柳のばばあと俺物語 ~VOL 3~
柳のばばあと初対面を終えた俺はそのまま2階の事務所に通された。『いらっしゃいませ』デスクに座っていた事務員数人が腰をあげ挨拶する。『こんにちは。お邪魔します』聞こえるか聞こえないかの声でそう挨拶をした俺。『おう。いらっしゃい』そう気さくに声をかけてきたのは後にやはりその偉大さを痛感することになる株式会社 矢島園の社長(現 会長)だった。親父と名刺交換をしながら横目で俺を見ながら『おう。君かあ。噂通りでかいなああ』そう半笑いで俺を見ていたがその目は決して笑っていなかった。そしてこれも後日談だが初対面で俺を見た時に『1から鍛えなおしてやる」と思っていたという。結果としていろいろな意味で鍛えて頂く事になるわけだが今だから言えるがその時俺は俺で『気に入らなかったらこいつをぶん殴ればすぐに辞めれるな。見るからにこうるさそうなじじいだ。今に見てろよ』と思っていた。一体何が俺をそうさせていたのか。一体何にそんなにいらついていたのか。自分が認めた信じた者・物以外は『上からくるものすべて』を殴ってでも抗って見せるという根拠のない自信と反抗心。学生時代を終えて社会人になるという事が何一つ理解できていなかった俺。ほどなくして隣接している茶工場の見学をして店舗内の簡単な商品案内。上尾市内だけ7店舗あった各店舗を高橋さんの車に今度は社長も乗せて回っていった。各店舗の女性スタッフたちはそれはそれは皆漫画に出てくるようなブスばかりで正直『そっちのケ』は全くと言っていいほど期待できないな。と一人がっかりしたのを覚えている。特に上尾駅前にある駅ビルのデパ地下店舗はなんでもその店舗だけで年商 1億円との事で地下フロアの別店舗に比べても圧巻の広さで当時のお茶屋としては最新のレイアウトや品ぞろえを要していて店員のブスさをのぞけばど素人の俺でもその店舗の力量は伝わってきた。自慢げに説明をする社長の話に必死に耳を傾けていたのは親父と高橋さんで俺はただただぼーっと店舗を見ていた。当然ながら俺にいまさらながらブス呼ばわり(のちに書くが本人にも結果言い放っている)呼ばわりされている店員たちはいぶかしげな表情とはまさにこのことと言わんばかりの顔で俺を見ていた。やはり後日談だが見学後俺が帰った後『仮にうちに入社してきたとしても絶対にここには配属にならないよね。あれじゃ無理だよ。っていうか絶対に嫌だ』と話題になったという。後にしっかり配属になり一波乱も二波乱もこの俺に起こされるとはこの時点では彼女らも想像だにしなかっただろう。上尾市内の店舗見学を終えて事務所に戻った俺たちは社長室に通され昼飯をごちそうになった。ざるそばだったが昨夜の酒がいまいち抜けきっていない俺はガタイのわりに食が進まず社長に『なんだ?そば嫌いなのか?でかいのに」と笑われたのを覚えているしその台詞の瞬間ざるそばの汁をこの目の前のおっさんにぶっかけてやろうかと思ったのも鮮明に覚えている。ほどなくして食後のお茶を出された。『これがうちの一番の売れ筋の商品です』と親父に説明していた。お茶屋の息子に生まれたのに20歳になるまでつまり矢島園にお世話になるまで自分でお茶など煎れた事のなかった俺がそのお茶を飲んだ時には自然と『あ。うまい』と言っていた。あの時の矢島園の社長室でごちそうになったあの味はあれから何千種類とお茶を飲み干してきた今になってもよく覚えている。だからこそ当時の記憶も鮮明に思い出される。それぐらいあの味はインパクトがあってのちに俺がお茶屋として一つの指標とすることになった。『で。木村君。君は将来どういうお茶屋になりたいんだい?』そう社長に聞かれた俺は『はい。そもそも自分はお茶屋になることが夢ではなかったので今から色々と考えてみるつもりです』そう答えると『そんなことでうちでやっていけるのか?』と厳しいまなざしで問われたので『社長はやっていけると思いますか?』と逆に聞き直してやった。親父と高橋さんの顔はこわばっていたが俺は一つも緊張もせずに当たり前だろくらいの面で言い放った。すると社長も間髪入れずに『今のままでは無理だろうね~』と少し笑いながら言ったので『でしょうね」とくすりとも笑わず俺もまた言い返した。若かりし頃のいきり具合を武勇伝仕立てに書いてるように見えるだろうが今現在この文字を鳥肌を立てながら打っている。それくらい俺は何も知らずにやる気もないからと言ってもとんでもない人間にとんでもない口をきいたものだといまだに反省している。ただこの反骨心がプラスに作用したのも事実で。これから俺に襲い掛かってくる様々な『社会人としての勉強時間』に打ち勝っていく唯一無二の武器にもなっていく。高校時代の軍隊のような下宿生活。落ちぶれたとはいえ悪さをしながら身に着けた処世術。20歳になる『少年』がこれから今までにない経験と価値観に出会い少しずつ自分がお茶屋になっていく・なっていってると気付くのはまだまだ時間が経ってからだ。つづく