるためにも、イタリアの政界は今一度オペラに目を向けて欲しい。政権も代わったことだし。。。　プロディ首相、どうぞよろしく！

  December 22, 2006

• スカラ座　アラーニャ・スキャンダル　その４　ブーイングはローマ帝国以来の伝統？

  　何度も書いてきたアラーニャのスカラ座降板騒ぎ、今週号の「週刊新潮」にも記事が出ていた。　「新潮」の記事の分析では、事前に彼が「スカラ座で歌うことは闘牛場に放り込まれること」と発言したことに、観客が反発したのではないか、という。　その発言は知らないのでなんともいえないが、「歌手のほうが指揮者より上」発言を含め、観客と関係者の機嫌を損ねる部分があったのではないだろうか。　　「Ｌａ　ｒｅｐｐｕｂｕｌｉｃａ」では、この件に関する追跡記事を何回も載せているが、アラーニャ夫人のゲオルギューは、この新聞からの電話インタビューで、「私も夫もブーイングされたことはない」と言っていた。免疫？がなかったのかも。　また同紙には、これまで「途中退場」した歌手の例もあがっていたが、それによるとパヴァロッティはメトでブーイングされて途中退場し、マリア・カラスはローマでのガラ・コンサートで理由なく途中退場してしまったそう。スカラ座の例は載っていなかった。　知り合いのイタリア人いわく、　「イタリア人はブラボーかブー。中間はないんだよ。　ローマ帝国以来の伝統だからね」　ローマ帝国以来？何で？ときいたら、　「そもそも闘技場でのスペクタクルで、興奮していたんだから。　劇場のような出し物に興奮するのは、イタリア人の特徴なんだ」　なるほど、納得しました。アラーニャが「闘牛場みたい」と言ったのも、さもありなん。　まあ、いまさら言わなくてもよかったのかも知れないけれど。

  December 21, 2006

• 公私混同

  　以前から部分的に報道されていたことだが、石原東京都知事の「都政の私物化」が、ここに来てかなり詳しく指摘されている。豪華な出張は前も問題になっていたが、アーティストの四男を公費で出張させたことも明らかになった。　このことを批判された石原氏の返事がふるっていて、　「余人をもって代えがたい」のだという。ギャラなしで引き受けたりしていた部分も含めてのことらしいのだけれど、少なくとも身内に対して使う言葉ではないのではないか。作家だったら、もっと言葉に敏感であるべきだろう。　報道を見ていてちょっと驚いたのは、ある週刊誌が、某評論家の「立場上身内は遠ざけるのが当然」という発言を、「辛口」と紹介していたことだ。　そうだろうか？辛口どころか当然の感覚ではないだろうか。　これは手前味噌でお恥ずかしいのだが、私のだんなも役人だが、同じことを言っている。「遠ざけるのが筋」、それが公人というものだ、と。　どうもこのような感覚が、日本には薄い気がする。　私は個人的に、彼の数々の高飛車な発言に共感できないし、また政策面では（こちらの仕事に近い範囲で）たとえば文化政策にしても、石原慎太郎氏の政策が本当に都民のためになっているとは思わない（高値の外来オペラをひとつ増やしたような「東京のオペラの森」なる催しが、都民にオペラを観やすくしているとはとうてい言いがたい）。　ただ、このごろつくづく思うのは、政治家も含めて世の中で活躍したり、人気のあるひとたちには、ある種の人懐こさ、人間的な魅力が備わっているのだろうなあ、ということである。石原氏には、きっと近づく人を魅了してしまう何かがあるのだろう。石原氏がこれまであまり批判されなかったのは、「彼ならまあ仕方ない」といった空気が味方していたのではないだろうか。　そしてその空気は、石原氏個人の魅力だけではなく、この種のことをそれほど問題とは思わない日本の風土からもかもし出されているのかもしれない。

  December 20, 2006

• ほんとはまじめな？イタリア人

  　昨日、都内某所で開かれた会合で、オペラ研究家のある先生とご一緒した。　企業にお勤めのときにイタリアに赴任となり、現地の大学で、生涯の伴侶（イタリアの貴族令嬢）にめぐりあった方である。　イタリアで鍛えられただけあって？話題が豊富、色んな話が出て楽しかったが、思わずそうかも！と膝を叩いてしまったのが、「（いい加減と思われているが）実はイタリア人はまじめ」というご意見だった。とくに、異性関係について。　　話は、「まじめ」という言葉の定義から始まった。　「先生曰く、「日本では『まじめ』という言葉は、仕事を真面目にやる、という意味で使われている」　これは納得。そう、ほんとに日本人はよく働くからね。「給料は同じくらいで、仕事時間は倍」といわれて思わずうなずく。　けれど、だから「真面目」というのはどうだろうか、と言われれば、そうだよねえ、と思う。仕事量が少ないからといって、不真面目だ、ということにはならない。　さらに、「恋愛にしても、イタリア人は実はまじめなんだ」という説が飛び出した。　先生は日本の大学でも長年教えていたが、「日本の女子学生だと、２、3人並行してつきあうのは当たり前でしょ。イタリアはそうじゃない」　けっこう、ひとりと決めたら（少なくとも建前は）、一対一が当たり前、という感覚だ、という。　加えて、「つい何十年前まで、婚前交渉はだめだったわけだから」（だから、外国人女性に声をかけるのだそうだ・・・・？？？）　カトリックの国だから、厳格にやればそういうことになる。だから『椿姫」(古い話だが）が問題のオペラだったわけで。処女でなければ「お嫁にいけな」かった。　もちろん近年は、この限りではないけれど。　　残念ながら？体験不足で実際のところまでは分からないし、イタリア系の知人もほんの数人しかいないけれど、脇から見ている限りでは、イタリア人は日本で考えられているより純情なような気がする。（もちろんそうじゃないひともいるようだが）。恋人にしょっ中電話をかけるのも、こちらから見ればしんどいが、それだけつながっていたい気持ちが強いといえば強いのかもしれない。恋愛に対して、真剣だなあと思うのである。（これも「真面目」ってことじゃないか？）恋人の浮気にしても、日本人のほうが寛容なんじゃないだろうか。　そういえば、（直接関係があるかどうかはわからないが）イタリアではラブホテルのたぐいを見かけない。（先生も「ない」と言っていた。フランスにはあるそうだ。ドイツでも、少なくとも高速沿いにはなかったな）。日本のほうがその気になればずっと簡単にアフェアできる環境にあるのではないだろうか。ただ声のかけ方？が違うだけかも。　ところで先生、本を書くならそういう話のほうが面白いかも。（奥様が嫁入り道具に持ってきた銀器の話とか、想像を絶する体験談がいっぱい！）ヴェルディの本より、売れると思います・・・

  December 19, 2006

• スカラ座　アラーニャ・スキャンダル　その３　「歌手の時代」の終焉　

  　何度も取り上げて恐縮だが、アラーニャの降板劇に関する記事などを見ていると、「歌手の時代」は終わったんだなあ、と改めて思う。　今回、自ら降板して以降の公演を、スカラ座側からキャンセルされたアラーニャは、それを不服として、「（同じように降板したりした）マリア・カラスのような歌手もいたじゃないか」という趣旨の発言もしていた。　それはちょっと違うんじゃないの、というのが、記事をくれた（オペラ通ではないふつうの）イタリア人の反応だった。たぶんイタリアではそのような反応が多いのではないだろうか。　今、カラスやデル・モナコのような大歌手は存在しない。それはかなり認識されていると思う。私は残念ながらモナコを生で聴いたことはないが、半世紀オペラを聴いているようなオペラファンからも、あるいはこのあいだご一緒した成田博之さんのような若手の現役歌手からも、「デル・モナコを（とくに「オテロ」）きいて（生にしろ録音にしろ）オペラにめざめた」という声をきく。　私がナマできいた範囲で一番印象に残っている歌手は、コッソット。最近どういうわけか日本によく来て歌っているが、あの全盛期を聴いた人間としては落差が激しすぎて悲しい。もうやめて欲しいと思うのだが・・・　今、現役の歌手で歴史に名を残しそうな大歌手といえるのは、たとえばテノールならフローレスくらいではないだろうか。　スカラ座の天井桟敷の観客のなかには、「歌手の時代」を覚えているひともまだまだいるだろう。彼らのうるささは有名である。あのムーティも天井桟敷には手を焼いて、公演によっては締め出していたときく。　そんなファンのなかには、アラーニャの発言を「筋違い」と感じている人も、いるかもしれない。　一方、「歌手の時代」の弊害として、歌手があまりにも偉くなってしまったことはまずかったという意見も、きいたことがある。　　どちらの筋から見ても、アラーニャの行動と発言は引っかかるものがあった可能性がある。記事をくれたイタリア人は、アラーニャの言い分は「子供みたい」だと言っていた。ブーイングをしたほうも子供っぽいといえば子供っぽいが、おそらくイタリアではこれがイタリア式、スカラ座式として認知されているのではないだろうか。

  December 18, 2006

• スカラ座　アラーニャ・スキャンダル　その２　陰謀説？

  　ご承知の方も多いと思うが（当たり前ですね）、アラーニャのスカラ座降板劇について、ネットはかなり賑わっている。　遅まきながらいくつか意見を読み、アップされている動画も何種類か見た。　ネット上では「アラーニャが気の毒」という意見が多いようだ。「スカラ座の陰謀」という意見もかなり出ている。動画を見ると、ブーイングは相当激しく、また歌い終わってからワンテンポ置いて起こっているので、歌に対してというよりアラーニャに対してのブーイングである可能性も否定はできないだろう。　歌自体は、ネット上で言われているように、それほど悪くない。特別いいとも思わないけれど、アラーニャにしてみれば標準くらいではないだろうか。　スカラ座がアラーニャを陥れようとしている、という陰謀説もあり、これはどうかな、ちょっと首を傾げたくなったけれど。　「わざと」のブーイングは、ありうることだと思う。　アラーニャは以前から、スカラ座に対してかなり辛口の発言をしていた。また、私の見た「Ｌａ　ｒｅｐｐｕｂｌｉｃａ」紙上のインタビューでは、歌手の優位を強調していた。ムーティにも異論があったようだが（ムーティは演奏家の立場からは異論が多い指揮者のようではある）、アラーニャが求めているのは、歌手を引き立ててくれる指揮者、歌いやすい指揮者のようだった。　アラーニャは今回、「（指揮者の）シャイーはなぜ音楽を止めなかったのか」と発言している。　このような発言は、歌手が上、指揮者が下、とみなしていると取られても、仕方ないのではないだろうか。　私は個人的には、やはりシャイーは音楽を止めなくて正解だったと思う。そのせいで、代役が着替える暇がなかったとしても・・・。彼が音楽を止めなかったことに対して、スカラ座側と組んで「陰謀」を謀った、とぃうような意見があったが、そこまでは考えにくい。　アラーニャがしんどかっただろう、というのは分かるけれど、やっぱり途中放棄はよくない。第一幕の終わりまでは歌うべきだったと思う。フレーニやバスティアニーニのような大歌手もスカラ座でブーイングの洗礼を受けているが、幕の途中で放棄したりはしなかったはずである。　前回も書いたことの繰り返しになるけれど、私自身、スカラ座のブーイングの嵐を目撃している。今回のアラーニャは動画でしか見ていないから正確には比較できないが、あの時はもっとひどかった。けれど、そのために歌手が途中で出て行くということは想像もつかなかった。当然歌手も、最後までがんばっていたのである。　　　　

  December 17, 2006

• アラーニャ逃亡、スカラ座オープニング「アイーダ」スキャンダル

  　日本の一部の新聞でも報道されたらしいが、今、イタリアは「アラ－ニャ・スキャンダル」で大騒ぎのようだ。　「アラーニャ」とは、人気テノール歌手ロベルト・アラーニャ。イタリア一のオペラハウス、ミラノ・スカラ座のオープニング演目「アイーダ」で、主役のひとりラダメスを、ダブルキャストのＡキャストで歌うことになっていた。　いや、正確には、歌った。12月7日の初日は大成功だったらしい。　ハプニングは、１０日に行われた2回目の上演で起こった。第1幕の登場シーンでラダメスが歌うアリア「清きアイーダ」を歌い終えた彼に、拍手とともにブーイングが飛んだ。それにショックを受けたアラーニャは、舞台を去ってそのまま戻ってこなかったのだ。　ブーイングといっても、そうひどいものではなく、拍手の方が多かったらしい。が、イタリアの新聞に出ていた彼の言葉を借りると、「世界中で成功してきた」彼は、歌える状態ではなくなってしまったという。一幕が終わって降板というならともかく、「清きアイーダ」の後、ラダメスは舞台にとどまって、二重唱と三重唱を歌わなければならないのだ。前代未聞のできごとといっていい。　スカラ座の総支配人リスナーは、舞台裏へ飛んでいってアラーニャを説得したが、効果はなかったという。　で、「アイーダ」はどうなったか？　関係者席にいたＢキャストのテノールを引っ張り出して、そのまま続けたという。　ただしパロンビというそのテノールは、着替える暇がなかったとかで、関係者席にいたままでの服装、つまりジーンズにシャツ姿で舞台に現れたという。（見たかった！と思うのは私だけ？？？）ジーンズ姿の歌手に客席からはブーイングが飛んだが、一幕終了後に客席に向かってリスナー支配人がことの次第を説明すると、大拍手が起こったとか（そりゃ、そうですよね）。　で、ことはこれだけでは終わらなかった。　アラーニャは、次回からはまた自分が歌うつもりだったらしい。ところが、スカラ座はかんかん、アラーニャを出入り禁止にしてしまったのだ。　文字通り敷居をまたぐことも許されなかったアラーニャは、あるデモンストレーションに出た。「アイーダ」3回目の上演（14日)の時、ほぼ開演時間にスカラ座の前の広場に姿を見せた彼は、まず「清きアイーダ」を歌った。続いて、スカラ座の方を向いて、「蝶々夫人」のピンカートンのアリア、「さようなら、愛の家よ」を歌った。なぜなら、彼はスカラ座を「愛している」から。　ちなみに、この様子を伝えたイタリアの新聞記事のタイトルは、「アラーニャのワンマン・ショー」だった。　もちろんこんな「ワンマン・ショー」でスカラ座の機嫌が直る？わけはなく、スカラ座はアラーニャを相手取って裁判を起こしたそうだ。アラーニャの側でも訴え返したらしい。彼自身はこんな騒ぎになったことが不本意だと思っているらしいけれど。　聴衆の立場で言わせて貰えば、スカラ座にブーイングはつきもの。よほどの悪意ならともかく、多少のブーイングの洗礼は誰でも経験があるのじゃないかと思うし、それに耐えて？一流になることもあるのかなあと、期待をこめて思うのだが、歌手の立場からすれば我慢できない時もあるのだろう。　それにしてもアラーニャには、もう少し冷静になって欲しかった。　この件がたたってのことだろうが、ローマでの「椿姫」の予定もキャンセルになったという。　ついでに言えば、奥さんのソプラノ歌手ゲオルギューは、この時期に出る予定だったコヴェント・ガーデンの「ドン・カルロ」をキャンセルしたそうだ。夫の件と関係があるかは不明だけれど。　この騒動についてコメントを求められたカーティア・リッチャレッリは、「彼の気持ちは分かるけれど、私ならその場で舞台を去ることはない」と話している。　ただし彼女も、「スカラ座でブーイングの経験をして以来、スカラ座との縁は切れた」と語っている。やはり歌手にとってはしんどい問題なのだろう。　　ただ、私も何度かスカラ座ではブーイングの嵐に遭遇している。やはりイタリアの劇場は反応がダイレクト。その時こてんぱんにやられた歌手でも、その後またスカラ座に出ているひともいる。最終的には本人次第、なのではないだろうか。　アラーニャは、「アイーダ」の開幕前、ある新聞のインタビュ－で、「現代は歌手が下に見られすぎている。指揮者はそこそこでも、歌手がすばらしければオペラは成り立つ」というような発言をしていた。行間にいささか「自分は大歌手」のような空気が見え隠れして、ちょっと鼻白んだ。今回の行動が、そんな考えの延長線上から起こったものでないことを願っている。波はあるが、いい時は、いい歌手なのだから。

  December 15, 2006

• イヤイヤの季節

  　ここ数ヶ月の楽しみのひとつは、メイの顔を見にいくことである。　昨年5月の生まれなので、1年7ヶ月くらいになるが、成長が早くて驚かされる。　この間はいはいをしていたと思ったらあっという間に歩き出し、重い頭があぶなっかしいなとはらはら見守っていたらあっという間に足がしっかりしてきた、という調子。　歩けるようになったのが嬉しいのか、自然の本能なのか、抱っこしたくてもさせてくれなくなってきて、たまに彼女をいじりに行くおばとしては、ちょっぴりつまらないのである。　最近は、「イヤイヤ」の季節、らしい。　妹によると、「とにかく何でもイヤイヤなの」という。たしかに、おむつを替えようとしても首を横に、ごはんを食べ始めてもすぐ首を横に・・・という具合。　「もう、疲れちゃう」　そりゃ、そうだよね。第一次反抗期、というやつだろうか。　意思表示ができるようになったので、それが面白いということかもしれない。　まだまだ「カワイイカワイイ」といじっていたい勝手なおばとしては、彼女が「自立」していくのは嬉しいようで、寂しくもあり、つまらなくもあり。反面、一部「負け犬」（コドモなし）としては、コドモの成長を脇見できる貴重な機会。理名チャン、これからもどうぞよろしく。

  December 14, 2006

• 「見せ方」の問題

  　今日、ある出版社の営業のひとたちと話していたら、音楽系の新書では、岡田暁生氏の「西洋音楽史」（中公新書）が売れている、という話が出た。　正直、そんなものかなあ、とちょっぴり思った。　読みやすくて内容も濃い本ではあるが、岡田氏が前に同じ中公新書で出された「オペラの運命」のほうが、ずっとインパクトが強かったからだ（ちなみに、この本は「西洋音楽史」以上に売れたと思う）。　「オペラの運命」は、劇場というそれまではなかった視点から、オペラ史を描いた画期的な本で、サントリー学芸賞を受賞している。　それに比べると「西洋音楽史」は、従来の枠組みからはみ出していない印象を受ける。もちろん岡田氏の濃密な文章と凝縮された中身の質はとても高いと思うけれど、画期的な視点に立っているというわけではない。正直、この文脈なら、岡田氏以外にも何人か、書ける方はいるのではないだろうか。　おそらく、「西洋音楽史」が売れている理由のひとつは、新書という形態にあるのではないだろうか。高みにあった「西洋音楽史」が、新書という形で読めるという手軽さ。　それまでにあった内容を踏襲し、パッケージを変え、売る場所を変えたら売れるようになった、というケースはよくある。　たとえば、私もかかわった「さわりで覚える名曲」シリーズだが、あれはＣＤを本という形式に付属させ、レコード店でなく本屋で売ったことが画期的だった。　本の内容自体は、ごく一般的な解説書だから、それだけではとても売れない。ＣＤをつけて、ＣＤ代金より安いくらいの価格にし、書店に置いたことでヒットになったのである。わざわざレコード店にいってクラシックＣＤを買わないひとには、とても便利だったと思う。　そういえば、今度小学館から出た、「魅惑のオペラ」というシリーズも、オペラのＤＶＤを本の形態に付属させて、書籍として書店で売っている。なかなか好調らしい、という話をきいた。　ＤＶＤ映像自体は、はっきりいってそう魅力的なものではない。古い映像も多いし・・・でも、やはりこれからオペラを観たいという方がとりあえず1枚というなら、本屋で買えて解説書がついていると買いやすいかもしれない。　これも、それ自体ではあまり価値のないＤＶＤが、パッケージを変えたらそれまでＤＶＤを買わなかった層に受け入れられている、ということだろう。　同じ内容でも、見せ方、作り方によって受け入れられ方は全然違う。発想を変えるということがいかに重要か、いつも考えさせられてしまう。

  December 13, 2006

• 成田博之さん　トークもいける歌手の価値

  　日ごろ講座を持っている「朝日カルチャーセンター」では、演奏家のゲストを招いてレクチャーコンサートをやることがある。演奏家の見方が分かる貴重な機会で、私もとても勉強になることが多い。　今日は、二期会の若手バリトン、成田博之さんを招いて、「ヴェルディ　バリトンの魅力」というテーマで、レクチャーコンサートを持つことができた。　成田さんはあいにく風邪を引かれていて、体調は万全ではなかったようだけれど、「椿姫」「トロヴァトーレ」「ドン・カルロ」から、それぞれ魅力的なアリアを熱唱してくれた。　歌の合間に、成田さんと私のトークが入るという形式だったが、同じ事柄でも演奏家と私のような仕事では見方が違うので、聴講に見えた方はその点に興味をそそられたようだった。　　たとえば演奏家は、旋律が何を表現しているかということをよりダイレクトに感じているし、私はそのような曲ができあがった背景に興味がある、という具合である。　　本当は、「リゴレット」からも歌ってもらえる予定だったのだが、きついアリアなので今回はパス。　その代わりに、伴奏ピアニストにアリアの旋律を弾いてもらい、その場で彼が解説という代替？案となった。　ちなみにこれは事前の打ち合わせなしで、とっさのアドリブ。成田さんが器用なアーティストだということがよく分かったのである。　講座後は食事会となり、和気あいあいのうちに開きとなった。　これは個人的な意見なのだが、解説つきのコンサートという形式はこれから増えていくと思う。解説してもらったことをその場で確認できるし、解説書を読むよりよほどダイレクトに感得できる。もちろん、あるていどちゃんとした解説であることが前提だけれど。　　筋金入りのオペラファンも多く、オペラ談義に花が咲いたが、「オペラが好きになったきっかけ」が、成田さんも、そしておそらく半世紀くらいオペラを聴いているある男性も、「デル・モナコの《オテロ》」だったのには驚いた。「デル・モナコの《オテロ》を聴いてオペラにはまった」というひとは、私の知っているだけで十数人いるのだ（私は違います。知らなかっただけだけれど）。いかにすごい歌手で、すごい演奏だったか、ということだろう。　残念ながら現在、そういう歌手はいなくなってしまった。ちょっと寂しいですね。

  December 12, 2006

• 前田りり子さん、才色兼備の自然体

  　何度かブログにも書いている、バッハの生地を訪ねて現地でバッハ・フェスティバルを楽しむ「バッハへの旅」では、毎年か1年おきに「同窓会」をやっている。　これまで、通算17回、延べ参加者も３００人近くなるので、せっかくだから同好の士で交流していただけたらな、というのが発端である。　といっても、ただ集まるだけではつまらないので、ここ2回くらい、ゲストをお招きしている。　今日、その同窓会があり、フラウト・トラヴェルソ奏者の前田りり子さんに、ゲストとして来て頂いた。　有田正広氏にフラウト・トラヴェルソを師事し、その後オランダでバルトルド・クイケンに学び、ブルージュの古楽コンクールで最高位を獲得した、日本期待のトラヴェルソ奏者。バッハ・コレギウム・ジャパンなどあちこちの古楽団体でも活躍している。　もちろん、演奏を聴かせていただくのが一番の目的なのだが、せっかくの機会なので、トラヴェルソの説明もしていただくことにした。　これが、とても素晴らしかったのです。　ごく初期のトラヴェルソから、モダン・フルートまで、4種類の楽器を持ってきてくださって、それぞれの構造を詳しく説明。バロック時代の「調性格論」の話もあり、同じ旋律でも、調性をかえるだけでこれだけ印象が違うということを、目の前で実演してくれた。こんな機会はめったにあるものではない。　演奏はバッハの「無伴奏パルティータ」だったけれど、ちゃんとバッハが当時使用していたと思われるタイプのトラヴェルソで聴かせてくださった。「バッハは、この楽器の音、効果をちゃんと考えた上で作曲していた」という言葉には、皆さん納得でした。　りり子さんは話もうまい。ていねいだし、わかりやすい。それは最近出たご著書「フルートの肖像」（東京書籍）も同じで、フルートの歴史にとどまらず、時代背景も取り込んだ社会史、文化史的な内容が、かみくだいた読みやすい文章で書かれている。ほんとに才媛、そして美人（彫りの深い整った顔立ち）！男性ファンが多いのもうなずける。　実は今回の招聘は、ある熱烈男性ファンのラブコールに後押しされてのことでもあったのだが、その男性ファン、講演＆演奏後にパーティに加わってくれたリリ子さんのもとへ足しげく？通いつめ、最後に私にこっそりささやいた。　「今日は、人生最良の日でした」　　「バッハへの旅」同窓生で、今回のパーティにも出た私のだんないわく、　「彼女、結婚してるのかな」　なんで？ときいたら、　「いや、あんな才媛のだんなさんて、どんなひとかと思って」　なるほど、みんな考えることは同じ？なんですね。　りり子さん、ありがとうございました。

  December 10, 2006

• バレエ「海賊」体験記

  　ほぼ1年ぶりに、バレエを観にいった。　演目は「海賊」。なぜこれを観ようと思い立ったかというと、びわ湖ホールでオペラ「海賊」（ヴェルディ）を体験したため。両方とも同じバイロンの原作に基づいているのだ。本当は「海賊」といえば、オペラよりバレエのほうがよほどメジャーなのに、根っからの聴覚人間なので、オペラから入ってしまったのである。　けれど、バレエ評論家の守山実花さんとの対談本も出したことだし、バレエ版も見なきゃ、と、義務感半分、好奇心半分で出かけたのであります。ちなみにバレエカンパニーは、マリインスキー。これは守山さんのお薦めでもあった。　会場はさすがに女性が多かった。年齢層はさまざまだが、やはりバレエはお稽古している人口も多いせいか、若くてきれいなひとも目立つ。　まず驚いたのは、ストーリーが全然違うこと。オペラの「海賊」は、ほぼバイロンの原作通りなのだが、バレエはまるで嘘！といいたくなるくらい作り変えられていた。ハッピーエンドになることからして違う。　そして、当然といえば当然なのだろうけれど、ストーリーはちょっと説明されるくらいで、踊りまた踊りの連続。さすがに美しく、見とれる。音楽はジンタなのだが。　観るうちに思い当たった。これは「ベルカント・オペラ」みたいなものなのだ、と。ストーリー云々より、いかに美しくバラエティのある踊りを見せるか、つまりオペラでいえば、いかに美しく技巧的な歌を聴かせるか。　さしずめオペラのアリアはソロ舞踏、合唱は群舞に相当するのだろう。重唱はパ・ド・トゥ。　ギリシャとトルコが舞台の物語なのだが、ステージ上にはロシア的な極彩色の色彩があふれ、ちょっとエキゾチックな美しさが楽しめた。　ところで先日、以前バレエをやっていたという若い女性と話していて、バレエ「観る」より「やる」人口が多いのだな、と改めて気づかされた。彼女はかなり長い間バレエをやっていて、プロになることも夢見たらしいのだが、友人とバレエの話になったとき、「やっている」というと「いいねー」といわれるそうなのだが、「観にいく」というと、「凄いねー」という反応になってしまうのだそうだ。　バレエは「習い事」のひとつでもあるし、姿勢やプロポーションの「美」を整えるための手段でもある。芸能人だって、バレエをやっていたひと、多いですものね。　それにひきかえ、オペラ（声楽）を「やる」という人口は圧倒的に少ない。「オペラ好き」と言っても、「歌うんですか？」とはそうそう訊かれない。このあたりも、オペラがハードルが高く思われてしまう理由なのかもしれない。オペラやっているといって、「きれいになれる」イメージはまずないし。まだまだ「太っちゃう」イメージの方が強いかな。

  December 6, 2006

• 「悪文」考

  　どこの出版社も、新書発売でやっきなこのごろ。幻冬舎もとうとう新書を出した。　宣伝も派手だが、目のつけどころもさすが、と思わせられるものが多い。　数冊購入したなかで、使える部分も多かった（わが身を顧みて反省する点も多々あり）のが、日垣隆『すぐに稼げる文章術』。ミもフタもないタイトルだが（笑）、著者の主張に合ったタイトルであることもたしかだ。　笑ってしまったのは、著者が堂々と？「ライターの手を借りた」と発言していること。新書はほとんどライターが書いているというのは定説だが（新書によく出る著者名を見ても、本を書いているヒマなどなさそうな多忙な方が多いでしょ？）、あっさり言ってくれるのはさすがこの著者。　「そうそう！」と同意してしまったのは、「悪文」の分析である。　著者が引用したのは、さる東大教授の、高等教育についての一文。「世界の大学はいま大きく変質しつつある。高等教育の役割が拡大するに従って、広い意味での市場化が、大学にさまざまな可能性とまた問題を生じさせるからだ。・・・」と始まり、えんえんとこの調子で続く文章を、「まるでわけがわからない」と切って捨てる。まったくもって、何が言いたいのかわからない文章なのだ。けれどこの手の文章に出会うことは多いだろう。　ちょっと次元は違うが、専門書、とくに翻訳物は読みにくいものが多い。上のような調子とはいわないまでも、もともと分かりにくい文章で書かれているものも多いし、翻訳する側も硬い文章しか書きなれていないと、分からなさが二乗される。　大学で学生さんに本を薦める場合、ほかにその分野で適当なものがないと、この手のものを薦めざるをえなくなるのだが、結果「読む気もしない」と言われてしまったこともあった。その気持ちはよく分かる。読まなければいけないと思うから必死に読むけれど、そこまでするのは専門家の端くれだからであって、そこまで切実ではない学生がしんどくなるのは当たり前である。　内容があるから、文章は硬くてもいい、という考えは間違っていると思う。いくら内容があっても、文章が悪ければ（何度も読み返さなければ理解できないような文章だったら）、読んでもらえなくてもしかたがない。少なくとも、専門家以外には広がらない。いくら貴重な文献だといっても、読者にそっぽを向かれてしまっては仕方がないのではないだろうか。　むしろ専門書の翻訳だからこそ、いい日本語をあてるのが理想的だと思うのだけれど。　専門的な知識と読みやすい文章、両方がそろう訳者が少ないことはたしかだ。でも翻訳が生きるのはいい訳者あってこそ。点数を少なくしても、いい訳者にこだわったほうが、結局は読まれる本が生まれると思う。

  December 4, 2006

• 「ＤＶＤオペラ全集」の復刻を！

  　オペラの講座をやるとき、いつも使う秘密兵器がある。　ユニバーサルミュージックが発売していた、「ＤＶＤオペラ全集」。映像はよく出回っているスタンダードなものなのだが、字幕が3種類切り替わるようになっている。といってもよくある複数言語ではなく、日本語と原語は当然だが、それに加えて、「日本語字幕＋オペラ・ガイド（解説）」という字幕があるのだ。画面の下部に通常の字幕が、上部にその場その場の解説（その場で歌われている曲の内容、構造の説明など）が入るバージョンである。　講座ではたいていこのガイドつきバージョンを使うのだが、これが好評なのである。　　かなりなオペラファンならともかく、初めて観る作品は、一度くらい観てもなかなか内容がつかめないもの。このガイドつきバージョンなら、解説書と首っ引きにならずに、その場で解説が出るから、ほんとに便利なのだ。　　手前味噌になるが、実は私もこの解説を担当している。だからサンプル盤が自宅にあるのだが、想定以上に経費がかかってしまったので、セット販売という形で販売していた。２０数曲あって、やはり２０数万円していた。　　価格を聞いて引いてしまうひとはもちろん多い。だが、それでも欲しい、というひとも結構いる。数日前にも、カルチャーセンターで「どうしても欲しい！」と詰め寄られてしまった。　けれど残念なことに、もう製造中止なのであります。復刻の予定は、ない。　「どうしても」系だと、こんなこともあった。　「ネットや中古屋でどんなに探しても手に入らないが、どうしても欲しいので、先生の持っているものを貸してくれないか、コピーしたい」と、手紙で頼まれたのである。　さすがに丁重にお断りしたのだけれど。著作権もだが、こちらも商売道具なので、万が一のことがあったら困るから。　というわけで、いつもいつも（決して大げさではなく）、要望の出るこのシリーズ、客観的にみても親切だと思う。たとえば「番号オペラ」という概念にしても、楽譜でも見なければなかなかぴんと来ないだろう。それを、曲と同時進行で説明すれば、ある程度は分かるようになる。　　レコード会社は大変なご時勢だし、担当者もとっくの昔にいなくなってしまったが、日本語字幕すらついていない（不親切きわまりない）ＤＶＤをせっせと出すより、このシリーズを復刻したほうがずっと意味があると思うのだけれど・・・。ユニバーサルミュージックさん、いかがでしょう。

  December 1, 2006

• 夢のフレンチトースト

  　突然ですが、「この世にこんなにおいしいものがあったのか？」と思ってしまった食べ物って、あります？？？　私の場合、それは忘れもしないフレンチトースト。甘くて、いい香りがして、ふわふわして、中はとろりとして何て夢みたいな味なんだろう、と思ったのである。　今でも覚えている。小学生になる少し前、母が妹の出産で入院していたので、年長の従姉が退屈しのぎに、湘南へ小旅行に連れていってくれたのである。泊まり先は「茅ヶ崎パシフィックホテル」。今はもうなくなってしまったが、それこそ昔は「若大将」とか石原裕次郎などがよく使っていたという、ハイカラなホテルだった。　けれど6歳の女の子は何も知らず、ただ生まれてはじめて西洋式のホテルというものに泊まり、もう夢心地、そして朝、出てきたのがフレンチトーストだったのだ。　それからはしばらく、「フレンチトースト」と騒いでいた記憶がある。母親が作ってくれても、やっぱり違う味だった。　というわけで、年に一度くらい、むしょうに食べたくなる。　で、わざわざ、あるホテルのレストランに出かけてしまった。ちょっときつい原稿が終わったので、打ち上げ？気分で。　ホテルとはいえ、ここのコーヒーハウスのフレンチトーストは、分厚いのが2切れで９００円。中はとろとろで理想的だし、おなかイッパイになるし、コストパフォーマンスは悪くない。　回りを見回すと、けっこうみんなフレンチトーストを食べている。隠れた人気メニュー？のようだ。　コーヒーハウスを出てきて驚いた。なんとランチのために行列をしているではないか。こんな光景は初めて・・・　と、思い当たりました。このホテル、今月いっぱいで閉館だったんです。　そういえば、前日くらいからニュースでぼちぼち報道されていた。それで、人が押しかけたらしい。　ここは43年の歴史のあるホテル、創立当時は東京で初の外資系で、外国人アーティストの定宿だった。この種のホテル、当時はすごく新鮮だったのだと思う。東京のど真ん中で場所もいいし、政治家も使うことで有名だった。ここ数年で新しい外資系ホテルがばんばんできても、このホテルが好き、というひとは多かったのではないだろうか。さすがに老朽化が目立っていたけれど・・・　フレンチトーストは6歳の私にとって甘い異文化だったけれど、当時の「ヒルトンホテル」も、東京のナウいひとたちにとって、スイートな異文化だったのだろうな。

  November 30, 2006

• 「武満徹作曲賞」と作曲家のグローバル化

  　「武満徹作曲賞」という賞を、ご存知ですか？　大変お恥ずかしいながら、筆者も名前しか知らなかったのだが、あの武満徹を記念して、東京オペラシティが主催している作曲コンクールである。　おこ２年くらいブランクがあったらしいが、今年また復活した。　この賞の特徴は、まず譜面審査を行うにあたって、ひとりの作曲家が審査を担当すること。それも世界一流の作曲家ということで、これまでの審査員にはベリオ、リゲティ、デュティユーなど、そうそうたる名前が並んでいる。　日本人では湯浅譲二氏が２００２年に担当しているが、今回の審査員は西村朗氏。独特の作風でファンも多い作曲家である。　ひとりの審査員なんて、「ドゥマゴ文学賞」みたいですね。世界規模というところが違うけれど。　そのあたり、言語芸術である文学と、音楽との大きな違いだろう。大きな音楽コンクールなら、審査員はインターナショナルだものね。　平等を意図してのことだろうけれど、審査員は、名前そのほか、作者の情報を何も知らずに審査にあたる。今年は４２カ国から１５６作品が集まったとか。毎回増えているそうで、認知度が高まっている賞らしい。　今回は譜面審査に通った５作品の名前と作者が発表された。ファイナりストは中国２名、イタリア、スウェーデン、日本各１、と多彩。本選は５月２７日にコンサートとして行われ、その場で受賞作が決まる。スリリングですね！　西村朗氏の話もあったが、興味深かったのは、情報の伝達が世界規模になり、技法的な情報はどこでも入手できるため、音楽的な言語が完全に国境を越えている、という点だった。後で作者が判明してよくよく見れば、イタリアジンはスコアのヴィジュアル性、装飾性などに伝統が感じられたり、ということもあったらしいのだが、総体的には地域性、ローカル色は失われつつあるということらしい。　たとえば中国の作品といえば、ピアノ協奏曲「黄河」などといわれた時代があったが、そのような時代は完全に終わった、ということだった。　日本人、とくに海外に在住していたり海外で人気の高い作曲家は、日本的な要素を取り入れて、それを「売り」（言い方が悪くてすみません）にしている場合が多かったように思うけれど、そのような時代も過去になりつつあるのかもしれない。　

  November 29, 2006

• 感動したサービス

  　このブログを書き始めたころ嘆いたが、今住んでいる長津田は、うきうきと出かけられるようなレストランとは無縁の町である。　一方、同じ田園都市線でも、「ニコタマ＝二子玉川」とか「タマプラ＝たまプラーザ」は、おしゃれな町の代名詞？とされている。古ーい話ですが、「金曜日の妻たちへ」なんてテレビドラマがありましたっけ。　その「タマプラ」からひとつ中央林間寄りの「あざみ野」も、かなり人気のある住宅地らしい。　そのあざみ野に、１年前、あるレストランチェーンのお店がオープンしたと最近知った。ステーキとかが中心のお店だが、とくに郊外にあるお店は一軒家で空間をぜいたくに使っているのが特徴。あざみ野店もそういう感じ、だという。　というわけで、久しぶりにだんなとディナー。いつもは外で食べるというと、コンサート前に東京文化会館の「精養軒」とか、サントリーホール前のアンデルセンとか、そういう世界なので、まともな？お店に行くのは１年ぶりくらい。記念日でもあり・・・。　あざみ野駅から徒歩５分。以前は住宅展示場だったという広い土地に建った一軒家レストランは、ぜいたくな空間。お料理もおいしく（貝やら魚やらから取って、ソースやスープに使う「だし」が絶品）、満足でした。　けれど一番感動したのはサービス。私は左利きなので、レストランでは箸を逆に置く。これまでの経験では、それをまた右利き用に直されることもしばしばで、むきになって？また逆向きに直したりしていた。　それがこのお店では、お箸を逆にしたのに気づいてくれたらしく、お箸と一緒に出ていたフォーク＆ナイフ置きを、一皿目が終わった時点で左に置き換えてくれたのである。初めて！の体験だった。気づいてくれるようで、なかなか気づいてくれないものなのだ。　　これならサービス料を払ってもいいかな。そう思わせるのが「サービス」の極意ではないだろうか。　ところで、日本でいいレストランに来ると、時々不思議に思うのがドレスコード。オペラやコンサートだと、「ドレスコード」を気にするのに、いいレストランにとってもカジュアルな服装があふれていたりする。コンサートもレストランも、ちょっとした「ハレ」の場なのには変わりないのだけれど・・・。オペラのチケット代もディナーの代金も金額的には同じようなもの。コールテンのパンツによれよれトレーナーじゃ、ちょっともったいないよ・・・

  November 23, 2006

• 見えないものを見る「目」－金子みすず

  　北九州での貴重な合唱団体験から一夜あけ、今日は念願の温泉に出発である。　温泉大好き！ヨーロッパに滞在しているとき、食べ物より何よりなつかしくなるのが日本の「お風呂」。バスタブつきの部屋でも、欧米式はどうもくつろげない。広い浴槽で手足のびのび、が最高である（本当は自宅でも難しいが、たまに都内の「温泉」に行ったりするのです）。　目指すは「下関の奥座敷」といわれる川棚温泉。その前に、マイクロバスを借りてドライブ。東京から来たメンバーと、現地合唱団のメンバー、総勢９人でミニツアーとなった。　関門海峡を渡り（はじめて関門橋をわたる。「壇の浦」が狭いのでびっくり。よくここに船がたくさん集まれたものです・・・）、秋芳洞へ。ここも修学旅行以来。駐車場は閑散としていたのに、中は観光客でいっぱいでまたびっくり。中国、韓国からのお客さんが多かった。　　ここ山口は安倍首相の地元とあり、みやげ物屋では「晋ちゃんまんじゅう」が花盛り。また途中のドライブでは、どこも道がよくてすいていたが、山口は首相が３人出たので、その分道路が整備されたらしい。道路が一番簡単で？おいしいんですねえ・・・　昼食後は青海島へ。魚市場を冷やかしたあと、最近ブームになっている童謡詩人、「金子みすず」の記念館へ。ここの出身だなんて知らなかった。　記念館までの道は、「みすず通り」と称され、各家の玄関に、みすずの詩を記した木の札が下がっている。何年か前にここの住民が集まり、自発的にこういうことをしようという話になったそう。各家がめいめい好きな詩を好きなように書いているので、それぞれ違っていて面白い。　バッハやモーツァルトではないが、みすずで「町おこし」という感じですねえ・・・　ところで金子みすずといえば、　「すずと、小鳥と、それからわたし　みんなちがって、みんないい」　　で終わる「わたしと小鳥とすずと」　とか、　　「海の魚はかわいそう　　・・・　　なんにも世話にならないし　　いたずらひとつしないのに　　こうしてわたしに食べられる　　ほんとに魚はかわいそう」　という始まりと終わりで知られる「お魚」などが有名だろうか。　けれど今回、記念館に展示されていた詩のなかで惹かれたのが、「つもった雪」という作品。　「上の雪　　さむかろな。　　つめたい月がさしていて　　下の雪　　重かろな。　　何百人ものせていて　　中の雪　　さみしかろな。　　空も地面もみえないで。」　「中の雪」に注目する、という感性が、やっぱりすごいな、と思ったのだ。　見えないものを見て感じる、それが芸術家の芸術家たるゆえんのひとつだと思うけれど、まさにその才能の輝きを感じた。　いっぽうこんな詩は、無邪気といえばそうかもしれないし、でも本当は奥が深いと思うと同時に、思ってもちょっと書けないよなあ、照れくさくて、とも感じた。　その照れくささを蹴飛ばしてしまうパワーも、また創作者には必要なのだろうな。　「みんなをすきに　　わたしはすきになりたいな、　　何でもかんでもみいんな。　　　ねぎも、トマトも、おさかなも、　　のこらずすきになりたいな。　　うちのおかずは、みいんな、　　かあさまがおつくりなったもの。　　わたしはすきになりたいな、　　だれでもかれでもみいんな。　　お医者さんでも、からすでも、　　のこらずすきになりたいな。　　世界のものはみィんな、　　神さまがおつくりなったもの。」　　　

  November 20, 2006

• 大曲主義

  　生まれて初めて、北九州市にやってきた。　九州の北のほうは、３年前に黒川と湯布院の温泉めぐりをした以外は、大昔、修学旅行で来たきり。北九州市と福岡市、小倉駅と博多駅の区別もつかなかった。お恥ずかしい。　やってきた目的は、「北九州聖楽研究会合唱団」の演奏会を聴くこと。といっても本音？は、その後でグループで温泉に行くこと、だったりするのだが。　「北九州聖楽研究会合唱団」は、アマチュアの合唱団ではあるのだけれど、地方都市ながら４０年弱の歴史があり、古楽、それも宗教作品専門でやっている珍しい合唱団。現在は大谷研二氏が指揮しているが、三澤洋史（現新国立劇場合唱指揮者）氏や、あのクリストファー・ホグウッドも客演したことがあるという。その合唱団から、今年の春の「バッハへの旅」に６名も来てくれた。そのときに、合唱団の話をいろいろきいて、一度聴いてみたいな、と思ったのが、今回の小旅行のきっかけだった。ちょうどマイルもたまっているし・・・。　ということで、そのときの「バッハへの旅」に参加した有志をつのって、北九州にやってきた、という次第なのである。　演奏会のプログラムはオール・バッハで、「ミサ曲」ト長調、「マニフィカト」に「ブランデンブルク協奏曲第５番」と、親しみやすい内容。ソリストも、鈴木美登里、浦野智行など、知るひとぞ知る古楽の一流どころ。ミサ曲はともかく、あとの２曲はメジャーな曲だし、楽しいし、バッハ入門にはいいよねえ、と思ったのだが、会場の入りはちょっぴりさびしかった。もっとも初めからこの編成には広すぎるのだけれど（２２００人収容、厚生年金会館）。どうやら演奏会に向いた会場といえば、北九州ではここしかないらしい。　終演後、演奏家も交えての懇親会に出させてもらったが、そこで「２０１０年は「マタイ」に挑戦する」という話をきいた。どうやら１０年ごとに、「マタイ」にチャレンジしているらしい。　そして「マタイ」の時は、満員になるそうだ。　けっこう驚いた。アリアや合唱の一部ならともかく、「マタイ」を全曲聴くのは、なれていないひとにはなかなか大変なことなんじゃないだろうか。「マニフィカト」くらいの方が、ずっと聴きやすいように思うのだが。　「いや、それはわれわれの合唱団でもそうですよ」　東京で、別の合唱団に所属しているひとが口をはさんだ。　「大曲というか、そういう方が、聴いてみたいひとが多いようで」　ふーん、そういうものだろうか。　「マタイ」ファンには怒られるかもしれないが、最初から全曲がぴんと来るひとは少数派だと思う。あるいは音楽になじんでいるひと。　あるいは「マタイ」に足を運んでみようと考えるひとのなかには、かの有名な「マタイ受難曲」を、とにかく聴いてみたい、それに接してみたいという欲望もあるのかもしれない。　それからやはり、信仰をもっていると、「マタイ」が染み入る部分も違ってくるだろう。　私は個人的には「マタイ」より「ロ短調」のほうが好きなのだが、今回、「マタイ」を合唱団で３０回（！）歌い、信者さんでもあるひととその話になったところ、　「「ロ短調」は声楽による器楽曲。「マタイ」は精神的な曲だから」　といわれ、とても納得した。私はつまり「音楽」として聴いているだけなのだ。　やはり信仰があり、その上で音楽も好きで、「マタイ」の受難の物語をありありと受け止められると、バッハがそれを描くのにどんな工夫をしたか、聴けば聴くほど染みとおってくるのではないかな、と想像したのだった。

  November 19, 2006

• 小さいときから本物を

  　クラシック界のこの秋最大の話題は、たぶんニコラウス・アーノンクールの来日だろう。　何しろ飛行機が嫌いで、２０年以上日本に来なかった。昨年、京都音楽賞を受賞したのでそのために来日したけれど、演奏はなし。待ち望まれていた来日だった。　幸運なことに、そのアーノンクール＆ウィーン・フィルを聴くことができた。ベートーヴェンとモーツァルトの交響曲という、いまどき珍しいような正統派コンサート・プログラムだったが（詳しくは「コンサート日記」をご参照ください）、超名演！とはこのこと！と思わされてしまった、素晴らしい演奏だった。　とにかくどこをとっても美しいし、鋭いけれど馥郁としていて、どこまでも音楽的なのだ。音楽にぐいぐい引き込まれる快感。それも決して強引なものではなく、自然に吸い寄せられてしまい、なんともいえず心地よい。　音楽の「美」とはこういうものだったのか、というくらい、至福の演奏だった。こんなカリスマ性を備えた指揮者は、クライバー以来なのではないだろうか。　　　会場はサントリーホールだったのだが、舞台背後のP席に、高校生らしき一団が座っていた。招待日だったので、その関係で招かれたのだと思うけれど、ふだんはお行儀が悪い？かもしれない生徒たちが、しんとして、真剣に聴き入っていた。　何人はわからないが、しんそこ心を動かされた学生も、少なくなかったはずだ。　たぶんクラシックにほとんどなじみのない学生に、突然最高級のものを聴かせるなんてもったいない、と思われるかもしれないが、本当は彼らのような若い初心者こそ、本当にいいものを聴くのが理想的だ、と私は思う。子供と同じで、ピュアな時ほど感性が敏感だったりするから。　　私事だが、中学１年のとき、親戚からもらったチケットで、カール・ベームの指揮するウィーン・フィルを聴きに行ったことが、今でも私の最大の音楽体験である。　ブラームスの交響曲第１番もすばらしかった。そしてアンコールの「マイスタージンガー前奏曲」では思わず、　「生まれてきて、よかったなあ」　と思ってしまったのだ。　あれと、その何年か前にテレビで聴いた（見た）「NHKイタリア歌劇団公演」の《リゴレット》が、私の一番の宝物である。　

  November 9, 2006

• 久しぶりの花束嬢と・・・

  　もう四半世紀くらい前のことだが、クラシックコンサートに「花束嬢」が詰め掛ける社会現象？が、メディアなどで話題になったことがあった。　「ハンガリー三羽烏」といわれた３人のピアニスト（シフ、ラーンキ、コチシュ）や、ショパンコンクールで優勝したツィメルマンといった、若き美形のピアニストがぞろぞろ現われた時期である。　演奏後、客席の通路にずらっと花束を抱えた女子大生（音大生）が並び、全員が花束を渡し終えるまで１０分、１５分かかっていた。　そんななつかしい光景を、久しぶりに思い出した。　ウィーン交響楽団と共演した中国のピアニスト、ユンディ・リ。「ピアノ界のキムタク」とも言われる甘いマスクに長身。本物をじかに見た（聴いた）のは初めてだが（CDしか知らなかった）、なるほど人気が出るわけだなあ、と感じてしまった。　演奏後は、そう数は多くないが、花束嬢の登場。けれど、なんだか花束より「プレゼント」の方がおおいような・・・　隣席にたまたま関係者が座っていたので、　「なんで花束じゃなくてプレゼントなんでしょうね」　ときいたら、　「自分のことを覚えて欲しいんじゃないですか」　というお答え。そうか、花束じゃみんなおんなじだもんねえ。自分ならでは？のプレゼントのほうが、記憶される確率は高い、ということらしい。　本当に記憶されるか、持ち帰ってもらえるかは、神のみぞ知る？それにしても、凄い情熱だなあ。　

  November 7, 2006

• 演出家の「学校」

  　今日は昼間、ある若手演出家の方と打ち合わせをした。　来年の春にカルチャーセンターに招いて、対談形式で話をしてもらうことになっているのだ。　有名な演出家のご子息で、小さいころに家族でイタリアへ移住したので、半分以上？イタリア人のようなひとである。　このひとの演出で感服してしまうのは、音楽を大事にしていること。動きの多い部分でも目立たない、気にならないのは、まず音楽ありき、という姿勢のためではないかと思う。　ある作品の演出に取り掛かるときも、最初はやはりスコアを見ることから始めるという。　オペラを演出するのだから楽譜から始めるのは当然だと思うのだが、実は楽譜の読めない演出家というのは相当多いのである。個人的には、オペラを演出するなら、楽譜が読めることを前提条件にして欲しいと思うくらいなのだけれど。　今日会った演出家は、イタリアの大学で、オペラ演出コースのようなものを履修したという。当然楽譜読みから始めるそうだ。イタリア・オペラ演出界の巨匠、フランコ・ゼフィレッリも、そのコースの出身だったそうだ。　残念なことに、このコースは現在なくなってしまったのだとか。オペラ演出という仕事じたい、あまり確立されていなかったことも関係しているらしい。　本当は、今のような混沌とした状況下にこそ、このようなコースが欲しいと思うのだけれど。　ところで、ドイツ生まれでいまや世界基準となった、簡素でシンプルな演出（舞台装置）。大きな理由が経済的事情だということは了解しているつもりだったが、経済難のそのまた理由が「敗戦」だった、ということを今日はじめて聞いた。戦争に負けて、破産して、それでも劇場、ということで窮余の策？で始めたとか。　それが「前衛」の代名詞になっちゃったのだから、世のなかわからないものですね。

  November 6, 2006

• 動く図書館

  　愛用しているグッズのひとつに、キャリーバッグがある。　とにかくふだん荷物の多い、しかも重い人間なので（講義とか図書館とかカルチャーとか、行く先で使うために資料がいるのです。パソコン持ちあるくこともあるし）、キャリーは便利。音が多少うるさいのに目をつぶれば、ふつうの手提げかばんを持つより体はぐっと楽である。　　これが大学講師でも専任なら、自分の研究室があるけれど、しがないパートタイムではそんな空間もない。やむをえず、「動く図書館」（時々キャリーをそう呼ぶ）の出番となるのである。　　けれど、恥ずかしくないわけでもない。　とくに参るのが、「ご旅行ですか」「出張ですか」とか聞かれること。適当に返事をしているが、いちいち答えるのは結構面倒である。そんなにしょっちゅう、旅行やら出張やらに（国内で）行くわけはないのだが・・・（海外ならまだしも・・・）　この前も、「びわ湖ホールの講座の帰り？」と聞かれてしまった。もうとっくに終わったんだけどな・・・　数日前は、意地をはって？手提げで通そうとしたら、ルイジの記者会見でドレスデン関係のたいそう立派なパンフレットが3冊も増えたので、両手がいっぱいになってしまった。それで都内を4箇所移動。運動になる？とんでもない、肩が凝るだけです・・・　ああ、やっぱり「動く図書館」は手放せないのだなあ・・・

  November 5, 2006

• [コジ・ファン・トウッテ」ストレートだった宮本亜門演出

  　二期会公演の「コジ・ファン・トウッテ」を見た。宮本亜門が演出するダ・ポンテ三部作の最後の1本。２年前の「ドン・ジョヴァンニ」がすさまじい（彼の解釈が自己主張する現代版演出）ものだったので、かなり期待？警戒？していたファンも多かっただろう。　だが今回は至ってまともな演出。（詳しくはホームページ「ヒロコの憩いの家」の「コンサート日記」をご参照ください）。その上で、演劇、ミュージカルの得意なひとらしく、動きはふんだんにつけていて、それでいて音楽をこわしていなかった。客席の通路を活用したのもよかったし。「ドン・ジョヴァンニ」とは大違い。　昨今はたいていひとひねりある結末も、台本通りのハッピーエンドだった。　一緒に見ていただんないわく、「でも、音楽と台本に素直に応じれば、やっぱり結末はハッピーエンドだよ」　そうかもね。最近はとにかくひねりすぎ。素直に見ると、やっぱり原点に立ち返るのが一番かもしれない。　　「コジ」は最近のお気に入りオペラのひとつだ。ダ・ポンテ三部作のなかで、今は一番共感できる作品。普通のひとの、等身大の感情が焦点になっているからだ思う。「ドン・ジョヴァンニ」はちょっと破格すぎて（だいたい主人公が破格なので）、ある意味しんどい。モーツァルトが最後に近づいて、こういうシンプルだが深いストーリーと、それに応じた（まったくシンプルだけれどふっと深い)音楽を作ったというのは、いいなあ、と思えてしまう。　

  November 3, 2006

• 越境する音楽家ーファビオ・ルイジ記者会見

  　ここのところとても注目されている指揮者のひとりに、ファビオ・ルイジがいる。１９５９年の出身というから今年４７歳。これからますます働き盛りというところだ。　日本のオケにもよく客演していたが、この春には、新国で「カヴァレリア」と「道化師」を指揮した。個人的には昨年夏にブレゲンツで聴いた「トロヴァトーレ」もよかったと思う。　その彼が、来シーズンから名門、ドレスデン歌劇場（ザクセン州立歌劇場）の総監督になり、ら来年の１１月には歌劇場を率いて来日する。今ちょうどウィーン交響楽団と来日しているルイジが、ドレスデンの来日公演について記者会見を行った。　注目度の高い指揮者の記者会見とあって、会場は熱気むんむん。質問も活発だった。　　まず驚いたのは、北イタリアのジェノヴァ出身なのに、ネイティヴのようなドイツ語を話すこと。経歴を見て納得、ずっとオーストリアのグラーツの劇場で修業をしていて、その後もウィーンをはじめドイツ語圏が主要な活躍の場なのである。半分オーストリア人なのだろうなあ。　もうひとつ、彼はウィーン交響楽団の指揮者でもあるのだが、質疑の時に、ウィーンとドレスデン、異なる音楽の伝統のある都市のカラーをどう出すのか、と質問されて、それぞれの伝統を生かしたプログラムの組み立てなど、それぞれの特徴を生かしていく、と答えたこと。たとえばドレスデンでは、オーケストラコンサートで、リヒャルト・シュトラウスとその周辺作曲家、ウィーン交響楽団では、ロマン派のレパートリーをとりあげるのだそうだ。　ドイツ語圏出身の指揮者でも、そのあたりに意識的なひとはそうそういないだろう。当然といえば当然だが、生まれた場所は最終的に関係ない、と思う。　ルイジは、世界のどこにでも、自分のレパートリーを持っていく指揮者がいるが、自分はそういうことはしない、と明言していた。　ドレスデン歌劇場の来日は26年ぶり（そうだったんですね！）だそう。「ばらの騎士」「サロメ」「タンホイザー」という、ドレスデンで初演された3本のオペラを、ルイジと、日本でも人気の高い準メルクルが振る。久しぶりの来日だし、ご当地ものの演目で、オペラファンには楽しみではないだろうか。

  November 2, 2006

• オペラ解釈の自由度ー衣装デザイナーの場合

  　先週末に終わった「びわ湖ホール　プロデュース・オペラ」、2日目の午前中にあった「ワークショップ」での話である。　このワークショップでは、演出家や装置家、衣装デザイナーなど、上演にかかわったスタッフが出てきて、コンセプトなどをしゃべるコーナーがある。　その常連のひとりが、イタリア人の衣装デザイナー。ちょっと年齢はいっているが、いつも赤いセーターなど着こなしておしゃれ。さすがイタリア人、というセンスの持ち主だ。　その彼が、今回上演された「海賊」の衣装デザインのコンセプトについて話したのだが、聞いていてのけぞってしまった。　彼の説によると、「ヴェルディは『海賊」をあまり熱心に書かなかった。その理由はこの物語が、自分の人生にあまりにも似ていたからだ」という。　そんな話、初めてきいたな・・・と心のなかで驚きつつ、その理由をきいてもっと驚いた。　「登場する2人の女性は、ヴェルディの最初の妻と、（当時同棲していた）2人目の妻に似ている。最初の妻は清純だったから、それに当たる主人公の恋人は白いドレスに、2人目の妻は情熱的なひとだったから、それに当たるもうひとりのヒロインは赤を基調にしました」　へー、じゃメドーラが最初の妻のマルゲリータで、グルナーラが二番目の妻のジュゼッピーナというわけなのですね。デザイナーって、そういうことを考えてイメージをふくらませていくんだな・・・。ちょっと意表をつかれてしまった。　というのも、解説を担当させてもらった立場にしてみれば、そんなことどの資料を調べても出てこない。「海賊」を熱心に書かなかった理由は、出版者との不仲とか別にあったようで、それはなるほど証拠もあるようだ。こちらとしては、根拠のないことは書けないのである。　それに、創作者の心のうちは覗けない。ましてヴェルディは、自分の内面なんかめったに書かなかったひとなので。想像するしかない。　でも実際にステージにかかわる立場だと、想像をふくらませてもいいんだなあ。でないと、できないかもしれないし。　　同じ解釈でも、立場変われば色々変わるということを、感じてしまったできごとだったのでした。

  October 31, 2006

• びわ湖ホールプロデュース・オペラ　ヴェルディシリーズの終了と「継続は力なり」

  　先週の週末は、びわ湖ホールのプロデュース・オペラ鑑賞に明け暮れた。　開館以来ずっと、若杉芸術監督の主導で行ってきた、ヴェルディの日本未上演作品、つまり日本初演にあたる作品をとりあげてきて、今年で9作目。　当初の予定では来年もあったのだが、若杉監督が来季から新国の監督になることになり、ひとまず今回で終了、ということになった。ちょっとさびしい気分ではある。　今回上演された作品は「海賊」。中期三大傑作のちょっと前、初期の最後くらいの、旋律美にあふれた作品。バイロンの原作（当時は大人気作）による、スペクタクル活劇だ。　すべて日本人キャストというのもこだわりで、オペラ歴の長い若杉監督の顔で、所属オペラ団体にこだわらない人選ができることもすごい点。藤原歌劇団も二期会も関係なく、いい歌手が出てくるのがすばらしい。　今回も二期会の顔、福井敬や、藤原のプリマ、出口正子など、一流のキャストが顔をそろえた。　合唱の水準も高く、これだけの公演は、海外でもなかなかない、と思う。　ダブルキャストで、2日間しか公演がないので、本当にもったいない。新国でやってほしい！という声がいつもあがる。　熱の入った公演になったが、やはり9年間の蓄積も、大きかったのではないだろうか。　関西以外からのお客も多いのがこのプロダクションの特徴なのだが、やはり何年も積み重ねているなかで知名度があがっていったとのだということが、切々と感じられた。　個人的なことで恐縮だが、私も６年前から、東京からツアーを組んで来ていたし、また５年前からはプログラムの解説も担当させていただいて、いい勉強をさせていただいた。とても感謝している。　2日目の午前中には、恒例のワークショップがあった。制作会社の担当者が司会をして、これまでの公演を振り返っていたが、最後で彼が感極まって涙ぐんでしまったのが印象的だった。そうですよねえ・・・　そのワークショップも、最初は数十人しかお客がいなかったそうだ。それが今では、数百人。ほんとに継続の賜物である。渦のなかにいるときは無我夢中だけれど、ふと振り返ってみれば歩いてきた後がちゃんと道になっている、というのが、継続することの意味だと思う。そのなかで歌手のレベル、合唱団のレベル、オケのレベルも着実にあがっていった。　BCJによるバッハのカンタータの連続演奏もすごいことだが、日本人だけで、ヴェルディの初演という目的にしぼった意欲的な公演を、長期間続けられたことは、日本のオペラ界にとって、まちがいなく貴重な財産になったことだろう。　オペラファンのひとりとして、若杉先生、当初から演出をしていらっしゃる鈴木敬介先生、そのほか関係者の方々に、心から感謝と賛辞をささげたい。すばらしい経験をありがとうございました。

  October 30, 2006

• ドン・ジョヴァンニの総決算

  　イタリアから帰ってきて、早くも東京でオペラに足を運んでいる。藤原歌劇団のロッシーニ「ランスヘの旅」はなかなか楽しめた。ペーザロのロッシーニ音楽祭のプロダクションだそう。指揮はロッシーニの権威、アルベルト・ゼッダだった。日本はほんとにオペラ大国なのだなあ。　ところで今回、ミラノで「ドン・ジョヴァンニ」を聴いたが、今年一番聴いたオペラはこの「ドン・ジョヴァンニ」。日本で3回（プラハとメトの来日公演、錦織健プロデュース）、海外で3回（ザルツブルク、インスブルック、スカラ）である。　で、ナンバーワンはというと、文句なくインスブルック、でありました。　メトのようなスター主義でもなく、ザルツのような珍解釈でもなく、みごとに首尾一貫していたのである。指揮者で芸術監督のルネ・ヤーコプスの力だろう。　インスブルックの「ドン・ジョヴァンニ」の特徴は、当時に帰ろうという原典主義にあったと思う。まずはプラハ初演版とウィーン初演版の双方の上演。演奏慣習の研究からくる、即興演奏の多用。台本の指定から選ばれた、歌手たちの適性（たとえば主役のジョヴァンニは、台本に「若き騎士」とあり、「若き」と台本に指定されている役柄は他のモーツァルト・オペラにないのだから、若さは重要という考えから、２６歳の北欧の歌手が選ばれていた）。すべてがバランスよく、とても説得力のあるプロダクションだった。　読み替え演出大流行の昨今だが、演出家のひとりよがりでなく、このような「読み替え」こそ、作品の生命力をよみがえらせるのではないだろうか。　インスブルックでは、とかく強調されがちなドンナ・アンナを過剰に演出していないのもよかった。演出を担当したヴァンサン・ブッサールは、ドンナ・アンナが婚約者のドン・オッターヴィオに、「結婚を１年待って」というのは、よくいわれる妊娠云々ではなくーそういうひとは、当時の習慣を知らない、とブッサールはいっているー当時の習慣として、両親がなくなれば1年くらい喪に服するのは当然のこと、だと言っていた。これはとても納得したのである。　昨今の演出は、ドンナ・アンナに比重を置きすぎる。本当のヒロインはエルヴィーラなのに、歌手もドンナ・アンナのほうにスターが配されたりする。それだけアンナは男性の気になる存在なのかもしれないが、それにしても今回スカラ座で見たムスバッハ演出みたいに、冒頭でドン・ジョヴァンニにまたがったりすると興ざめ。かんべんしてほしい。　珍解釈もスター主義ももうたくさん。インスブルックの「ドン・ジョヴァンニ」のような公演を、これからの主催者はぜひ参考にしてほしい。お客さん、守旧派も革新派も？みんな、満足していましたよ。

  October 20, 2006

• 「ヨーロッパの劇場」はどこへ？

  　イタリア歌劇場めぐりツアーのフィナーレに、スカラ座で「ドン・ジョヴァンニ」を観た。　新制作という触れ込みだったが、演出がベルリンで活躍するペーター・ムスバッハだったので、ドイツ流を覚悟してはいた。　だがいざ幕があがってみたら、毎度おなじみドイツ流。舞台のまんなかに大きな黒いパネルがりあり、それが動いたり回ったり開いたり・・・なんだかどこかで観たような・・・ここはザルツかベルリンか・・・　よくよくプログラムを見たら、ムスバッハが活躍しているベルリン国立歌劇場との共同制作なのだった。そういうわけだったんですね。　それにしても、スカラ座に来てベルリンのプロダクションを見るとは・・・これじゃ、どこにいても同じようなものを観なくちゃいけないのだなあ・・・　ムーティの後任としてスカラ座にきた監督のリスナーは、スカラ座を「ヨーロッパのオペラハウス」にするのだと言っていたそうだが、それって、こういうことなのだろうか。オペラのグローバル化？　　別にスカラ座で、旧態依然のプロダクションが観たいというつもりはない。でもどこに行っても同じような出し物しか見られないのだったら、ヨーロッパに来る意味は半減してしまうし、いろんな劇場がある意味も半減してしまう。これなら、日本で来日オペラを観たほうがいいくらいだ。ミラノのひとはベルリンの引越し公演なんかないだろうから、ドイツ流も面白いだろうが、観光客そしてオペラファンとしては、それならベルリンで観たい、と思う。ミラノ市民じゃないから大きなことは言えないが。・・・　でもやっぱり、これじゃ面白くないと思うよ。オペラにもローカルカラーは必要だと思う。少なくとも、部分的には。　　

  October 18, 2006

• 「前向き」の理由

  　イタリア歌劇場めぐりツアー、最終目的地はミラノ。　一番の目的はもちろんスカラ座だが、私のツアーでは、ヴェルディの建てた音楽家のための老人ホーム、「憩いの家」を訪問することもお決まりになっている。　老人ホームといっても、「憩いの家」にいるのは音楽家ばかりで、現役時代に活躍していたひとも多いので、ホームコンサートのようなものをやってくれることが多く、これがとても好評なのだ。　今回は、女性ヴァイオリニストとソプラノ歌手のお2人が、私たちのために演奏してくれた。　８０？歳のヴァイオリニストも立派だったが、すばらしかったのは７０代後半のソプラノ歌手、リーナ・バスタさん。今でもコンサートなどに出演している現役歌手だ。　「憩いの家」の館長で、オペラの伴奏ピアニストでもあるマッティエロ氏の伴奏で、5曲も立て続けに歌ってくれ、最後には「椿姫」の第3幕のアリアまで歌ってくれた。テクニックもたしかで、高音もぴっと出るし、声にもはりがあってすばらしい。ツアー一同、やんやの喝采だった。　コンサートに先立ち、館内の見学もしたが、そのとき、ツアーの方のひとりが、　「日本の老人ホームって暗いけど、ここは暗くないねえ」　と、感想をもらしていらした。　合間に、入居者のケアをしている女性に、そのことについてたずねたところ、　「イタリアでも、普通の老人ホームは暗いんですよ。ここは特別です」　　という答えが返ってきた。なるほどねえ。　なぜ「憩いの家」は暗くないのだろうか。　私見なのだが、入居者が音楽家ないしは音楽と関係していた人たちである上に、彼らに敬意をもって接するよう、という姿勢、これはヴェルディの考えなのだが、が、受け継がれているからではないだろうか。　音楽にかかわっていたことで、最後まで敬意をもって接してもらえるということは、強いような気がする（もちろん、きれいごとばかりではないと思いますが）。　高齢になると、社会とかかわる機会が減ってしまうし、まして敬意を持ってもらえることは難しい。けれど理想を言えば、生きていくには誇りが必要だ。「憩いの家」のようなところにいることで、あるていどの「誇り」は保てるのではないだろうか。　音楽家でも、とても成功したひとは「憩いの家」には来ない。必要がないのだろう。もちろん、「憩いの家」に暮らす老人たちがすべて、ここにいなければ誇りが保てない、というわけでもない。スカラ座のオーケストラにいたひともいるし、世間で名の通っていたひともいる。最後はみな、自分で選んで、「憩いの家」にやってきた。それも彼らの強みであるように思う。

  October 17, 2006

• 絶景！卵城

  　今回のイタリアツアーは、ラッキーなことにずっと晴天が続いている。　気候も暑からず寒からず、理想的で、こんなことは珍しい。　ナポリに２泊して、これからミラノという今日の朝、ホテルの目の前にある「卵城」に入ってみた。　ナポリは治安がよくないといわれているので、ツアーだとあまり観光はしない。ポンペイとかアマルフィとか、郊外へいってしまうのである。　だから、街中や海岸沿いにお城や教会がいくつもあるのだが、めったに入る機会はない。　卵城は湾を区切るように、海に突き出ている。なかは博物館だが、まだ開館時間前で、あたりはひっそりしていた。それでも城を回る道はオープンなので、のびのび散歩ができる。　　城を取り巻くように、遊歩道ができている。陸から遠ざかるにつれて、遊歩道もだんだん城を上っていくようなつくりになっていた。　いや、絶景だった。　海に突き出た城の中腹から突端近くまでをめぐる間に、海の広がりが刻々と変わり、上から覗き込む海の色も変わる。　陸から離れているから、海のなかに浮いているような気分にもなれた。　中は要塞のようなもので、あまり華美さは期待できそうにもないから、早朝の城周囲めぐりで正解だったかも。この手の要塞城によくある牢屋なんか見せられちゃしょうがないもんね。

  October 16, 2006

• ボックス席の風景

  　イタリアツアー６日目、たどりついたのはナポリのサン・カルロ劇場。モーツァルト・イヤーにふさわしく「魔笛」を聴こうという趣向だったのだが。　え、これがあのサン・カルロ？と思うくらい、歌手がぼろぼろでびっくり。マティアス・ヘレやマルクス・ヴェルバが出た男声陣はまだしも、夜の女王をはじめ女声が総崩れ。これじゃ、二期会の「魔笛」のほうがずっといい！？できばえだった。　それでもお客さんは大喜び。ナポリの聴衆はまだ「魔笛」が新鮮なのだろうか。　もっとも私たちの席があまりよくなく、ボックスの中で、聴こえ方が不十分だったので、正当な判断は下せないかもしれないが・・・　　このボックス席、舞台を観る・聴くならとにかく最前列に越したことはない。だが残念ながら、最前列は定期会員でいっぱいだったらしかった。　一方、面白かったのはボックス席での常連さんたちの風景。知っている曲が出てくると口ずさんだり・・・別のボックスに座ったひとの話では、ずっと「指揮」のまねをしていたお客さんもいたそうな。あたり一面人に囲まれている平土間ならできないことだから、これもボックスならではの風景なのだろう。　また、田舎っぽい親切さもあり、終演直後、私が上演中に落としたイヤリングを探していたら、同じボックスのひと総出で探してくれた。結局出てこなかったのだが・・・　で、終演後、ツアー一同で食事をしていたとき、あるひとの発言。　「今日来てたのはね、みんな百姓か漁師。そう、田舎」　　あまりにも表現がずばりだったので、噴き出してしまったのでありました。　もちろん、本当に「百姓か漁師」だったわけではないのは、ご想像いただけますよね？

  October 14, 2006

• 「テルメ」の休日

  　イタリア・ツアー４日目。今日はフィレンツェのテアトロ・コムナーレで「セビリヤの理髪師」を鑑賞。スペイン出身のホセ・カルロス・プラヤのポップでカラフルな舞台が楽しく、歌手もシラクーザ、バルチェツローナ、フロンターリと揃って楽しめた。　午前中は、前夜泊まった郊外の温泉地、モンテカティーニ・テルメでフリータイム。ヴェルディもよくきていた温泉保養地で、豪華なバーデ（飲泉）施設がある。　本当はプールに入りたかったのだが、ここはフリーで入れるプールはなく、時間を決めて入る「ピシーナ・テルマーレ」というジャグジー方式のプールしかなかったので、断念。　バーデ施設は、石造りの大きな建物で、なかは飲泉場が数箇所、ちょっとしたショッピングモール、バンド用の舞台などがある。客は１３ユーロの入場料を払い、飲泉用のカップをもらって、あちこちの温泉水を飲みながらそぞろ歩き、という趣向。　　歩いているうちに思い出しました。たしかチェーホフの「犬を連れた奥さん」を下敷きにした映画だったと思うが（タイトル忘れた）、マルチェロ・マストロヤンニ扮する貴族階級のオチこぼれ？男性が、こんな保養地でロシア人のきれいな奥さんと知り合う話。　あー、あの舞台って、こういうところだったんだなと納得。飲泉施設で暇つぶしを何日もしていれば、そういうことも（よく）ありそう。昔の地中海クラブ？なんて。　まあ、そんな風に何日も飲泉施設でうだうだするのは、日本人の忙しいツアーではちょっと無理、ですよね。

  October 12, 2006

• トリノ、シーズン初日の風景

  　昨日から、「イタリア歌劇場」めぐりツアーに出ている。　今回、計画は前からあったのだが、直前まで日程が決まらなかった。というのも、イタリアの劇場は今財政難で、予定していた劇場での演目がキャンセルになったりしてしまったので、旅程が二転三転してしまったのである。　ようやくチケットが確保できたのが、トリノ、フィレンツェ、ナポリ、ミラノで、前者２箇所は後からあわてて入れたのだった。　で、予定外のことだったのだが、トリノはあの「トゥーランドット」。トリノ五輪の地で「トゥランドット」なのだから、こちらが早く決まっていたら宣伝しやすかったかも。　それはさておき、これも偶然ながら、「トゥーランドット」を鑑賞した日は劇場のシーズンオープニングにあたっていた。　告白すると、シーズンのオープニングは初体験。新制作の初日とかなら経験したことがあるけれど・・・どんな風なのか、ちょっぴりわくわくでした。　やはりというべきか、劇場内はザルツブルク音楽祭なみに華やかな雰囲気。着飾ったカップルがいっぱい。タキシード姿も断然多い（ふだんはほとんど見かけない）。そして女性は、さすがイタリア、ドレスの着方もどことなくおしゃれなんですね。　開演前のロビーでは、主役のひとりホセ・クーラが、テレビ局のインタビューを受けていた。　そして休憩時。何とロビーのバーは開放され、シャンパンをはじめワイン、ドリンクがフリーなのに加え、オードブルの大皿があちこちで振舞われていた。宴会場よろしく、山型に盛り上げたオードブルの山も。　オープニングって、これだったんですね。　ちなみにオペラは、個人的には不発。イタリアの巨匠ロンコーニの新演出は、まるでドイツのどこかの劇場のよう。モノトーン、階段、電動式の台などなど・・・なのに翌朝の新聞評で絶賛だったのでびっくり。トリノのひとはこういうの見慣れてないんだろうか。　ホセ・クーラがロビーでインタビューを受けていたとき燕尾服姿だったのは、それがそのまま舞台衣装だったのでした。　新演出も経済難、なんでしょうかね。

  October 10, 2006

• ローマ歌劇場公演の本当の問題

  　９月に来日し、歌手や指揮者のキャンセルが相次いで物議をかもした「ローマ歌劇場」の公演。　あの２ちゃんねるでも話題になっていたので、これはと思っていたら、「週刊新潮」に書かれてしまった。　主催者に朝日新聞の名前もあったので、結論としては例によって「朝日たたき」の趣旨ではあるが、内容的にはかなりしっかり追っていて、こちらもいろいろ参考になった。指揮者のカンパネッラが来なかったのは「バルトレッティの代役が気に入らなかった」とか、歌手のフィリアノーティは口約束しかしなかったので、他の契約を入れてしまったとか、ちゃんと本人に確かめていたので、いろいろ納得できました。（「新潮」だと筆者は編集部オペラ通の彼かな？）　で、出演者のキャンセルが続いた理由は、要は契約がいい加減だったわけだが（これは私自身も間接的にきいてはいた）、契約の責任はローマ歌劇場にあったらしい。　　そういえば、ローマのスタッフともよく仕事をしているあるオペラ関係者の話だと、今、ローマ歌劇場にはかなり「やり手」のひとがいるらしい（総裁ではありません。念のため）。どうもそのあたりにしてやられちゃったのではないかなあ、というのが私の勝手な推測である。　朝日も含めて主催者側の問題は、とにかく脇が甘かったことである。ローマ側はキャストの変更について、通知済みだったとしているが、それをちゃんと確認しなかったのかもしれない。本来なら変更の出た時点で、新聞などに通知を出すべきだし、払い戻しにも応じるべきである。それをしなかったのは怠慢といわれても仕方ないだろう。　ただし払い戻しに関しては、欧米の歌劇場では日本のように一般的ではない。キャストが変更になっても、公演自体があるなら払い戻しはしない。ローマ側はだから日本の払い戻し事情は知らなかったかもしれない。でもそれならそれで、日本の事情はこうなのだ、そんなにキャストが変更になっては困るとはっきりいうべきである。　不思議なのは、これまで朝日の主催の来日オペラ公演で、こんなケースはなかったということ。フェニ－チェ歌劇場も朝日だったが、こんなお粗末なことはまったくなかった。　　　そもそも今回の公演、本当の主催者はどこなのかよく分からない。招聘はアップフロントというところで、クラシックの興行には素人らしい。（少なくともきいたことのない招聘元だった）。　で、チケット代が異様に高かったので、これはこの分野が初めてだからこんな値段をつけたのだろうなあと思っていたのである。いくらブルソンやらメイが出るといっても、ローマ歌劇場はスカラ座やフィレンツェ五月音楽祭に比べれば水準は低い。なのにそのような劇場の公演より高い値段（S券５５０００円）なのだから。空席が目立ったのも当然だろう。　これに比べると、朝日の主催したフェニーチェは、妥当な値段のつけ方だったと思う（３８０００円くらい）ので、いったい朝日側の担当者はどうなっているのだろうと首をかしげてしまった。フェニーチェなどを担当したひとと、ローマの担当者は別なのではないだろうか。　いずれにせよ、日本側の主催者もお粗末だったが、最終的にローマ歌劇場も傷を負ったと思う。日本で稼げると思ったのかもしれないが、これでは悪名を残してしまった。私などでも、今後イタリア・オペラツアーを組む時、ローマというのはあまり優先的な選択肢に入ってこないと思う。　イタリア側も心するべし。日本のオペラファンをなめてはいけません。

  October 5, 2006

• 京都「隠れ家」の至福

  　今日は、びわ湖ホール、オペラ入門講座の最終日。２８，２９日に上演される「海賊」の解説をし、午後は「プレトーク・マチネ」に出演。若杉弘総監督とご一緒して緊張しまくりだったが、若杉先生の周囲への心遣いなど、いろいろ勉強になった。　「プレトーク・マチネ」は、実際に「海賊」のなかの曲を、出演者やカヴァーキャストで聴けるのがすばらしいのだが、今回も、29日に出演する大岩千穂さんや、カヴァーの倉石真さん、佐藤康子さんなどが熱唱。大岩さんはもちろんだが、佐藤さん、倉石さんも実力十分で、ほんとに最近の歌手の方はレベルが高いと感服してしまった。　ところで今日は、アフターに大きなお楽しみが待っていた。　京都にいる知人が、息子さんがやっているフランス料理店に、招待してくれたのである。　１日に一組か二組しかお客さんを取らないという、完全なる「隠れ家」。それも三条のど真ん中。　実はその知人は、以前ツアーに来てくれた方で、ツアー中にその息子さんの話をうかがってから、ずーとあこがれていたのでした。　　アーケード商店街の真ん中。小さなビルの2階に、目ざすお店はあった。カフェ風の、白いレースのカーテンのかかった入り口。中はわずか２つのテーブル席とバーカウンター。内装は白が基調で、しゃれたリビングとカフェを足して２で割ったような、居心地のいい空間だった。　オーダーしたものも多いという食器もおしゃれだったが、お料理も凝っていた。たとえばスープは、白いコーヒーカップに入ったいちじくのスープに、別盛り！の具。その具もまたまた凝っていて、リエットのキャベツ包みや、自家製の鹿肉の生ハム！などなど。「具をスープにつけても、つけなくてもいい」なんて食べ方、初めてだった。　メインは鳩で、それも「窒息鳩」だという。銃で撃った鳩とは味が違うそうだ。説明されてみればそれもそうだろうなあ、と思うけれど、教えてもらわなければとてもとても想像力が働かない。　もちろんバゲットも、天然酵母を使った自家製。しっかりお代わりしていただきました。　京都のど真ん中で、この雰囲気とお料理。さぞかし取材が殺到して困るのでは、と思ったら、普通の雑誌の取材は受けないのだそう。それこそお客さんが殺到して大変なのだそうだ。そしてまたそういうお客さんが、定着するとは限らないらしい。　唯一、「専門誌の取材は受ける」という。なるほどねえ。　食後酒にグラッパまでいただき、徒歩2分のホテルへ戻る。あー、極楽極楽。京都はやめられません・・・。？

  October 1, 2006

• 「びわ湖ホール・プロデュースオペラ」、ヴェルディ初演シリーズ最終回にぜひ！

  　オペラファンの方なら、「びわ湖ホール」をご存知の方は少なくないだろう。　大津市、びわ湖のほとりに建つ、環境抜群、音響抜群、のホールである。本格的オペラハウスとして、東の新国、西のびわ湖、というくらい素晴らしいホールだ。　開館は１９９８年。指揮者の若杉弘氏が芸術監督となり、さまざまなオペラ公演を行ってきたが、今や関東からもオペラファンが駆けつけるのが、ホールの「プロデュース・オペラ」として行われるシリーズ。これは開館当初から、ヴェルディの日本初演ものばかり取り上げてきたユニークなシリーズだが、もう９回目になる。「エルナーニ」のような初期の名作も、「シチリア島の夕べの祈り」のような、序曲はよく知られているグランド・オペラの大作もとりあげて、注目を集めてきた。　歌手をはじめキャストはすべて日本人だが、いつも一流どころをそろえていて、外国のかなりの水準の劇場に劣らないレベルに達していると思う。ベテランの市原多朗や、今をときめく福井敬も常連。若杉氏の人選なので、従来のオペラ団体のわくにとらわれないキャストが組めるのだ。　演出（鈴木敬介）はごくオーソドックスで、安心してみられるし、加えて、こちらはイタリア人による衣装、舞台美術が色彩感ゆたかで素晴らしい。特に衣装はいつも好評のようだ。　今年の演目は（１０月２８,２９日）、１８４８年初演の「海賊」。ちょうど初期の終わりごろの作品で、旋律美が躍動するロマンチックなラブ・ロマンスである。ちょっと「トロヴァトーレ」のような感触の作品、といったらいいだろうか。　　実はこのシリーズ、来年、１０回で一区切りの予定だったのだが、残念ながら今年で打ち切りになることになった。若杉氏が来年から新国立劇場の芸術監督になることが決まったからである。来年は「レニャーノの戦い」が予定されていたのだが・・・かなり、残念・・・　というわけで、今年で最後。まだ見ていないオペラファンはぜひ！かけつけていただきたい。　実はツアーもやってます。１０月の２８日の初日を鑑賞する、１泊２日の日程で、大津駅集合、開演前に私が作品解説をやり、鑑賞後はホテルで、歌手の方（予定）と演出家を囲んでパーティ、翌日はホールで開催される「ワークショップ」に参加するという行程。ご興味のある方は以下にお問い合わせ下さい。ちなみに２８日は、日本を代表するテノール、市原多朗、これも日本を代表するソプラノ、緑川まり、出口正子が出演します。　郵船トラベル　音楽ツアーデスク　　電話０３－５２１３－６２４０ http://www.ytk.co.jp 　公演だけという方は、ホールのHPを。 http://www.biwako-hall.or.jp　なお、１０月１日２時より、「海賊」の公演について指揮者、演出家がトークをする「プレトーーク・マチネ」が中劇場であります。出演歌手とカヴァーによる実演（４曲）あり。私も作品解説で急遽出演することになりました。　改めて、これが最後です、お見逃しなく！

  September 25, 2006

• 小泉さん、新国へ！

  　オペラ好きが集まると、時々「小泉さんのオペラ好き」が話題になる。　そのおかげで、何はともあれ「オペラ」の認知度が高まった。わけはわからなくとも「オペラ」というものが存在するこということを知らしめてくれた。これは私たちにとってはポジティヴなことだった。　ただ、マスコミの報道のしかたは、「こんな大変なときにオペラなんか」という空気が含まれていることが多かったような気がする。この点を憤慨しているファンは多い。あの林真理子さんもエッセイで、「あんな報道のしかたはおかしい」と書いていたっけ。　ところで、個人的には、小泉さんが本当にオペラを好きなら、新国の初日に行ってもらいたいなあ、と思うのである。　なぜって、首相だから（もうすぐ過去形になるが）。　ただ単に自分の好きな公演に足を運ぶだけでなく、自分の国の国立劇場のシーズン初日に行くことは、首相として文化を理解している姿勢を示すということで、大いにアピールになると思うのだけれど。　もちろん、これも小泉さんが好きだという歌舞伎座にも、シーズン初日にあたるような重要な日にぜひ足を運んでもらいたいのである。　こんなことを考えるようになったのは、以前、まだスカラ座の監督だった時代に、リッカルド・ムーティがスカラ座の初日に大臣が誰も来ないといって怒った、という話をきいたためである。ムーティの怒りは、もっともだと思ったのだ。　もっとも、スカラ座の初日というのは、それこそヨーロッパ諸国のトップが集まる特別な日であるらしいから、新国のシーズン初日とはスケールが違うかもしれない。　それでも、国立劇場のシーズン初日に首相が行けば、劇場のシーズン開幕というのはそのようなものなのだ、とアピールできるんじゃないだろうか。オペラが単に「高くて贅沢な一部のひとの娯楽（一面の真実でもあるが）」というような見方が、ちょっと変わってくれるんじゃないだろうか・・・。　もし今後、オペラ好きのひとが首相になるときがあったら、ぜひ「新国シーズン初日」を意識してほしい。小泉さんを越えること、間違いなし？かも。

  September 19, 2006

• ヨーロッパの言語を語感で分けると？

  　オペラを聴いていると、「言語」が気になるようになる（たぶん）。　意味がわからなくとも、それが作曲されている言語がきれいに響くかどうか（イタリア・オペラならイタリア語がきれいに聴こえるかどうか）が、気になってくるのだ（たぶん）。　　とくにイタリア・オペラに関しては、1月にボローニャに行ったとき、現地のひとが、歌手の「イタリア語がきれい」かどうかをすごく見ている（聴いている）のだと分かったり、また佐野成宏さんに、イタリア語がきれいに発音できることの重要性をうかがったりしているうちに、とくにイタリア・オペラを聴くときに、「言葉」が気になるようになった。　　当然だけれど、言葉はそれにつけられる音楽を規定する。明るく開放的なイタリア語は音楽も開放してしまうし、ささやくような美感（理解はできないけれど、そう感じる）フランス語だと、音楽もささやくようになる（ような気がする）。フランスで朗唱風のオペラが生まれたのは、フランス人の美意識と関係があるようだ。　夕方、ある知り合いと会って、そんな話をしていたら、彼が言った。　「ドイツ語は、演説に向くんだよ。ヒットラーの演説なんて、それを聞いて失神しちゃったひとが大勢いたらしい」　「へえ、カストラート（を聴いたひとが失神した）みたい」　言いながら思い出した。はるか昔に、あるアメリカ人の知人から聞いた話を。　「イタリア語は、天使に使う言葉　　フランス語は、恋人に使う言葉　　英語は、ビジネスマンの言葉　　ドイツ語は、犬に使う言葉」（軍隊に使う言葉、という説もあるそうな）　何となく、（少なくともドイツ人を除いては）、国民の気質も言い当てているようで。

  September 15, 2006

• 日本メディアの近視眼

  　今日は、昼間、あるウェブマガジンの取材を受けた。　新刊「オペラ愛の名曲２０＋４選」の紹介をかねたインタビューである。　取材に来た方はフリーのライターだったのだが、本題に入る前に話が盛り上がってしまった。　ふだんの情報源は、テレビなら「海外ニュース」と彼女が言い、「日本のニュースだけ見ていると狭くなる気がして」という意見だったので、同感！してしまったのである。　という私は、恥ずかしながら日本にいる時は海外ニュースは見ない（というかやり方に慣れていないので・・・）で、日本のニュース番組ばかり見ている。　だが、やはり「狭くなる」というのは切々と感じるのである。　たとえば、この間の日曜日の「サンデープロジェクト」では、アメリカやイギリスでイラク戦争の責任追及の動きが出ていて、イギリスのブレアはそのせいもあって早めに退陣することになったのをどう思うか、という議論をしており、公明党や自民党の幹事長が矢面に立っていた。　けれどこの種のことは、日本のニュース番組ではほとんど報道されない。新聞でも国際面に乗るくらい。一面になってもおかしくない出来事なのに。　それをそっちのけにして、「紀子妃男子誕生」をえんえんと流すのは、どう考えても片手落ちなのではないだろうか。　イタリアのベルルスコーニが選挙で負けたのだって、イラク戦争に賛同したことが大きい。さらに本家本元の英米でも、議会で「大量破壊兵器はなかった」という調査結果が報告されているのに、日本の政治家の反応の鈍いこと。いやそれ以上に、メディアがまったく追及しないのが不思議でならない。まるでイラク戦争健忘症にかかってしまったかのようだ。　何事もすぐ健忘症にかかってしまうのが日本人といえば日本人なのかもしれないが、世の中日本人ばかりでできているわけではない。ほかの国にもちゃんと目を向けていかないと、取り残されてしまう。とくにメディアは、その怖さに、もっと想像力を働かせて欲しいのだが。

  September 12, 2006

• 血を流さない誇り

  　どうも世の中、戦争したくてたまらない人たちが大勢いるらしい。　自民党の総理候補の話をきいていると、そういう人たちの代弁をしているような言説も見え隠れする。　でも、きれいごとに聞こえるかもしれないが、「血」は流さない方がいい。　なぜそう思うかというと、血を流さずに済んだことは、誇りになる可能性が大きいからである。　「続バッハへの旅」で訪れた、旧東独のハレの町。　教会を案内してくれた女性牧師さんが、「ベルリンの壁」崩壊直前の話をしてくれた。　「あのとき、私たちもデモをしました。この教会もいっぱいのひとで埋まった。　そして私たちは血を流すことなく、革命を起こすことができました。　そのことを私たちは、とても誇りに思っています」　彼女が誇りに思うには理由がある。旧東欧が一気に崩れたあの１９８９年の秋、どの国も無血ですんだわけではなかった。旧ルーマニアでは、チャウシェスク政権が反乱によって倒された。その例を見ていた旧東独のひとたちは、血を流さずにすんだことをつくづく喜んでいたのである。　いろいろ矛盾はあるにせよ、戦後６０年、日本が海外で血を流さなかったことは、十分誇りにできることだ。目に見える利害と（抱き合わせの、人間の悲しみと憎しみからは目を背け）、目に見えない誇り。ビジュアル化、表面化が進む今は、前者のほうが重要視される時代になりつつあるような気がする。

  September 10, 2006

• 政策より見た目

  　自民党の次の総理は安倍氏。　はなから、そう決まっているらしい。　何より、高い支持率が後押ししているそうな。　それにしても、自民党のメンバーがわれもわれもと安倍支持になだれてしまっているのは恐ろしい。いったい自民党はどうなってしまったのだろう。これではなるで独裁前夜である。　その「高い支持率」だが、新聞などの調査を見ているかぎり、安倍氏を支持しているひとの大半は、彼の政策など見ていないらしい。彼の「政策」を評価しているひとは、支持者の１０パーセントくらいだとか。　ほとんどの人の支持の理由は、「感じがいい」とか「清潔そう」とか、要するに印象の問題らしいのである。　一方で、新しい総理にやつて欲しいことといえば、「景気対策」「格差是正」「福祉」などがあがってくるのだが、では安倍さんがそれに答えてくれそうかといえば、それより何より「改憲」なのである。一般の国民の優先順位からすれば、「改憲」ははるかに下位なのに・・・　安倍さんを支持しているひとは、果たしてこのギャップを理解しているのだろうか。　とかくヴィジュアルの世の中である。スポーツ選手やオペラ歌手ならまだ罪は軽い？けれど、政策より外見という風潮がここまで来てしまうと恐ろしい。よく行くヨーロッパ各国と比べて、日本はその傾向がとても強いように思うのだが・・・

  September 9, 2006

• 「大声」の損得勘定

  　自慢じゃないが、というよりむしろコンプレックスに近いが、私は地声が大きい。　赤ん坊のころは、「四つ角を曲がると（数軒先にある自宅から）浩子の泣き声が聞こえた」と、よく母に言われた。　「歌手にでもなるのかと思っていたら、歌わせてみたらひどかった」　ということで、歌手にもならずに今に至っている。　　この「大声」、損得でいえば、そうですね、とくに女であることを思うと、あまり得のようには思えない。　女性が大声でしゃべるって、まず色気とは程遠いだろうから。　加えて、私を知っている方ならご承知の通り、すぐ夢中になるという性癖がある。夢中になれば自然声は大きくなるわけで、まあ結果はいわずと知れている。同じことを話していても、目立ってしまう、ということもになる。　けれどこのところ、大声であるほうが日常生活で便利なことが多いので、まあ得なこともあるんだな、と思うようになっていた。　まず父が耳が遠い。８０を過ぎているから当然だが、この私でも声をはりあげなければならないこともしばしば。もともと声が小さな妹など、会話をあきらめている時もあるようだ。　そしてだんなも、まあここだけの話だが、ややその方向に傾きかけている。音楽を聴くときはそんなことはないのだが。。。（不思議・・・）。　　職業的にも、声が大きいほうが便利なことが多くなった。大学もだが、カルチャーセンターだとどうしても年齢層が高いので、私の声でもまだ「小さい」といわれてしまったりする。マイクはあまり得意ではないので、地声で話すことが多くなる。　ツアーの仕事も同じ。現地で説明するわけだから、声は通るに越したことはないのである。　というわけで、最近すっかり「大声」に安住してしまっていた。　そうしたら、今日会って打ちあわせをした相手に言われてしまった。　「先生、まずいですよ。この間だって、その手のこと（あるオペラ公演の文句）、ホールのなかで言うんだもの。はらはらしちゃいましたよ」　それは失礼。私だけならともかく、一緒にいるひとをはらはらさせるのは公害（口害）ですよね。反省いたしました。　時と場合によって、声量をコントロールできればいいのだけれど、凡人の悲しさ、なかなかそこまで頭が回らない。誰かいい方法があったら教えてください！？

  September 7, 2006

• ヘンゲルブロック、「ロ短調」の思い出

  　最近は飛行機も何かと便利になったが、そのひとつが電器機器類の使用ができるようになったこと。ＣＤプレイヤーも以前はだめだったが（ただし航空会社によっては今もだめ）、今回のルフトハンザではＯＫになっている。それをいいことに、今回のケーテン・バッハフェスティバルで買い求めたヘンゲルブロック指揮の「ロ短調」を聴く。　以前知人に借りてきいたのだが、そのころはヘレヴェッヘのロ短調にはまっていたので、テンポ感などがいまひとつぴんとこなかった。今回聴きなおして、これはこれでやっぱいいな、と思ったしだい。やはり合唱（彼の創設したバルタザール・ノイマン合唱団）の精度、密度、透明感がすばらしい。　ところでヘンゲルブロックとバルタザール・ノイマンの「ロ短調」を、私は2002年のケーテン・バッハフェスティバルのオープニングで聴いたのだが、そのときの忘れられない光景がある。　４０代の高校の先生。バッハとモーツァルトが大好きな音楽ファンで、バッハの「マタイ受難曲」は大好きだけれど、「ロ短調」はナマを聴いたことがないという。「ロ短調」大好きな私は、おおいに宣伝しておいた。　で、いざ本番。途中休憩時間に、彼をつかまえてきいてみた。　「いかがですか？？」　「え、ええ、あのう・・・」　彼はおどろいたように口ごもり、どこかへ行ってしまったのである。　悪いことをきいたのかな、と一瞬思ったのだけれど、翌日、彼の態度のなぞが解けた。　「あまりよかったので、誰とも口をききたくない、誰とも話したくなかったんです」　話すと、何か今の感動がどこかへ行ってしまいそうで。　・・・その気持ち、わかるかも・・・・そうですよね。　彼は地方に住んでいるのだが、神戸のＢＣＪのコンサートにせっせと通っているみたい。「ロ短調」もあの日以来、「マタイ」と同列になったかも知れない。

  September 5, 2006

• 人生のごほうび

  　「続バッハへの旅」もいよいよ終わり。あっという間にすぎたケーテンのフェスティバルだったが、それだけ密度が濃かったといえるかもしれない。　昨日、いい表情の方の話を書いたが、もうひとり、こちらは女性で、どのコンサートもとても熱心に、身を乗り出すようにして聴いている方があった。大学生と高校生のお子さんがいる主婦の方で、私のカルチャー講座に来てくれている方である。講座でもいつも熱心に聴いてくれているのだけれど、音楽への集中力もすごかった。美人できゃしゃで、おまけにとてもセンスのいい女性である。　帰国便に乗るライプツィヒの空港で話をきいて、集中力の理由が分かった気がした。　彼女にとってこの旅は、「人生のご褒美」のような旅だったのである。　ご想像いただけると思うが、旅には条件がそろわないとなかなか出られない。まずお金がいるし、時間もいる。そして健康でなければならない。さらに家族の状況とかいろいろ重なり、なかなか思うようにならないひとがほとんどだと思う。　彼女もそのひとりだった。子育てもまだ完全には終わらないし、結婚以来お姑さんとも同居しているという。だから本当ならこんなところへこられる身分ではないのだが、と打ち明けてくれて、「でもどうしてもいきたかったから、今までがんばったご褒美だと思って、夫もわかってくれて、だからすごく今回こられたことに感謝しています」と、目をうるませるようにして打ち明けてくれたのである。　昨今、働く女性が「自分へのご褒美」としていいものを買ったりするのが流行になっているけれど、主婦の方だって「ご褒美」が絶対に必要だ。私なんか、彼女みたいなことはとてもできないだろうから、尊敬してしまう。　「またぜひ来たいけれど、何年先になるかわからない。でもまたその時がくると信じて、今回いっぱいエネルギーをいただいて、またいつかを想像して日々がんばろうと思って」　なんだか、すごくうれしかったですね。　毎年のように私のツアーにきてくださる方もあり、それはそれで本当にうれしい。でも彼女のようなひとが喜んでくれたことも、またすごくうれしいのである。

  September 4, 2006

• 音楽ツアーでの幸せな光景

  　いよいよケーテン・バッハフェスティバルの最終日。今日も２つコンサートをはしご。今をときめくドイツの若手ヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフのリサイタルと、ファイナルのカンタータ、ミサ、マニフィカトの演奏会である。　テツラフは予想通りすばらしかったが、ここも空席が目立って残念。プロモーターの手伝いをしてあげたい？かも。日本だったらもっと入るのではないか。「ケーテン・バッハ・フェスティバル・イン・ジャパン」でもやればいいのに。すごいひとばっかりなのだから、お客さん来ると思うんだけどな。　ところでツアーをやっていてうれしいと思うことはいろいろあるが、音楽に没頭しているときのなんともいえない表情に出会うことも、すごく嬉しい。　今回も、ある男性の方が、コンサートのたびにすごく音楽に入り込んでいる表情を見せていらして、とても印象に残った。　かなり高齢の方で、奥様を亡くされてかなり長いのだけれど、いつもにこやかで微笑を絶やさず、すてきなキャラクターの方だった。　その方が、音楽に夢中になっているときの真摯な、でも本当に音楽を味わっているときの表情が、またとてもよかったのだ。音楽の楽しみ方がうまいなあ、と思わされてしまった。もちろんご本人は自然になさっているのだろうけれど。　「私は何もわからないですから、素人ですから」といつも謙遜していらしたが（本当にそう思っていらつしゃるのかもしれないが）、そういう方こそ、本当に音楽が好きなのかもしれない。

  September 3, 2006

• 美人ピアニストがまん前で演奏するとき

  　３０日から始まったケーテンのバッハフェスティバルも佳境。今日はピアノリサイタルとオーケストラコンサートのダブルヘッダーである。ピアノのほうは、最近バッハ弾きとして有名になった、カナダ出身の女流ピアニスト、アンジェラ・ヒューイット。ケーテンの小さなお城の広間で、間近に聴けるのがうれしい。　ヒューイットは演奏も魅力的だが、いわゆる？美人ピアニストで、スタイルもよくすらりとしてかっこいい。いつも胸と背中が開いた、体に沿って流れる線をつくるドレスを着ている。　プログラムはモーツァルトとバッハで、バッハの「平均律」もよかったけれど、モーツアルトもとても魅力的だったのが収穫だった。　彼女は性格も気さくで親しみやすい。終演後、もぎりのところ？にいて、話しかけたら気軽に応じてくれた。私は2年前にもここで彼女を聴いているのでそう言ったら、「覚えてるわよ」なんていってくれたり。お客様のサインの要望にも気軽に応じてくれた。感じのいいひとである。　ところで美人ピアニストが目の前で演奏していると、みんないろんなところ？を見るものである。　それがよくわかったのは、コンサート後に食事をしていたとき。　私は、とにかくまん前の席だったので、表情に気をとられていたのだが（よく見えたので）、なんと「足｣を見ているひとがいた。　「足がきれいよねえ」　から始まって、　「最後に足を突っ張った（伸ばした）のは、あれは絶対見せることを意識している」まで、まで。　何で足を見ているの？「だって見えたんだもの」ということだったらしい。　「あの足を伸ばすの、講演のときやったら受けますよ」　なんていわれたが、いや、想像するだに漫画のようです・・・

  September 2, 2006

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